第34話
「じゃあこれからは、天界の相談役みたいな立ち位置なのか」
「うん。父からは天界の王になるように言われたけど、こっちに居たいしね」
私はテーブルに座り、目の前にあったサンドイッチを口にした。
「でも、いずれ天界に戻らねばならない時が来るのでしょう?」
フィリスは私にそう訊ねると、私は頷きはしたが、それはすぐにではない、と付け加えた。それを聞いたマージェリーは安堵したのか、一つ息を吐いた。
「近い将来ではない、でも遠くない未来。多分、あなた達が死んでから私は天界に帰るんでしょうね。それか、人間に辟易としたら……」
「そうなりゃ、滅ぼしそうだな。セレナ、怒ると怖いし何しでかすかわかんねーから」
「となると、直近の問題はアイリスですか……また厄介な者と結婚してくれたものです」
「アイリス様……確かに、うちの界隈でもあまり評判の良い話を聞きませんね」
マージェリーの言葉に、私もフィリスも考え込んだ。
本人の覚悟、国王もそうだが、王家だけの話ではない。最悪の場合、国を巻き込んだ大騒動に発展しかねない。
アイリスの何かを成し遂げたいという気持ちの強さは買うが、それが空回りしそうで怖かった。
「そんなにやばいのか?」
「ほら、麻薬の密売とか、あれを牛耳ってるのがウイリアムの父親なのよ」
「うちの父も手を焼いてる案件ですからね。下手に手出しをすると、王都全体が抗争の場になってしまいますから」
「でも、そうなれば逆にセレナの力で一発で済みそうだけどな」
私は首を横に振った。シャノンはそれでも食い下がり理由を訊ねてきた。
「私は神様よ? そこまですれば、天界の掟に反することになる。そうなれば追放されちゃうわ。それに、街ごと吹き飛ばすから、事後処理が大変よ」
「追放されて、何か都合の悪いことはあるんですか?」
フィリスに訊ねられ、色々と考えた。
不都合なこと……帰る家がなくなるが、王都にある自宅が今はある。あとは……。
「無いわね」
「じゃあいいんじゃねーか?」
「でも……」
「ええ、いけませんよ。姉上」
「うわ!誰だこのイケメン!?」
セシルが珍しく下界に降りて来て私を止めた。
「そうなれば神としての力も失い、本当に下界の住民となります」
「セシル……気持ちはわかるけど、いきなり来るのはなしよ」
「す、すみません姉上……」
「こ、この方が聖教神セシル……」
「ええ、私の弟。実のね」
私がそう言うと、そこにいたルティスを除く全員が驚いた。
「アタシらの神様の姉ちゃんって……セレナって本当にすごかったんだな」
「父である全王神を打ち負かしたくらいはすごいのだ。我が姉は」
「威張るな、セシル」
珍しくきつい口調でそう言うとセシルは背筋をぴんと伸ばし、私に頭を下げた。
「父上の真似、似てた?」
「ええ……」
茶番は程々に、セシルに堕ちるつもりはないことを伝え、ただ、友人を救うためのギリギリのラインを定めることにした。
「そうですね。僕のように天から舞い降りた神と言うわけではないのが、姉上の現状です。すでにこの世界に馴染んでしまっている……となれば、そこは問題ないのではないでしょうか」
「……セシルがそう言ったってことは問題ないってことになるわね。天界の王の言葉だもの」
「あ、姉上!それは狡いですよ」
「あら……女神は混沌を愛するのよ」
「ぐっ……」
セシルは悔しそうな顔をしたまま天界へと帰った。
「にしても、カッコよかったなぁ。セシル様」
「珍しくシャノンが乙女になってる」
私とフィリスは笑いながら言うと、ルティスは「セシル様はシスターコンプレックスと言うものらしいぞ。ジェダが言っていた」と言うと、私は「ジェダも変わらないでしょ」と言った。
「なんと言うか、神様もアタシら人間と変わんないんだな」
「まあそうね。同じ生き物ではあるから」
シャノンは頷くと、私の肩に手を掛けた。
「じゃあ、セレナも一緒ってわけだ」
「それは前から言ってるじゃない」
シャノンの腕を掴み私はそう言うと、グイッと彼女の体を引き寄せた。
「だから、また可愛がってあげることもできるよ?」
