7.騒がしい王都、セレーナの忘れ形見
第40話
「今日は散々でしたね」
「流石に敵わないよ、まだね」
「親としては、超えられるのもまた一興じゃがの」
ミヤは私を見ながらそういうと、私は父のことを思い出した。
確かに父はそれを喜びとしていた。笑いながら私と戦い、強さを噛み締めるように攻撃を受けていた。
私はギュッと拳を作り、なんとも言えない感情に耐えた。
「そうじゃ、城へ出向いてみようかの」
「いきなり何を言い出すのよ……無理に決まってるじゃない」
「そうか? まあ門兵なぞ吹き飛ばしてやればよかろう」
「よくないって。それこそこの街から追放されちゃうし、もしかしたらこの国からも……」
「その時はその時じゃ」
満面の笑みで言われてもなぁ、と私は心の中で思っていた。
石畳みの路地で足音を楽しむミヤの姿を見ていると、本当に母なのか不思議になった。
見た目は私と同い年くらい。こちらでは珍しい漆黒の髪と紅い瞳。石灰岩のような白い肌。私も色白な方だが、ミヤの方が純白度合いは上だ。
「主人、本当にこれからどうするのだ?」
「それは城に行くかということ?」
「いや、ミヤ様のことだ。共に暮らすのは構わないが、彼女は神を辞めてきたのだろう? だとすれば、今後どうなるのだ」
極東の八百万の神を束ねていた任を辞めて来た、とミヤは言っていた。
天界の住人とはいえ、何かしら役職についていないといけない。だが、それは誰かから言い聞かされたこと。そうでないとどうなるかなど、私は知らなかった。
結局、城について門兵にミヤはアイリスに会わせろと偉そうに言うと、追っ払われていた。
「何故じゃ……ちゃんと頼んだであろう」
「だから、国の重要人物なんだからこんな一般市民が言っても無理だって」
「じゃが、セレナの友人じゃろう? じゃったら、会わせてくれてもよかろうに……」
「まあ、喧嘩中だからかもしれない……。それに、もう私を友人と思っていないもしれないから」
「それは仕方ないの」
ミヤは意外にもあっさりと諦めて踵を返した。
「今日もシャノンを呼ぶぞ」
「神通力は無しですからね」
私がそう言うとミヤは「当たり前じゃ」と言い、私にシャノンの家へ案内するように言った。
暫く歩いていると、丁度商店街を抜けようとした時にシャノンと鉢合わせた。
シャノンはまるで不味い連中に見つかったような反応を見せて狼狽えていた。
その瞬間をミヤに捕まり、今日もシャノンシェフの料理を堪能することになった。
「まあいいけどさ」
仕方なくそう返事をしたシャノンに私は謝るしかなかった。
だが、シャノンは「いいって。アタシも大勢で食べる方が楽しいし」と笑いながら言ってくれた。
「私も大歓迎だ」
「ルティスは大飯食らいだからなぁ。食費キツイんだよね」
そう言うと、商店街の路地へ入るところに怪しい黒フードの男が立っており私を手招きしていた。
「姉上、こちらを……」
「ジェダ……これって、教団のお布施じゃないの!そんなの貰えないわよ!」
「セレナ、何してるんだ?」
ひょっこり顔を出したシャノンがジェダを見遣る。するとジェダはシャノンを見て赤面し立ち去ってしまった。
「あ、お金……」
「知り合いか?」
「弟だよ。セシルとは違う、ジェダって言う。ほら、前に邪神がどうのとかあったじゃない? あの時の邪神がジェダなのよ」
「へぇ、セレナって本当に姉ちゃんって感じだよな」
シャノンはそう言うと、お金は有り難く貰っておこうぜ、と言い買い物を始めた。
「ジェダは昔から、わしよりセレナに懐いておるの」
「さっきの、気付いてたんですか?」
私がそう訊ねるとミヤはニヒルな笑みを浮かべながら頷いた。
「これで今日もご馳走じゃな」
「ダメです。これはジェダの信者が納めてくれたものなので少しだけもらって、あとは返します」
ミヤは残念そうに項垂れてからシャノンにくっ付いた。
「のう、シャノン。今日も美味い料理を食わせてくれるんじゃろ? じゃったら何かお礼をせねばと思うてな。今夜、セレナを貸してやる。じゃからご馳走を……」
「駄目だ!セレナだってそう言ってるだろ?」
