6.母と子と
第36話
「起きてください」
その声で私は目を開いた。
「ジェダ……それにセシル。どうして?」
「姉上こそ、突然眠ってしまったのですよ?」
「ああ、ごめんなさい……」
「やはりまだ……」
ジェダが私を心配そうに見つめると、私は目を伏せることしかできなかった。
「……いつか、誰かがしなければならなかったこと。姉上は四百年もの間、十分にその任を務めてくださいましたよ。天界を代表してお礼を申し上げます」
「これで三人揃って天界での仕事ができるな」
「ええ。僕らも、カバーしていた姉上の仕事からようやく解放されるのです」
「そう。姉上、あなたのせいで僕は父親殺しの濡れ衣を着て、さらには仕事を押し付けられて……」
「僕も天界の王を押し付けられて、大変な思いをしていますよ。姉上」
二人は鋭い視線で私をみる。
まるでそれがアイスピックのように、私に突き刺さる。
「ましてや、下界でも迷惑しかかけない。となると、姉上はいよいよ世界の……」
「この世の邪魔者でしかなくなる。僕らだっていつ足元を掬われるか、わかったもんじゃない」
「ふ、二人とも何を言ってるの? 私は二人に負担をかけるつもりじゃないし、下界でも迷惑をかけるつもりは……」
「兄者、いっそ姉上を封じて仕舞えば良いのでは? 僕にしたみたいに」
「それもいいね。どこか下界の人が寄りつかないところにでも……」
ぬっと伸びるセシルの手を振り払い、私は逃げ出した。
どこまで行っても彼らは追ってくる。困り果てて下界に逃げ込んだが、どうも体が思い。
「シャノン!それにフィリス!」
「ん?」
振り返るシャノンに助けを求めるがその後ろから出てくるアイリスがそれを止めた。
「シャノン、私達では無理ですよ。存在がそもそも違うのですから」
「そうだよな。アタシらとは違うからな、セレスティアは」
「ええ、私達なんかでは力不足ですよ。ルティスもそう思いますよね?」
「そうだな。私でもどうしようもない」
彼女らの言葉に絶望しながら、私は逃げ惑った。
エクセサリアだけでなく帝国、連邦、極東の島国。あらゆるところを駆け回ったが、誰も助けてはくれなかった。
「どうした?」
「父上……」
「父上!姉上を捕まえてください!」
「むう……」
簡単に腕を掴まれ私は囚われてしまった。
封を掛けた牢に放り込まれ、私は彼らに、そして彼女らに睨みつけられながらこれまでの怨み辛みを言われ続けた。
全てが心に刺さる。ズタズタに切り裂かれた心で、私は懇願した。
「今までのことをキチンと償います。ですから……」
「くどいぞ。セレスティア。父を殺し、その罪を断ることもできない弟に擦り付け、下界に降りて全てを忘れ自由気ままに生きていた、お前の罪は重い」
「それに母上のこともあります。あれも姉上の仕業だったのでは?」
「違う!それだけは絶対に違うわ!あれは……あれはっ!」
「なんだと言うのだ、セレスティアよ。我が最愛の妻の死。オマエハヤハリシッテイルノダナ」
母の死……私はそれを思い出せなかった。
気がついた時、母はいなくなっていた。私が殺したわけでも、殺されたわけでもない。忽然と、母は死んだということになり姿を消した。
「父上もご存知のはず!母上は……」
「もういいよ姉上」
「そうですわ。セレスティア」
セシルとアイリスの失望を代弁するような視線。私は繋がれた手枷と足枷をどうにか外そうとするもびくともしなかった。
「セシル。こやつの力を封じろ。そしてその後はどこかに捨て置け」
「わかりました」
セシルの掌から私に向かい何かが流し込まれ、私は一瞬気を失った。
「私の知り合いに売春婦の斡旋を行っている者がいますので、彼にでも託しましょうか」
「そうだな……穢れた神に、お似合いかもしれん。女神らしく、人の子を慰めてもらおうじゃないか」
「いや……お願いアイリス……助けて……」
「どうしてですか? あなたは私がそう願った時、タスケテクレナカッタデスワヨネ?」
私は項垂れると、首輪をつけられまるで商品のように連れて行かれた。
「さ、この殿方の相手をしてください」
異臭漂う男に私は腕を掴まれた。
そして股を無理矢理こじ開けられると、私は悲鳴をあげる以外の抵抗ができなくなっていた。
