第42話
ざわめく広場で、私達はその状況を建物の屋上から伺っていた。
その日は木枯らしが吹くような少し肌寒い朝だったが、広場には大勢のデモ隊が集結していた。
日に日に拡大していく不満の空気。それを抑え込むには限界がある。そもそも、今の王政に対しての不満が蓄積していただけに、アイリスとウイリアムの婚約、結婚はかなりのヘイトを生んだ。
息を巻くデモ隊が移動を始め、私達もそれに沿って屋根の上を移動した。
「この人数で城門まで行くとなると、かなりの大事になるわね」
「うむ……。厄介なことになるの」
ぼやく私達を知る由もなく、デモ隊はどんどんと城へと近付いて行く。そしてわかりきっていたが、デモ隊が歩みを止めたのはやはり城門前だった。
門の前に立つ兵とすぐに一悶着ではなく、城内からも兵が出てきて一触即発といった模様だった。この場を治めるにはどうするか、落とし所を見失ってしまいとにかく怒号を浴びせるデモ隊に、兵士達も困惑していたところ騒ぎを聞きつけたカインが姿を表した。
「これは一体何の騒ぎだ!」
以前の優男のイメージはもうない。屈強な戦士としてそう怒鳴り声を上げると、場は静まり返った。
「何者じゃ? あやつは」
「騎士団長のカインね」
私がミヤの問いに答えると、カインはデモ隊の代表者と話し始めた。
話の内容は予想通り。今の情勢に不満を持った者達と、シェーダー家による搾取とそのシェーダーとの縁談を成立させた王家への不満。膨れ上がったそれらは、水風船を割ったようにもう取り返しはつかない。
一通り話し終えた二人が離れていく。カインは城内へ戻り、代表者は隊列に戻った。
そして暫くして城から出てきたのはウイリアム・シェーダーだった。
「僕に不満があるというんだね?」
彼の姿を見て、デモ隊は大騒ぎになった。
なんとか兵士達がラージシールドで侵入を防ぐ。それを薄ら笑いを浮かべながら彼は見ていた。
「そう怒らないでください。負債を背負ったりするのは、何も我々が押し付けたわけではないでしょう?」
彼がそう言うとそれは火に油を注ぐようで、更に怒りのボルテージが上がっていく。そこらに転がる石を投げたり、瓶を投げたり。最早、完全なる暴動へと姿を変えた。
私達はまだ手出しはできないと判断し、暫くは静観することにした。
「静まりなさい!ここをどこだと思っているのですか!」
聞き馴染みのある声が聞こえてくると、城内からアイリスが姿を表した。
「アイリス!何も君が出てこなくても……」
「まさか、父上を出せというのですか?」
「いや、そうじゃないが……」
ウイリアムはそうたじろぐと、アイリスは一歩前へ出た。
「ご意見は頂戴いたしました。確かに皆さんの意見もわかるところはありますので、一度お話は持ち帰らせていただきます。速やかになにか対策を講じたいと思っております。ウイリアム、それで良いですね?」
彼女がそう言うと流石に王家の者の言葉だからか、言葉を飲み込むように静まり返った。
アイリスはそれを見て自信ありげな表情を浮かべていたが、その瞬間、彼女の額に一粒の小石があたり、彼女は額を手で抑えた。
投げた者かどうかはわからないが、罵倒する言葉をアイリスに浴びせ、それを受けたアイリスはしゃがみ込んだまま縮こまった。
「やめろ!その逆賊を捕らえろ!」
ウイリアムの一声で喚く男を取り押さえ連行していく兵を、アイリスは目で見送った。ウイリアムに縋る彼女を見て、私はどこかモヤっとしていた。
しかし、それが引き金となり膠着状態であった状況は一気に崩れ、なだれ込むように連れて行かれた男を取り戻すべく一気に人が流れ込む。
流石にその人流を止めるほどの兵の数ではなく、瓦解した防衛線は見る影もなくなっていた。
「これは……」
「不味いな……どうしたもんか」
「いっそ全員焼き払うか?」
