第39話
ルティスは幸せそうな顔をして椅子の上で仰け反りながら、ミヤの問いに答えていた。
その様子を見たシャノンからシャノンに、うちに泊まりに来ないかという提案をされていた。
「ん、何故だ?」
「ほら……狭いしさ。それに、折角だから親子水入らずって言うか……な?」
「……そうだな、そうしよう」
二人で話がまとまり、ルティスはシャノンと一緒に食器の片付けを済ませると家を出て行った。
「親子の時間なんて……別にいいのに」
「シャノンは気を使うのが上手いの。食事の時もドレッシングを取ってくれたりしよったし、案外そういう仕事が向いてるやもしれんな」
私はミヤにシャノンについて語り始めた。
シャノンは友達思いで情が厚い、とてもいい友人だと。年上だけど、そんな気がしない。だけど、たまに見せるお姉さんぽさがグッとくる。
「いい友人を持ったの。じゃが……」
「ええ、覚悟の上です。シャノンもそうですが皆んな、年老いて死に行く定め。エルフ族と同じように、それを見送るのが私の役目です」
「わかっておるならよい。昔から人に深入りするなというのはそういうことじゃからな」
私は深く、そしてしっかりと頷く。
「母親としては嫁ぎ先が悩ましいがのう」
「極東でいい人いますか?」
「むう……皆、妻帯者じゃからな……まあ、機会はいつか訪れるじゃろう」
そう言ってミヤは私の頭を撫でた。
その後、二人で入浴を済ませ同じベッドで横になると、ミヤは私を抱き枕のようにして抱えながら眠ってしまった。
「結局、こうなるか……」
母親とは言え、見かけは殆ど同い年くらいの少女の頬を撫でる。
その白くて透き通った肌に私の手が触れる。少し冷たい肌が私には心地よかった。
寄せられた体に私も寄り添いながら、夢の世界へと旅立った。
「寝顔は可愛いもんじゃな」
ミヤの声で目を覚ますと、目の前にいた母に私は甘えるように擦り寄った。
「寝呆けておるのか?」
「んん……」
私は開き切っていない目を擦りながら、ミヤを見た。
そんな私を見てミヤは微笑みながら寝癖を整えるように髪を撫でてくれた。
それはまるで親子のやり取りだなと私はつい嬉しくなり、にやけてしまった。
朝の支度を済ませ、朝食を食べているとルティスが帰ってきた。
「……すまない。また改める」
そう言ってルティスはすぐに出ていってしまった。
それもそのはずで、ミヤがたまには母親らしいことをさせろと、あれこれされていた最中だった。
「ちょっとルティス、助けて!」
「主人!危機か!?」
慌てて入ってくるルティスを見て、ミヤは嘲笑っていた。
主人がおもちゃにされている光景を見たルティスは目を見開いたまま固まっていた。
私はミヤにされるがままになっており、抵抗しようにも何故か体に力が入らなかった。
「まあ、この程度で良いじゃろう」
解放された私は思い知らされていた。神としての位は、ミヤの方が高い。だから、体の自由が効かなかったのだ。
「学院へ行くのか?」
「うん。仕事だからね」
「私も行こう」
「え、来て何するの?」
私はそう訊ねると、ミヤは「社会見学じゃ」と答えた。
「娘の仕事っぷりを見るのも親の務めじゃ」
「な、なるほどね」
ミヤを連れて学院に向かうと、また新しい女かと周りに囁かれた。だが、ミヤの美しさに男子は魅了されており、ルティスはその視線を切り裂くように翼だけを展開させ私達を覆い隠した。
「つまり……彼女はセレナ君の母君というわけか……」
「はい。毎度毎度ご迷惑をおかけいたしますが……」
「まあ、もう一つ増えても驚かんよ。それにルティス君の時の様に常識がないというわけでないからね」
ルティスが人間の生活に慣れるまで、学院では何かしら物を壊していた。ある時は飾ってあった壺を。またある時は階段の手摺りを。
それと比べればミヤはましだろうと、学院長は思ったのだろう。
「ほう、授業の準備か」
