第33話 父と娘

 私はシャノンの背中を摩りつつ、地図を見ていた。

 聖宝の隠された場所……下界をただの遊びとして見ていた父が置きそうな場所にいくつか当たりを付けた。


「流石に人里離れた場所に置いてると思う」


「だ、だよなぁ……うぅ」


 吐き気を催すシャノンに私は眠りに就く魔法を掛けて休ませた。

 エルダーに着くと私はシャノンをおぶり、宿へと向かった。


「んん……あれ、もう着いたのか?」


「ごめんね。辛そうだったから勝手に眠らせちゃって」


「寧ろ感謝してるよ……それにしても、セレナの背中、暖かくて落ち着くな」


「寝るならベッドで寝て」


「じゃあ、一緒に寝ようぜ?」


「ダメよ。ルティスが怒っちゃうから」


 私はルティスを見ながらそう言うと、それに気づいたルティスは眉間に皺を寄せて「別に、主人が望むならそれでいいけどな……」と、不機嫌そうに言った。

 食事はシャノンの実家の酒場で取ることにし、荷物を置いて向かうとシャノンの母であるメアリーが出迎えてくれた。


「前に食べたジンジャーソテー。あれが食べたい」


「すまないね。生姜が最近高騰しててね……」


「ええぇ……」


 残念がる私に、代わりに出してくれた肉料理が、私の機嫌を立て直し、満足して私はその日は眠った。


「じゃあ、行ってくる」


「二人で大丈夫ですか?」


「平気だって……私を誰だと思ってるの?」


 翌朝、私とルティスはそう言ってヴェグ火山へと向かった。

 すっかり元通りになった麓の村で腹拵えをし、いよいよ火山内部へ入っていく。横穴を進んだからといって暑さなどはない。それに、変わった様子もなく、ただの洞窟だというくらいで、私達は灯りを灯しながら先に進んで行った。


「まあ、変わった様子はないね」


「ああ。だが、なんだこの感じ……」


「単純にあの時と違うから雰囲気が違うだけなのかもしれないけど、どうも空気が不愉快だわ……火山のガスか何かかしら?」


 私は慎重に進む。火口付近に辿り着くと、煮えたぎるマグマが見えるわけでもなく、やけに静まり返った空気が漂っていた。


「主人、あれを見てくれ」


「前に村の人達を閉じ込めていた地下室? 扉が新しくなってる……?」


「いや……なんだ、この粘ついた不快感は……」


 恐る恐る、鋼鉄製の扉を開く。すると、私の視界は真っ暗になり、ルティスの名を呼んでも返事もなければ声の反響もなかった。


「か、体が重い……何なの、この空間は……」


 私は絞り出したように声を出す。それも自分に語りかけているだけのようで気味が悪い。

 手を伸ばした先の感触でそこが壁であることを確認すると、それを伝って私は奥へと進んだ。


「ん?」


 それは少年の声のような気がしたが、そこに誰か居るのかは私には視認出来ず、立ち止まった。


「セレスティア?」


 その声の主が明かりを灯すように闇を振り払うと、私の目の前に一人の少年が瞑想をする様に座っていた。


「やはり、セレスティアか」


「どうして私の名を……」


「忘れるものか。我が娘の名を」


 その言葉に私は寒気がした。

 急いで入ってきたルティスが彼の前に立つと、まるで体が勝手に動くかのように彼の前で跪いた。


「ほう……バハムートか」


「まさか……父上……なのですか?」


「何を今更……私にトドメを刺しに来たのだろう?」


 彼はそう言うと目を開き、私にその鋭い視線を向けた。

 それだけで、私は目を抉られたような感覚に陥り、目を逸らすのに必死になった。


「どうだ? 下界での暮らしは。想像通り、人間は愚かしく穢れた存在だとは思わないか?」


「……あなたとは違います。私は彼らに……」


「なんの期待もしていない。だから、どうであろうが関係ないか」


 彼の言葉に異論を投じようとしたが、私はそれを諦めた。


「もう四百年以上の時が経った。私もようやくここまで再生することができたよ」


「あなたは死んだはず……私の手でその命を奪ったはずです」


「違うな。ただ砕け散っただけで、欠片を集め再生すれば良いだけの話だ。完全なる消失ではなかったのだ。お前にも心当たりがあるのではないか?」


 私は少年の姿をした父を見て、挑発するように鼻で笑った。

 ゾッとした私は、自分の転生について考えた。確かに、火焔龍との戦いの後……気づけばセレナになっていた。それは神特有の性質だったというのか……?


