第35話
朝目覚めると、猫のように丸くなったフィリスと、ベッドの下で眠るシャノン。ルティスは、いつも通り私の隣で眠っていた。
フィリスが起きると同時に、私も体を起こしルティスも起きてきた。
一人仲間外れになったマージェリーは、フィリスを起こしに部屋に行くと居なかったので探し回りこの光景を目撃してしまった。
「ずるい……」
そう言ってマージェリーは部屋を出て行った。
そして王都へ帰る支度をしつつ、私は思い返していた。父に、父らしくされたこと。幼い頃の事、母の言葉と父の姿勢。
母がいなくなった時、父は狂ったように母を殺した犯人を探した。配下のものを何人も殺し、恐怖政治を敷いた。けれど、誰が母を殺したか、最後までわからなかった。いや、あの中にいたのかもしれないが、父はそれを聞くまでもなく怪しんだものは殺していた。
それから、私達と父は対立し、私は父を殺すことが天界の為だと思い行動した。セシルが言っていた、父の嬉しそうな様子。もしかしたら、元々私達に打ち負かされることを望んでいたような気がした。
朝のひんやりとした空気が、より切なさを助長し、嫌気がさすほどの青空を見上げ、白い太陽に向かって手を翳した。
「お姉さん、天使みたい」
一人の少女にそう言われ私は彼女を見た。
「うーん、天使じゃなくて女神様ね」
「女神様?」
首を傾げる少女に、私は笑みを浮かべ「そう、女神様。よろしくね」と言い頭を撫でてあげた。
駆けて行く様子を見て、私は微笑むと後ろから追い掛けて来たシャノンが「今本当に、女神様って感じだった」と呟いた。
「荷物は全部載せた?」
「ああ、これで全部だ」
シャノンは実家から持って行くものをいくつか載せていた。
「調味料が殆どだね」
「ああ。やっぱまだ母ちゃんには遠く及ばないなって思って……」
「なるほどね。よかったら毎日、晩御飯作ってくれない?」
「なんだよそれ、プロポーズか?」
「だとしたら、私の子供、産んでくれる?」
私は揶揄うようにシャノンを後ろから抱きしめて子宮の当たりに手を当てた。
「や、やめろ!エロ神!」
「そりゃ女神は生と死に愛を送るからね。ある意味エロくて当然かも」
「分析して正当化する。あなたの悪い癖ですね」
フィリスはそう言うと、マージェリーと二人で荷物を載せて荷台に乗り込んだ。
「帰りくらい飛行魔法で帰りたいよ」
「シャノンの魔力じゃあ途中で落ちちゃうじゃない」
「じゃあ、あのビュって移動するやつで」
「ダメ。ズルはしちゃいけないよ。あれは天界に帰る時だけ」
シャノンは膨れながら荷台に乗り込むと、私も隣に座った。
するとシャノンは何かを思い付いたようにルティスを見遣った。
「あ、ルティスの背中に乗って行こうかなぁ」
「ん? 帰りはゆっくり帰ろうかと……」
私の隣に座ったルティスがぽかんとした顔をしてシャノンにそう言うと、シャノンは残念そうに項垂れた。
恐らく、行きの道中酔ったから乗りたくないのだろう。
「まあ一日掛かるし、よかったらずっと目覚めないようにしてあげようか?」
「それも悪くないな……」
シャノンはそう言うと生欠伸を浮かべた。
もう酔ったのかと、走り出して間もない馬車ではそういう会話が繰り広げられた。
「そう言えば聖宝ってどうなったんだ?」
シャノンの言葉に、私はようやくその存在を思い出した。
「しまった!あの時聞けばよかった!」
地図を取り出し、私は難しい顔をした。
父が隠しそうなところ、何か手掛かりがないか思いを巡らせてみても、何も思い付かなかった。
「何もエクセサリアにしかないわけじゃねぇしな」
「確かにね世界中のどこかにあるはず……ああ、やっぱりあの時聞いておけばよかった」
「そんな余裕はなかっただろう。気を抜けば死んでいたのは主人だったぞ」
ルティスはそう言うと、少し落ち込んだような表情を浮かべた。
恐らく、あの時加勢することもできず、ただ見ているだけしかできなかったのを悔やんでいるのだろう。
だが、それは仕方がないことだ。神同士の争いに、ドラゴンでさえ介入できないというのは、珍しい話ではない。ましてや、天界を統べる一族での争いなぞ、犬どころか誰も食わない。
「この世で一番の親子喧嘩だったからね。私も久しぶりにセレスティアとして戦えたからよかったけど」
「……あなたの力、以前より強くなってませんか?」
「私も会長に同意です!なんだか、より魔法が鋭くなったというか……」
「確かに、アタシもそれを感じてた。前は抱き付かなきゃわかんなかったけど、今は肩が触れたり、ちょっと触っただけで……」
「ああ。だから、シャノンが懐いた猫みたいになってるんだね」
私は揶揄ってそう言うとシャノンは顔を赤くし、それを否定することに必死になった。