教員室で私が机に向かって作業をしていると、後ろから珍しいものを見るようにミヤは言う。
ただ、魔法を唱えることを知らないミヤは魔法の指導はできなかった。
「神は念じるだけでできるからのう……」
「そこは私の人間歴の勝ちね」
得意気に私はそう言うと、ミヤは悔しそうに唇を噛んでいた。
そして今日はクラス序列を決める模擬戦をする日だったので、模擬戦上へ向かった。
一通り終わり、シャノンが序列一位となり、ミヤは手放しで褒めていた。
「まあ、これだけではつまらんのう……そうじゃセレナ、手合わせせんか?」
「え……?」
私は突然の提案に驚いていた。しかし、ミヤは至って真面目にそう言っており、私はルティスに生徒の保護を頼んだ。
「言っておきますけど、手加減はしてくださいよ? 本気出したら、学院を壊しかねないので」
「わかっておる。全力を出さんでも、まだ負けたりはせんよ」
向かい合った私とミヤは、吹き抜ける風に体を撫でられてそれが通り過ぎたのを始まりの合図にした。
最初にぶつかり合った魔力の衝撃で地鳴りが起こる。
繰り出される魔法の精度と手数。戦い慣れた二人の様子を固唾を飲んで見守る生徒達。
ミヤの魔法は流石と言っていいだろう。私も凌ぐのが辛いくらいで、なりふりを構っていられなくなっていた。
「もしかして、模擬戦じゃからと死なぬと思っておるのか?」
「そんなわけ……さっきの魔法、生身の人間では木っ端微塵になりますよ」
「わかっておるなら、それでよい」
力強く放たれた魔法に私は防戦一方となり、反撃のチャンスが無かった。
「それでよくジャイルズに勝ったものよ」
「あれは必死だったので!」
隙を見つけ攻撃に転じる。
後退りをするミヤの様子を見て、私は一撃の重さは勝っていると確信した。
「ぐぬぬ……」
「これで一気に!」
「ぬおお!」
ミヤが繰り出した一撃が私の体を貫通した時、それがどれほど不味いことか身をもって知った。
「かはっ……」
「セレナ!」
その場に倒れ込んだ私を見て、ルティスとシャノンが駆け寄ってくる。その後のことは、私の記憶にはなく、気付いた時は保健室のベッドの上だった。
「あれ、私……」
「すまんセレナ……。手加減を怠ってしもうた。じゃが、傷は治しておいたからその……」
「あ、本当だ。うん、大丈夫そう」
私は体を動かしてそう表すと、ルティスはほっと一息吐いた。
「それにしても、わしをあそこまで追い詰められるとは……成長したの、セレナ」
「そりゃ、実力で父上を倒しましたからね」
「ん、もしや知らぬのか? ジャイルズよりわしの方が力は上じゃったというのを」
そう言ってくるミヤの顔が、どこか私を見下しているようで、親の威厳を感じた。
そしてその強さ故、父は逆らえなかったのではないか、とも考えた。
「なるほど、裏で牛耳っていたのは母上でしたか」
「まあ、そう捉えてもよかろう」
ベッドから出て立ち上がった瞬間、私は目眩を起こしてミヤにもたれ掛かった。
「すまぬ。思ったよりダメージが入っていたようじゃな」
「ええ……。いっそ砕け散ってしまいたいくらいです」
「そんなことをしたら、また長い月日をかけて再生せねばならんぞ」
「もちろん、冗談ですよ」
保健室を出て教室に戻ると、心配したシャノンとミヤの姿に怯える生徒が居た。
「まあ、私も手加減してたし、ミヤはちょっとタガが外れちゃったようで……」
「あれはまごうことなき実力差じゃぞ?」
「……ということで、今日はこれで終わりということで」
放課後、私はミヤと学院内を回った。
ルティスは私にずっとしがみ付いて離れなかった。その理由を訊ねると、一瞬だが契りが外れた時の喪失感を忘れられないから、とのことだった。
西陽が射す校舎を歩いていると、生徒会室から出てくるフィリスとマージェリーに出会した。
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