「ルティス、物騒なことを言うでない。セレナが本気にするじゃろ?」
「いやしないからね!」
私はそう言うと、再び状況を見た。
「ちょっとアイリス、魔法を使うつもり?」
私はそれを見て、流石に看過できないと判断し屋上から飛び降りた。アイリスが放った魔法を打ち消し、その場で強風を巻き起こすと、場が静まり返った。
「流石にそれは駄目でしょ。国民に対して手を出す王家は流石に」
「セ、セレナ……」
「お前は確か……」
ウイリアムは私を見て睨みつけた。
逆に彼に悲しみの目を向けるとバツが悪そうに、彼は目を逸らした。
「アイリス。これがあなたの望んだ結果ですか?」
「違います!私は……」
「何をごちゃごちゃと!あなたは部外者だ!引っ込んでろ!」
ウイリアムは私に向かってそう言うと、私は思わず鼻で笑ってしまった。
「部外者か。そうね、そうかもしれない。だけど、部外者だからこの状況では弱者の味方になりたくなるのよね」
「それは、つまり……」
「色々と調べさせてもらったけど、シェーダーは国が欲しいのかしら? でしたら、どこかに国を建てればいいのに、どうしてこんな国を欲しがるの?」
私はウイリアムに向かってそう言うと、彼は俯いて黙りこくった。
後ろではミヤとルティスが暴徒を静まらせ、その場は静寂に包まれていた。
「はっ!僕は父さんに従っているだけだ!今の国王よりも優秀な王になれる。そして僕だってこの女より優れた存在だ!」
「えっ……どういう思考回路出そうなったの?」
「知らないのかい? 僕はかつて魔法学院の首席だったんだぞ?」
「はぁ……」
私は溜息混じりの相槌を打つ。すると、彼は魔法を繰り出そうとしていたので、面倒だからそのまま受け止めてみた。
ピンピンしているどころか、何の変化もない私を見て彼は焦りを隠せなかった。連続して魔法を繰り出すが、私は常にギリギリのところでそれを打ち消していた。
「はぁはぁ……何故だ……?」
「何故って……ああ、知らないのかい? 私は神様だからね」
私はそう居て威圧するような眼光を彼に向かって飛ばすと、彼は尻餅をついてしまった。
「ア、アイリス!助けてくれ!ほら、あれを使う時だ!」
「しかし……」
「じゃないとこの国はアイツのものになってしまうぞ!そうしたら……」
躊躇うアイリスにウイリアムは苛立ちを隠せず、何か魔法を掛けた。
恐らく催眠魔法だろう。彼の指示にしたがい、アイリスは何か召喚魔法を唱えた。
「王家に隠されし秘密。この神殺しの剣を用いて危機を脱する。素晴らしいエンターテイメントとは思わないかい?」
「神殺しの剣? アイリスが何故そんな物を」
「さあ、女神様。友人の手で殺されるといいっ!」
ウイリアムは今までのイメージとは真逆で、下品な笑い声を上げる。そして何やらアイリスに命令すると、アイリスは剣を鞘から抜いた。
虚ろな目をしたアイリスの剣撃を、そこらに居た兵の剣を奪い受け止める。
「神殺しの剣は、神の魔法すら消してしまうからね」
そう、それは私がかつて父を葬り去った時に使った武器。この剣のおかげで私は父を打ち倒せたと言っても過言ではない。
「アイリス様、お止めください!」
カインが間に割って入ると、ウイリアムはねじ曲がるような怒りの表情で彼を怒鳴りつけた。
「カインさん、危ないので下がっていてください。大丈夫、殺したりはしませんから」
私はそう言うと、間合いを開けた。
アイリスからの攻撃を受け止め続ける様子を、周囲の人間も固唾を飲み見守っていた。その時間が長引くほど、ウイリアムの表情はまるで悪魔のように変貌を遂げていた。
アイリスの剣術の腕は、私には及ばない。だが、これは模擬刀を使った稽古ではない。実際に剣がぶつかる金属音を聞きながら私はそう思っていた。
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