「や、やめろ……母ちゃんに見られるだろ!」
シャノンはそう言うと、私から距離を取り「このエロ女神!」と悪口を言ってきた。
「様々な文献を読んできましたが、女神のイメージ像は大抵裸婦であることが多いですが……」
「ひとを露出狂みたいに言うな!」
私はフィリスの言葉にそう反応すると、シャノンは「これからは怒りっぽいイメージが付くな」と笑いながら言った。
「あー、この世界滅ぼそうかな」
「主人、まあ食え。腹が減っていると、イライラするだろう」
「珍しい。ルティスが分けてくれるなんて……」
私はそう言うとルティスが食べていた肉料理に舌鼓を打った。
気づけば日もどっぷりと沈んでおり、夜の帷は下り、私達は宿へと戻った。
「セレナ、少しよろしいですか?」
「フィリス……どうしたの?」
「いえ……ずっと聞こうと思っていたことがありまして」
私はルティスに席を外してもらうように促すと、フィリスは別に聞かれてもいい話だといい、それを引き止めた。
「いや、私がいない方が腹を割って話せるだろう。シャノンかマージェリーに悪戯でもしてくるよ」
「そうですか……では、お言葉に甘えさせていただきます」
フィリスはそう言うと、椅子に座り私に正対した。
「転生魔法についてです。あなたはそもそもその必要がなかった、そうですよね?」
「ええそうね。私はそれがなくても転生できた。それは神としての特性でもある。父も似たような感じで復活していたんだけど、存在そのものが消え去らずにバラバラになることができるの。私の場合は魂に封印を施し、さらにその魂の一部を切り離していた。一度死んだ私は残りの魂が散り散りになり、四百年の時を経て復活したと言えば正しいかしらね」
「なるほど……では転生魔法の成功例は私だけだと言うことですね」
「まあそうね」
フィリスは何か支えていたものが取れたように一息吐くと、私を真っ直ぐに見つめた。
「セレーナ様に仕えた日々が懐かしいです」
「そうね……私もあなたと共に過ごした日々がすごく愛おしいわ。リディア」
「でも、その時は神ではなかった。魂に封印を施し、神であることを封じていたから」
「そうよ。あの時は純粋なセレーナだった。今は……セレスティアね」
フィリスは立ち上がると、ベッドに座っている私に歩み寄り、その長い髪で私を覆うように前屈みになった。
よく見れば胸元がざっくり開いたガウンでその姿勢になった為、かなり挑発的な光景だった。
「では改めて、ルティスと同じように、私もあなたの従者にしていただけませんか? 今度は女神の騎士として……」
「いい響きね。でも、それだとトルーマンの持つ力が大きくなりすぎるわね」
「……ずっと、ずっとなんです。あなたに飼われる悦びを魂が欲している。ずっとお預けをくらっている気分なんです」
フィリスはそう言うと、そのまま私を押し倒した。
「随分、変態になったんですね。誰かに操られでもしてるんですか?」
「強いて言えばセレーナ様に……」
「ああ……呪いは掛けてなかったはずだけど」
私は思い出すと同時に溜息をこぼした。
そして両手を広げてフィリスを受け入れると、体を寄せたフィリスを抱き締めた。
「これが噂の女神の包容力ですか……。シャノンが言ってたことが、ようやく理解できました」
「もしかしたら、セレーナだった時にも漏れ出ていたかもだけど」
「そうですね……似たような……感覚です」
フィリスはそのまま目を閉じて、私の上で眠ってしまった。
「おいセレナ!ルティスをなんとかしてくれ!」
「違う主人!シャノンがしてくれと言うから私は……」
二人は私とフィリスの様子を見ると、はっとしてから口を閉じ、小声で話し始めた。
「へぇ、会長さんがえらく可愛い顔して寝てやがるな。流石は女神様だな」
「主人の胸の中は安心できる。まるで、そのまま溶けていくような感覚に陥るからな」
羨ましがる二人を呼び寄せて、私は明かりを消した。
四人で寝るには狭かったベッドだが、少し冷える夜、その温もりが丁度良かった。
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