フィリスはルティスを見て「ルティスは影響ないんですか?」と問うた。
「正直、不釣り合いな魂の契りになりつつある。主人が切ると言えば簡単に切られてしまうな……。それに以前より強固な鎖で繋がれているように感じることもある」
「ルティスは本来セシルのところにいたし、弟の飼い犬を懐柔してるみたいで、気が引けるのよね」
「ではやはり……私は主人の元を去るべきなのか?」
「いいえ。ちゃんと躾けたのだから、首輪を外しても帰ってくるんじゃないかしらね」
私の言葉にフィリスは「本当に犬みたいに言いますね」と苦笑を浮かべ、小さな声で「羨ましい」とも言った。
「私にもわからない。主人に逆らえないのは服従の契約のせいなのか……単に主人の為に働きたいと思っているからなのか」
「ルティスのその感情は、服従契約のせいでしょう。その契りを解けば……」
「だとしたら、それは嫌だ。もし、私のこの気持ちがなくなるというのであれば、私はずっと主人と共にいたい……だから、契りを解くのは嫌だ」
ルティスはそう言うと私の腕にしがみ付いた。まるで、見捨てないでくれと懇願する捨て犬のような顔を見て、私は思わず頬にキスをしてやった。
「あ、あ、あ、主人!?」
「何?」
赤顔し慌てふためくルティスのせいで馬車が揺れ、シャノンは目を回してしまった。
ルティスはシャノンを背に乗せて馬車から飛び立ち、結局帰りもドラゴンの姿で飛ぶことになった。
「あなたも悪い人ですね」
「どうして?」
「こうなると、わかっていたんでしょう? 打算的といえばいいですか」
「あ、あー……ええっと。私は昔からそういう計算ごとが苦手で……」
「では、何も考えず、成り行きのまま、ですか?」
私はコクリと頷くと、フィリスは大きな溜息を吐いた。
「神である自覚が足りないと思います。あなたが及ぼす影響について、もう少し考えるべきですよ」
フィリスから説教じみた話を聞き、私は落ち込んだ。
それはもう馬車の床をぶち抜くのでは言うくらいに沈み込んだ。
「あ、あの……そんなに思い詰めなくても……」
「どうせ私なんか……皆んなと違うし……」
マージェリーの慰めの言葉も私には通用しなかった。
だが、心配そうに見てくれるマージェリーの太ももに私はすがるように顔を埋めた。
「あの時の事、まだ根に持ってるんですか?」
「でも、あれが始まりだった気がする。改めて自分が異質な存在って気付かされた」
模擬戦で、学院の実力者三人相手でも倒せなかった私。あの時の私は、水面に浮いた油のように映っていただろう。
「そうですね。あの時から、私もそしてアイリスも色々考えなければならなくなりました」
フィリスはそう言うと、欠伸をして寝転がった。
「考えるって……一体何を?」
「あなたとの距離ですよ。特にアイリスはあなたを側に置いておくわけにはいかなかった。余りにも力がありすぎる」
「そうよね……」
「そう暗い顔をしないでください。別に嫌ってそうしてるわけじゃないんですから、私もそうですし頼りたい時は頼りますから」
私はその言葉に納得することはできなかった。ただ単に、私を便利使いたい、と聞こえてしまったからだ。
マージェリーが私の頭を撫でると、タイツ越しに伝わる彼女の体温を感じながら、私は目を閉じて考えた
「まあ、神様ってそういうものよね。普段は存在を信じたりしないくせに、状況が悪くなれば途端に頼ってくる。結局、それは変わらないわね」
「そういう意味ではないです。私達は友人としてあなたと接してきました。その関係値まで無くすわけではない、ということです」
「……卑屈になるほど、嫌気が差す」
「仕方ありませんね。その言葉で済ませる他ないと思います」
「やはり、天界に帰るべきなのかしらね。それとも……」
私は言葉を詰まらせた。
忘れていた記憶が呼び起こされてくると、私は泣きたくなった。
「どうしたましたか?」
「いや……昔の嫌なことを思い出した。下界に降りた私はね、同じようなことをして神の力の封印という手段を選んだの。多分、それは間違いではなかった。人間の中に馴染むには必要だったのかもしれない」
私の言葉にフィリスは少し思い詰めたような表情を浮かべて、目を閉じた。
「暫く掛かりますから、セレナも眠っては如何ですか?」
「そうね。そうする」
ようやくこちらを見たフィリスは、私がマージェリーに膝枕をしてもらっている状況を確認すると「何してるんですか!」と怒った。
それに構うことなく、私はマージェリーの膝の上で眠りに就いた。
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