第38話

「抱き心地も良い。本当に自慢の娘じゃ」


「抱き心地は関係ないでしょ」


 ミヤの額を小突きながら言うと、笑いながらより強い力で腕を抱き締めた。


「なんか……どっちが親かわかんねーな」


「ええ……。セレナの方が大人っぽく見えて、どうしてもミヤさんが妹に見えますね」


 シャノンとフィリスがそう言うと、ミヤはむすっとしながら「極東の民は童顔と言われておるからな。それに私もセレスティアもこの国ができる前から生きておるからのう」と嘲笑いながら言った。


「馬車……もっと快適な乗り物はないのか?」


「飛行魔法がありますけど、王都までの距離を飛ぶとなると、二人を担いで行かねばなりません」


「私の背に乗りますか?」


「確かに、バハムートの背に乗るのも悪くない」


 ミヤはそう言うと、人型状態のルティスの背中に乗った。苦しそうにするルティスに「情けないのう」と言ってルティスの上から降りた。


「まあ、これも人らしさですよ」


「セレナ、その話し方はやめろ。歳の変わらん友人として話そう」


「えっ? ああ、うん。わかった」


 親子の距離感。私はもしかしたら知らなかったかもしれない。

 父とは長らく対立関係で、親子らしいことはしたことがない。母とも随分と会っていなかった。


「セレナ、喉が渇いたのう」


「はい、これ」


 私は水筒をミヤに手渡すと、彼女は中身を一気に飲み干した。

 私はもう無いからと伝えると、ミヤは絶望を絵に描いたような表情を浮かべた。


「先に言わんか!」


「言う前に飲み干しちゃったから」


 ミヤと掴み合いを始めると、シャノンは呆れながら「食えない親子喧嘩だな」とボヤいた。


「そう言えば、ミヤさんはこれからどうするんですか? あの神殿のようなところがお住まいだったのでしょう?」


「あれは扉みたいなもんじゃ。極東には無数の扉があったのじゃが、元いたこの辺りはなくての。それでこっそり造ったんじゃが誰も寄り付かなくてな」


「娘がたまたま入り込むという奇跡を起こしてしまった……」


 私は気まずそうにそう言った。

 それでも、私としては嬉しい。死んだと思っていた母が生きていたことが何よりも喜びだ。


「でも、あの家では手狭では?」


「むう、お前はセシルと同じ事を言うのう……」


 フィリスの言葉にミヤはそう反応すると、眉間に皺を寄せた。


「事実だからね……ベッドも流石に買わないと……」


「よろしければ、我が家からどこか斡旋いたしましょうか? トルーマン家は元はセレーナ様に仕えた家柄ですから、セレーナ様の為でしたら皆動きますよ」


「ありがとう、フィリス」


 私は礼を言うと、ミヤとルティスも同じく礼を言った。

 その後王都についた頃、ミヤはお尻が痛いと文句を言い続けていた。


「なら、一人で飛んで帰ればって言ったじゃない」


「それじゃと寂しいじゃろう? 折角の再会じゃというのに」


 その言葉に私を含め一同笑いを発した。

 それからは、馬車から荷物を下ろしそれぞれの家へと帰った。


「ここが私の家」


「確かに……三人で暮らすには狭いのう……そうじゃルティス、お前は出ていけ」


「な、なぜ私なのだ!主人のそばに居ることが役目だ!」


「もう……フィリスからの紹介があるまでの辛抱だから……」


 私はそう言うと支度をして買い物に出掛けようとした。

 すると、ミヤがついて行くと言って聞かなかった為一緒に連れて行った。


「ルティスは留守番じゃ。良い子にしておるのじゃぞ?」


 意外とルティスはミヤの言うことを聞く。それは私達がそもそもバハムートを使役する存在だからだ。

 それがセシルであれ私であれ、ミヤであれ変わらない。


「何を買うのじゃ?」


「母上の必要な物ですよ」


「じゃから、言葉遣いは……」


「二人きりの時くらい、親子じゃダメですか?」


「むう……それもいいじゃろう。じゃが、もう少し崩した言葉で話してくれ」


 私はミヤと手を繋ぎながら歩く。商店街に着いた頃には私達を見て辺りは騒然としていた。


「あれ、セレナちゃん。今日は知らない女の子と歩いてるんだね」


「ミヤっていうんです。えっと、遠い親戚で……」


「遠くはないじゃろう。まあ、距離は遠いが……」


「なるほどな。ほれ、これ持っていきな」