「……ナ。……レナ」
「いやっ!」
「だ、大丈夫ですか?」
私は乱れた呼吸を整えるのに必死になった。
驚いているフィリスが、私の背中を摩ると「すごい汗ですね……どこかで一度休みましょうか」と気遣った。
「魘されていましたが……」
「嫌な夢だった……」
「神様も、夢見るんだな」
「人の姿になっていると、大体同じになるからね。夢も見るしお腹も減るし、喉も乾くよ」
「ふーん。で、どんな夢だったんだ?」
中継地の街の食堂でご飯を食べていた。
私はグラスのレモネードを一口飲み、ミートソースのパスタを頬張った。
「どんなって……とにかく辛い感じだったよ。皆んなに嫌われて怨まれて……」
「申し訳ございません。眠る前に私との会話の流れでそういう方向になってしまったからですよね?」
「さあ、夢って潜在意識の覚醒みたいなところがあるじゃない? だから、私もどこか嫌われてるんじゃないかって考えてたんじゃないかな」
「アタシらがセレナを嫌うわけない。セレナはダチだ。それは神様だろうが変わらねえよ」
「そう言ってもらうと、なんだか救われるよ」
私はそう言って食事を終えると、席を立った。
外の空気を吸いながら、食堂の軒先に置かれていたベンチに座った。
行き交う人々、帰る場所がある者達と、待ってる人がいる者達。愛する人がいて、愛してくれる人がいる。
私は微笑みながらそれを眺めていた。
「……つっ!」
頭の中に針が刺さったような鋭い痛みが一瞬だったが走った。
「何か……感じる」
私はそれに従い、それがする方へ歩き出した。
違和感を感じた方角へ歩みを進めると、近づいているのか、頭痛が走る頻度が増してくる。
「堪らないわね……」
痛む頭を抑えながら、歩いていると気付けば街の外へ出てきていた。
「こ、これは……」
朱色の柱が二本聳え立ち、上部には二本の梁が上下に並んで全てを一つの構造物にしたてあげていた。
まるで門のようで、何かの境界線のようだったその謎の構造物を見て、私はもしかしたら聖宝があるのかもしれないと思い、それを潜って中へと入って行った。
石段を登り進めていくと、屋敷にしては小さ過ぎる祠のような構造物を見つけた。
「これは一体……」
それの中を覗き込むと一枚の小さな鏡がそこにはあり、それが私を写すと同時に光を反射したかのように私にその光を浴びせた。
「な……ここは、天界か? それにしては、いつもと雰囲気の違う……」
「おや……来客とは珍しいのう」
女性の声に私は反応しその声がする方へ進み、顔を見た。
美しい黒く長い髪を垂らし、煙管を蒸しながらこちらを見てほくそ笑む女性を見ると、私の背筋に冷や水が伝ったような感覚に襲われた。
「すまぬな。最近、だれも来なかったもんでな。わしの退屈凌ぎに付き合ってはくれんかの?」
まるで石灰岩の粉のような白い肌、そしてほんのり紅がかった頬。紅い瞳がまるで私を吸い込むように見つめ、私もその視線を外すことを許されなかった。
「……ん?」
彼女は何かに気づいたようで、私の近くに寄って来ると全身を舐め回すよう観察した。
「これは偽りの姿か。まさかお前……」
彼女の煙管に頭を小突かれると、私はセレスティアの姿に戻った。
私は驚きのあまり、言葉が出ず、彼女を見つめていた。
「やはり、お前も神か。名はなんと申す?」
「えっと、セレスティアですけど……」
「セレスティアじゃと? 大きくなったのう……まさかまた会えるとは嬉しいぞ」
「え、ええっと……」
また会えたことに感激してくれているのはいいが、私は初めてあった気しかしていない。そもそも、彼女が神様なのかと思いつつ、私は彼女に振り回された。
そしてその止まらない彼女の喋りを遮断するほどの勇気は私にはなかった。
「まあまあ座れ。ああ、楽にしていいからな。まさかセレスティアが来てくれるとは……」
「あ、あのう……」
お茶の用意をする彼女に私は声を掛けるが、彼女は気にもせず作業を進める。
「あ、あの!」
「ん、なんじゃ?」
「えっと……どちら様ですか?」
私がそう訊ねると、彼女は持っていた鉄瓶を音を立てて落とした。
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