第37話
「お前はセレスティアなのじゃろ?」
「ええ、私はセレスティアです」
「そうか……下界で言えば長い月日が流れとるからな……わしを忘れても無理はあるまい」
彼女をよく見れば、その童顔の割には大きな果実が胸に二つあり、艶のある黒い髪が背中を覆い紅白の衣装がまるで神様であると物語っている。
「どれ……」
彼女は私の額に指を入れると、頷きながら何かを読み解いていた。
「なるほどな。物好きよの、お前も。まあ、他は変わってはおらんか」
「な、なんでしょうか?」
指を突っ込まれている違和感は無いが、ある部分に触れられると何かが弾けるような痛みが襲う。
「ん、これは……そう言えば、こんなものも仕込んでおったの。こんなものは、こうじゃ!」
「痛っ!」
私は頭を抑えながら彼女を見ると、微笑む彼女を見ると私は涙を流していた。
それは痛みによるものはない。懐かしさや愛おしさ、それに悔しさがそうさせていた。
「母上なのですか……?」
「久しいの。セレスティア」
「よろしかったのですか? あの封印は……」
「もう良いじゃろう。こうして再会できたんじゃ。わしもそれを喜ぼうではないか」
封印されていた記憶。母についての記憶は、その線が突然途切れる。なので私も含め天界の者たちは、母は死んだと思っていた。
「お前の代わりに極東を統べることになったが……極東には神が多いのでな、私はただ座しているだけ。誰も来んし、勝手に西洋に社を作ってみたんじゃ。まさか実の娘が初めての来客になるとはな」
「母上、抱きしめてもよろしいですか?」
「うむ、良いぞ」
私は母を抱き締めると、その温もりに目を閉じた。
「お前もよくやっておるな……それにあの人を止めてくれたのには感謝しておるよ。本来、わしの仕事じゃったはずなのに……」
「いえ……私なんて自由奔放で天界のためになんてならない事しかしてません。責められるべきで、褒められる事など……」
「それでも、わしら神がわからん下界の細かいところをお前は見ておるのじゃろう?」
「それは……下界の生活が楽しいからです」
私がそう言うと、母は何かを考えていた。
「ちょっと、待っておれ」
「え、ちょっと母上?」
彼女は姿を消すと一時間ほど帰ってこなかった。
私は他の皆んなを心配しつつも、母の言いつけを守り座して待った。
「すまんすまん。思ったより時間が掛かってしもうた。ほれ、行くぞ」
「え、ちょっと!」
手を引かれ私が入ってきた扉を開けると、下界に戻った。
「え、ちょっと……」
「ふむ。下界に降りると人の子の姿に自動的になるのは便利よの。戻る時も、そうしてくれれば良いものを。そう思わんか、セレスティア」
私は思わず笑いながら「ええ、そうですね」と言った。
「あの、母上」
「おっと。ここではミヤと呼んでくれ。下界での名前じゃ。お前も、今はセレナなのじゃろ? それに、見た目でははそう歳も変わらんから友人として扱うてくれ」
「いや、でも……」
私はそう言っていると、彼女は私の足を踏みつけた。
「親の言うことは聞くべきじゃと、昔に言いつけていたじゃろ?」
「しかし、ミヤという名はこちらでは馴染みのない名前ですし……」
「そんなの簡単じゃ。東の果てから来たといえばいいじゃろう?」
私はその瞬間、ミヤが自分の親であることを確信した。
「まあ、元の姿は極東の神に転神した時に変わってしまったが、セレスティアはあの頃の私にそっくりになったの」
「それは父上にも、それにセシルやジェダにも言われました」
「そうであったな」
ミヤは私の記憶を覗いた時に、大体の私の経験してきたことを理解していた。
そしてそれは母親らしいことをするのに繋がっていき、まずは私の悩みを解決しようと、息巻いていた。
「セレナ!探したんだぞ!」
「ごめんシャノン、フィリス。そしてルティスとマージェリーも」
「いえ、こちらこそ色々思い詰めさせてしまったので……ところでそちらの方は?」
「わしはミヤじゃ。セレナとは古ーい知り合いでな」
ミヤを見たルティスが何かに気付き、ミヤもルティスを一瞥した。
「偶然会って、思い出話に花を咲かせてたんだよ。ね、ミヤ?」