「え、いいんですか? ありがとうございます」


 包まれた肉を目にしたミヤは「家畜の肉か……」と少し引いていた。


「わしは魚が好きなのじゃが……」


「そうなのかい? じゃあ仕方ねぇな……ほれ、これも持っていきな」


 鮮度の良い魚を渡されると、私は驚き「いや、調理できないよ」と返そうとした。


「……シャノンに頼めばなんとかなるかな」


「あのお転婆娘にか?」


「あの子の実家、酒場やってて料理がめちゃくちゃ美味しいし、シャノン自身も料理上手だし」


「ああ、シャノンちゃんかい? あの子はセンスあるよな。お裾分けで貰ったことあるんだが、どれも絶品だったなぁ」


 おじさんがそう言うと、ミヤの期待値は爆上がりだった。

 食糧の買い出しを済ませて一度荷物を家に置き、今度は日用品などの買い出しへと向かった。


「ベッドは増やせないし、買うなら新居が決まってからの方がいいだろうね」


「セレナ見ろ!これ、ふかふかじゃぞ!」


 えらく気に入ったのか、ベッドの上で跳ねるミヤを見ると、天真爛漫を邪魔するように胸が上下に揺れていた。

 近くを通った少年が物珍しそうに見ていたが、私は彼にまだ早いと言って立ち退かせた。


「新居が決まってからです!それに、お金だって無限にあるわけじゃないんですから!」


「わかっておる。お布施を集めて回らんとの」


「ここはお布施じゃなくちゃんと働いてお金を稼ぐんですよ……」


 そう言うと私が何をして働いてるか訊ねられたので、魔法学院で教師をしていると答えると、ミヤは記憶を覗いた時に知っていたので「そういえば、そうじゃったの」と答えた。


「とりあえずクッション性のあるマットと枕、それに掛け布団。これだけあればとりあえずは大丈夫だと思う」


 それに加えて服や下着も買い揃え、私は少し懐が寒くなった。


「なんだか楽しいのう!娘と暮らすのはこんなに楽しみなのじゃな」


「そうですね……母上はずっとお一人だったのでしょう?」


「そうじゃな、一応他に二人同じ社におったがあまり口を利いてくれんかったからの」


「まあ、神様にも派閥があるでしょうし、ましてや他の地域から来た余所者でしたしね」


 私は家の玄関を開けると、何故かシャノンが来ていた。


「あれ、シャノン。なんで居るの?」


「ミヤに呼ばれたんだよ……」


「うむ。呼ぶ必要があったからな」


 神通力を使い、シャノンを呼んだミヤに私は極力その力は使わないように言った。


「できるだけ人と同じように生活するのがいいと思うから」


「そうじゃな。わかった」


 シャノンに夕飯を作るようお願いすると、食材を見て苦笑いを浮かべた。


「魚はあんまりなぁ……向こうじゃあ川魚くらいだから、こんな立派なのは捌いたことないんだよな」


「なるほどな。お前では役不足ということか。なら、他に料理人を呼ぶことにするかの」


 ミヤは煽るようにそう言うと、ムキになったシャノンは鼻息荒く腕捲りをしながらキッチンへ向かった。


「チョロいの」


「あはは……」


 私は顔を引き攣らせて笑うと、ルティスが「早くもシャノンの扱いに慣れているな」とミヤを褒めていた。

 その真意は単純にルティスはシャノンの料理が好きだからだ。

 私達はワクワクしながら完成を待つことにした


「よしできたぜ!」


「うおー!美味そうじゃ!」


「主人、早く食べよう」


 ルティスの騒音に近い腹の音を治めるため、早速いただくことにした。

 鮮度の良かった魚はカルパッチョと焼き魚に、肉は軽く火を入れてステーキサラダになっていた。

 どれも美味しく全員で舌鼓を打ちながら食べ進めていると、あっという間に食べ終えてしまった。


「良い腕じゃ。これからもよろしくな、シャノンよ」


「こ、これからって……流石に今回みたいなのは素材が良かったからさ、毎回できるわけじゃねーから。それに、ダニエルで食べた方がもっと色んな美味いもんがあるから、そっちで食えよ」


「確かに、このお礼に今度ご馳走するね、シャノン」


 私はそう言うと、シャノンの手を握りしめた。それよりもミヤはダニエルが一体何か気になってルティスに訊ねていた。

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