「とはいえ、年端で言えばまだ七歳くらいのお姿ですが……」


「これでも十分、お前と渡り合える。試してみるか? お前とて、力を使えずフラストレーションが溜まっているだろう。ガス抜きも必要だぞ?」


「珍しく、父親のようなことを……」


 私はルティスに離れるように命じ、臨戦態勢を取った。


「私も、今の力を試したいと思っていたのでな」


 彼から繰り出された魔法を簡単に躱すと、硬い岩壁が粉々に砕け散った。

 私がそれを見て絶句していると、彼は高笑いを浮かべ私に向かって突進をしてくる。


「どうだ? あの時どうやったかは知らんが、まだ完全でない私でもこの力の差だ」


 あの時……私が父を殺した時、私はどうしたんだっけな、と考えていると、彼の強烈なボディーブローを受け、私は膝をついた。


「大丈夫か? 娘の腹を殴るなど父にとって有るまじき行為だが……」


「平気です……こっちで散々な目に遭ったので、痛みには耐性ができましたから」


 私は攻勢に転じ、彼に猛攻を加えた。

 もちろん、手加減なしの全力。我を忘れるほどの攻撃による衝撃で、火山が揺らいだ。


「ぐっ……なるほどこれほどまでとは、成長したなセレスティア」


 私は父を追い詰めると、なす術なしとわかったからか、彼は降参を申し出た。


「やはり、あの時はマグレではなかった。それが分かっただけでも、戻ってきた甲斐があった」


「何を……言っているのですか」


「セレスティア、お前が私に代わりこの天界の王になれ。お前ならば、この下界もより良く導いていけるはずだ……」


 崩壊する彼の体を見ながら、私は涙を流していた。

 彼は一瞬、元の姿に戻り、私の頭を撫でると「私より、お前の方が適任だろう。私はこの世界を創って、それで満足してしまった。この世界を愛するお前に任せるのが一番良い」と言いその姿を消した。

 泣き崩れた私をルティスがそっと抱きしめ、私は一度天界へと戻った。


「姉上……」


「見ていたのね……」


「ええ。流石に父上ほどの力の波動を放っておくわけにはいけませんから」


 セシルとジェダは二人で水瓶の水面に写した私と父の戦闘の様子を見ていた。


「あなたは知っていたの? 父上が生きながらえていたことを」


「いえ……天界からでは下界の隅々までは見渡せませんから……。それに火山にはずっと火焔龍の波動があって、それに隠れていたというか。父上も回復のために力を抑えていたようですし」


「そう」


 私はそう言うと、母の形見である指輪を引っ掛けてあるネックレスが首に掛かっていたことに気づいた。


「父上……」


 それを握り締めて再び泣き崩れる私を支える

 ように、弟達は寄り添ってくれた。

 父上はあの時、私が何か細工をしたかと疑っていた。けれど、ただ私の力が彼を凌駕していただけだった。それに気付き、全てを私に委ねた。その思いに気づいた時、もう父に礼を言うこともできない。私は……最低の娘だ。


「姉上が下界に降りてから、僕が王を務めてきましたが、やはり姉上に玉座を譲るべきでしょうね。父上から直接の指名ですから」


「ううん。今まで通りセシル、あなたが王を務めなさい。私は下界からサポートするわ」


「兄上、僕も微力ながら……」


「ジェダもごめんね。長い間、親殺しの汚名を擦り付けてしまっていて。これから本当に、私は親殺しね……」


「あれは……殺したと言えるのか?」


 ルティスが投げ掛けるようにそう言うと、二人も頷き私を見た。


「戦闘中、父上はどこか嬉しそうでした。少年の姿でしたから気付きにくかったと思いますが……どこか、楽しそうでしたよ」


「そう……ならよかったわ」


 私は下界に戻りエルダーに着くと、シャノンが慌てて「なんか火山ですげー音したけど、大丈夫だったか?」とご飯を頬張りながら言ってきたのを見て、思わず私はシャノンの頭を撫でて「ちゃんと飲み込んでから喋りなさい」と言った。


「ん……っと。てか、その指輪、なんだ?」


「これは……母の形見よ」


 私は左の薬指にはめた指輪にそっと触れながらそう言った。


「びっくりしたぜ。セレナも結婚したのかと思った」


「私は……そうね。良い神様がいれば結婚するかもね」


 そう答えると、それを聞いたソフィアが「神様って冗談はよしなよ」と言ったが珍しく真剣な表情で娘に冗談ではないと言われて、唖然としていた。

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