私は顔を引き攣らせながらそう言うと、ミヤは笑顔で頷いていた。
恐らく、その頷きは私の言葉に対してではなく、よくできました、という意味だろう。
「しかし……ルティスと三人で並ぶと、姉妹みたいだな」
「つまり、わしが長女じゃな」
「いや、ミヤは末っ子かな?」
シャノンがそう言うと、ミヤは拳を握りしめて体を震わせており、それに気付いた私はミヤを抑えつけた。
「お主、シャノンと言うたか……」
「ちょっとミヤ、ストップ!」
「セレスティア、止めるでない!」
その言葉に、一同凍りつき、私は溜息を吐いた。
聞いていいのかどうか、シャノンでさえ躊躇っている。フィリスは何かを察したのかニコニコ笑っていた。
「セレスティア、どうした? 具合でも悪いのか?」
「アンタ、どうしてセレナの本名を……古い知り合いってまさか神様か?」
「そうじゃ!極東の神を束ねておったが、辞めてきた!」
「実はそうなんだ……って、母上辞めてきたのですか!?」
私は思わずそう口にして、またも凍りつく場をどうにか誤魔化そうとしたが、不発に終わり、居た堪れなくなり、ミヤを担いで転移魔法を使った。
「姉上……どうされたのですか? その娘は……」
「セシル!元気だったか?」
「え、ええ、元気ですが……なんでしょう、この懐かしさは」
「ああ、すまんすまん」
ミヤは少し念じてから手を叩くと、恐らく記憶の封印を解いたのだろう。セシルは一瞬気が抜けた様子を見せてから、正気に戻るとミヤを見て母親との再会を喜んだ。
「本来、セレスティアが極東の神を束ねねばならなかったのじゃがの。まだ幼いセレスティアに任せるわけにはいかんかったわけじゃ」
「つまり、姉上の身代わりに……」
「本当にごめんなさい。私はあなた達から親を奪ってしかいない……」
丁度やってきたジェダにもそう言うと、彼は驚きつつもそれを否定した。
「それが姉上の運命だったのですよ。きっと」
「そうじゃ、お前が気に病むことはない。それに、私はこうして生きておるのじゃからな」
「それにしても母上、その話し方……」
「ああ、これは極東の言葉遣いじゃ。なんか染み付いてしまっての」
「私は可愛くて好きだけどな」
私がそう言うと、ミヤは私を抱きしめて褒めてくれた。
「やはり、二人は似てますね。物の考え方とかも」
「そうじゃろう? あ、私も下界で暮らすことにしたからの。もう隠居みたいなものじゃ」
「え、そうなの?」
「ああ、セレナのところに世話になろうかと思っておる。それに、娘の悩み事を解決するのが、親の務めじゃからな」
威張りながらそう言うと、私は顔を引き攣らせながら笑うしかなかった。
「しかし、手狭じゃないですか?」
「ジェダ、まるで私の家を知ってるように言ってるけれど」
「違うます!あれは姉上の正体を探る時に……」
慌てて言い訳をするジェダを睨むと、ミヤは私の方を見て「無理を言ってすまんのう」と謝罪した。
「いえ構いませんよ!この際一人増えようと。それに、引越ししましょう!エルフの里とかどうですか? 地上の観測者達との暮らしも面白いですよ?」
「じゃが、問題が起こった時にすぐに対処できる場所に住む方がよかろう?」
「確かに……では、もう少し広い物件を探してみます」
私の話を聞いていたセシルはずっと難しそうな顔をしながら、私を見ていた。
「姉上。わかっていらっしゃると思いますが、辛い思いをするくらいならこちらに帰ってきてもらっても構いませんからね?」
「ありがとう、セシル。それじゃあそろそろ帰るね。母上、手を」
「うむ。それではなセシル、ジェダ」
二人は私達を呆れた様な目で見送った。
「うお!帰って来た」
「ごめんごめん」
シャノンは突然現れた私達に驚く。
ルティスは私の姿を見て嬉しそうに私の元へ駆け寄った。
「とりあえず、セレナは私の娘じゃ」
「で、ミヤは私の母親です」
「んー、にしても若くないか?」
「それは、神様だから……若いんだよ」
「そうじゃ。人の姿に変化してもそれは変わらん」
ミヤはそう言うと、私の腕を抱いて「自慢の娘じゃ」と笑顔で言い放った。
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