8.セレスティアの退屈な日常

第44話

 私は教員を辞めた。

 前回の一件以来、ほぼ隠居生活を送ることになったが、持っている魔法の知識と薬の知識を使って、魔法薬を売って生計を立てている。

 ミヤは極東へ戻ることになり、ルティスと二人で暮らしているが、何故かいつもアイリスとフィリス、そしてシャノンが入り浸っている。


「あの……溜まり場じゃないんだからね」


「いいではないですか。色々な情報交換もできますし」


「そうですね。私としてはセレナと一緒にいられるだけで満足です」


「アンタたち、どうにか口実付けてここに来たいみたいだな」


 シャノンがそう言うと、フィリスはムスッとして何故シャノンは来ているのかを問うた。


「そりゃ、メシ作りにに決まってるだろ?」


 シャノンがそういうと、それをルティスが支持した。

 二人は張り合うように料理を作ると言い出して私は審査員役となった。


「アイリス……あんまりさ、無理しなくていいからね……」


「心配ご無用。花嫁修業なら済ませておりますから」


 そう言いながらアイリスは握ったナイフでジャガイモを一刀両断すると、満足そうに一息吐いた。

 フィリスは慎重にオニオンをスライスしていたが、その手つきが怖すぎてシャノンがわたわたしていた。


「二人とももう座ってろ!」


「なぜですの!私はこんなに綺麗に切れましたのに!」


「そうです!早く切れたからと言って偉いわけではないでしょう!」


「これだから温室育ちは……」


 呆れたシャノンがキッチンから二人を追い出すと、しゅんと小さくなった二人が私の隣に座った。


「二人は料理なんてしたことないでしょ? それなのに頑張ってくれたのが私は嬉しいよ」


 私はそう言って二人の肩を抱きしめた。

 すると二人は嬉しそうに私に寄り添ってくる。


「フィリスさんは前世の記憶があるんですよね?」


「ええ。ですが、前世というよりはそのまま生まれ変わっていますから少し言い方は違いますね。当時はセレーナ様に拾われて従者として仕えていました」


「その……最後は覚えているんですか?」


「ええ……火焔龍との戦い。魔法大戦後、セレーナ様は養子を取りましたが、私は縁あって殿方と結ばれて子供をもうけました。そしてその後にヴェグ火山に火焔龍が出現し、討伐に英雄である私達が向かったのです。そして私はセレーナ様を庇って……」