「ううう……」
シュンとしたのはミヤだけではなくルティスもだった。
私は溜息を吐いてシャノンを見遣った。
「わかった。お金を掛けずにお腹いっぱいになるのを作るから、二人ともそれでいいだろ?」
シャノンがそう言うと、ミヤとルティスは抱き合いながら喜んだ。
買い物を済ませて帰宅した頃、私は突然の眠気に晒された。
「ちょっと眠いから、横になってくる」
「おう。できたら起こしに行くからな」
私は寝室のベッドで横になり、すぐに眠りに就いた。
目を覚ます頃、隣で誰かが話しているのが聞こえた。
「お、目が覚めたか。セレスティア」
「その名前は無しですよ……母上。寝顔に悪戯とか、してませんよね?」
「悪戯か。その手があったの」
私は体を起こし目を擦り欠伸をすると、ミヤは私に手を差し伸べた。
「ありがとう……」
その手を取って立ち上がり寝室を出た。
テーブルには良い香りを醸し出す料理が並んでおり、私のお腹は嘶いた。
「さっ、食おうぜ」
シャノンの料理に今日も舌鼓を打つ。私もミヤもルティスも、完全にシャノンに胃袋を掴まれていた。
「ねえシャノン、私に婿入りしない?」
「なんで婿なんだよ」
「そこら辺のは神様権限でどうにかするから」
私がそう言うとシャノンは照れながら「やだよ……一応、女に生まれてよかったって思ってんだから……」と言った。
私達は食事を終えてからバルコニーに出て冷えたシャノンの特製レモネードを飲んでいた。
「流石に夜風は冷たくなってきたね」
「そうだな……エルダーはそろそろ雪が降り始めてるだろうな」
遠くの空を見ながらシャノンはそう言うと、私はその肩を抱き寄せた。
「な、なんだよいきなり」
「こうしてると暖かいでしょ?」
そう言うとシャノンは照れつつも私に寄り添った。
それを見たルティスは狡いと言ってシャノンの反対側に立って縋り付いてきた。
見かねたミヤは私をバックハグし、私の背中には暖かくて柔らかい感触が二つあった。
「良いものじゃな……わしは長らく独りぼっちじゃったからの」
「……私を恨んでないですか?」
「恨むわけなかろう。可愛い娘の為と思えば……」
ミヤの腕の締め付けが少し強くなった気がした。それは恨めしいというわけではない、もう離れたくないという力を感じた。
部屋に戻り、シャノンを送りに何故か全員で行った。
「そんな心配すんなよ」
「何があるかわからないからね」
私はそう言うと、突然ミヤが抱きついてきた。
「ちょっといきなり何?」
力が抜けていくミヤの体が、私の焦燥感を駆り立てるには十分だった。
「ミヤ……?」
「大丈夫じゃ……矢を打たれたくらいで死にはせんよ」
ルティスが矢を射った人物を取り押さえると、私は顔を改めた。
「あなた、この前の……」
「あんたは……」
彼はパレードの時の男だった。
その犯行の事情を聞くと、私を殺しにきたらしい。
「こんな矢一本で殺せると思った?」
「あたりどころさえ良ければ……」
「私は人間じゃないから、当たりどころなんてないんだけど……」
私が凄んでそう言うと、彼は怯えきり震えながら頭を下げた。
「あんたがセレーナの生まれ変わりと知って……それで、あんたを殺せば王家も困るんじゃないかって」
「なるほどね。私、王家とは関わりを持っていないわ。アイリスはただの友人。コネクションなんてないわよ」
「だが、王家はあんたの力を振り翳して政をしているっていうじゃないか!」
「そんなこと……誰が言ってるのよ。私は一度もそんな事をしたつもりはないんだけど」
彼は口籠ると、彼の首筋のタトゥーが目に入った。
「そのタトゥー……」
「こ、これは……」
慌てて手で隠す彼の腕を掴み確認すると、そこにあったのはシェーダーの家紋だった。
「あいつらに借金をしてそれが返せなくなって……そうしたら焼印みたいにこのタトゥーを彫られて……」
「奴隷同然の扱いか」
シェーダー家の闇については周知していたが、もはやここまでとはと思いながら溜息を吐いた。
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