「私は思い出したくもないわね……。あの時の光景を」


 それ程までに凄惨な光景だった。

 リディアの血が足元を悪くし、転がる亡骸がいやでも目に入り、私は自信を失っていた。

 勝てると慢心していた私は、足を震わせてその時、死を覚悟した。だが、予め掛けておいた転生魔法もあったが、魂の半分を火焔龍の封印に使った。


「私はその時、我を忘れていた。主人には本当に申し訳が立たない」


「ジェダのあの変な剣のせいよ。呪術だけは得意なんだから、あの子」


「ジェダとは邪神教の……」


 アイリスの問いに頷くと、思い出したかのように私に向かって拝んだ。


「ちょっと、なにも出ないわよ」


「ですが、私はどの神を信じるかと問われたらセレスティアと答えますよ」


「あら嬉しいわね。加護を授けようかしら」


「ずるいです。私だって同じですよ!」


 そう言って私を取り合うようにアイリスとフィリスは争い出した。

 その様子を見たルティスは、女を侍らす神と形容した。


「侍らせてはないでしょ!」


「だが、鼻の下を伸ばしているではないか」


「これは……」


 私の左の二の腕がアイリスの胸の谷間に沈んでいく……。

 私の様子を伺いながらフィリスは私の首筋を舐める。


「ご加護をくださいませんか?」


「や、や、やめろー!!」


 私は立ち上がり二人から距離を取った。

 そして二人にルティスを差し出して盾にした。


「アイリスも、国の仕事があるでしょう?」


「あら、もう仕事は済ませて来てますわ。それに、父上からも許可を得られていますし、この屋敷はトルーマンの庇護下ですから」


「アイリス様はあの件以来、セレナにベッタリですよね」


「これは……監視です」


 アイリスの苦しい言い分に私は思わず笑ってしまった。ぬいぐるみのように抱き抱えられたルティスは困った表情を浮かべながら私を見ていた。


「おい、できたから配膳手伝ってくれよ」


 シャノンの一声で私達は一斉に動き出した。

 料理をテーブルに並べ、椅子を配置しいざ食べようとした時、アイリスが一つ空席があることに気がついた。


「どうしてそこに椅子を置いているのですか?」


「ああ、今日はね」


「ここはわしの席じゃ」


 ミヤはそう言うとその空席に腰掛けて食事を始める。唖然としているアイリスとフィリスに「さっきシャノンの料理が恋しいって連絡あってね」と私は説明をした。


「極東は暇じゃからの……でも最近はわしも下界で遊んでおるんじゃが、やはりこっちの方が楽しい。可愛い娘もおることじゃしの」


「まあまあ母上、そんなことを言ってもなにも出ませんよ」


 私はそう言って目の前の皿を空っぽにする。

 ルティスは最近、アイリスに習って上品な食べ方を習得したらしく、一つ一つ噛み締めながら味わっている。


「シャノン、住み込みで働く気はない?」


「確かに……通うのもなぁ」


「住み込みはいけません!なら、私が住み込みで……」


「アイリスが住み込みで何をするのさ……」


 私は呆れながらそう言うと、アイリスは萎れてしまった。


「なんならシャノンを極東に連れ帰ってしまえば喧嘩にもならんじゃろう」


「それは困りますミヤ様」


 真っ先に拒否したのはルティスだったが、同じように私もそれを拒んだ。


「シャノンは私のものです。いくら母上だからと言ってもあげませんよ」


「ちょっ……そんな照れるじゃねーか」


「まあまあ、プロポーズですか? シャノンもついに天界の料理人に……」


「なんかそれだと死んだみたいじゃね?」


 シャノンはフィリスの言葉にそうツッコミを入れると、私は「まあ死んだら面倒見るから」と冗談ではない笑みを浮かべて言った。


「まあ他にも色々あるけどね。例えば、人間のしもべを作るとかね。天使ってやつ」


「シャノンが、天使……」


 想像をしたフィリスがクスッと笑うとシャノンは怒ってフィリスの頬を抓った。


「御伽話のような天使じゃないからね。羽もなければ頭の上の輪っかもないし。普通に下界にお使いしにいくだけだから、今の私と同じ感じかな」


「そうじゃな。しかし、天界ではながらく天使は雇い入れておらんの」


「そうですね。父上も雇っていませんでした。というか、下界に降りる者も少なかったのでね」


 私はそう言うと、自分は案外良い事をしているのではないかと思った。


「下界に降りるのは御法度みたいな空気があったからの。わしは別にええじゃろと思うておったがの」


「実際私が降りた時も引き止められましたし、やはり古代のあの大戦の忌まわしい記憶がまだ天界にはあるんでしょうね」


「古代の大戦?」


 アイリスはそう言うと私の方を見て首を傾げた。


「まだ下界と天界が分け隔てなく接してた頃。国同士の争いに神も加勢していたのよ。それで……」


「人間は神をただの戦道具としてしか見ておらず、それに辟易した神々が一度人間を滅ぼそうとしたんじゃ。すると、それまで神に対抗するための武器を与えておっての。その武器後からで神々は敗北寸前にまで追い込まれたのじゃ」


「因みに、私の剣もその時の物よ」


「あ、あの剣ですか?」


 アイリスは私に向けた剣を思い出したようにそう訊ねると、私は頷いた。


「それから、神は下界にはなるべく干渉しないようにしようと決めたの。だから、過干渉が掟破りになるってのはそういうことね。私の力で争いごとの勝敗が決まるだとかはダメってこと」


 私はそう言うと、伸びをしてソファーに体を沈めた。


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