第32話
その日はバーで食事をすることにした。マスターは私の顔を見ると「派手なことしたな」と笑っていた。
おまかせで出された料理を食べていると、一人の男が深いフードを被って店に入ってきた。
「姉上……」
「ジェダ……また下界に降りてきたの?」
私はジェダにそう言うと、彼は私の隣に座り目の前にある骨付き肉を手に取った。
「見ていましたよ。王女を襲うだなんて……いくらこの国に恩を売っているからと言って、やりすぎです」
「まあ、あのシェーダーって男がね。裏社会を牛耳ってる家の御曹司って話だったし」
「それを、王女が把握しているか確認をされたというのですか……あんな無茶をしてまで」
「それはルティスにも言われたよ」
私はトマトクリームパスタを頬張りながらそう言うと、ジェダは溜息を吐きながらメニューを見た。
「マスター、彼女と同じものを」
「分けたげようか?」
「結構です」
ジェダはそう言うと、マスターが持ってきたレモネードを飲んだ。
カランと氷がグラスにぶつかる音を奏でながらそれをテーブルに置くと、ジェダはじっとこちらを見てきた。
「何?」
「いや……姉上と食事だなんて何時以来だろうと思いまして」
「神も腹が減るのが驚きだ」
ルティスが自分の分を食べ終わりそう言うと、ジェダは笑いながら「そりゃ、神も生き物だからね」と言うと、ルティスは自分の存在について思い返し、それに納得していた。
「天界だからって、概念みたいなものじゃないから」
「そうか……確かにそうだな」
「こっちではお伽話でも、私達はちゃんと存在する天界の者でしょ?」
私はそう言うとパスタの残りを食べ切った。
「私のことはお気になさらず……」
そう言ったジェダを残して、私とルティスは家へ帰った。
すると軒先に武装した兵が待ち構えており、私は彼らに何の用か訊ねた。
「パレードでの件であなたを連行してくるように命を受けております。ですので、ご同行いただけますか?」
「構わないわ。ただ……」
「ただ?」
「シャワーを浴びてからでいいかしら?」
私がそう言うと彼らは少し狼狽えてから、それを許可した。急いでシャワーを浴び、着替えて外に出ると、ルティスが彼らを睨みつけていた。
「それじゃあ行きましょうか」
「はい。ただ、彼女は連れてくるように言われていないので……」
「わかりました。ルティス、ちゃんとお留守番しておいてね」
「わかった」
私は彼らに囲まれながら城へと向かった。
多少すれ違う人の視線を感じつつも、城へ到着し私はなぜか控室へ通された。
退屈な時間を過ごす羽目になり、ぼーっと窓の外の月を見ていた。
「お待たせいたしました」
「どうも」
近衛兵が私に声を掛け、剣を構えながら王の間へと私を連れて行った。
「ご無沙汰しております」
「むう。夜分にすまないな。楽にしてくれ」
私は畏まるのをやめると、王を見遣った。
「パレードでの件、報告は受けている。聞けばセレナよ、あなたはセレーナである以前に神であると聞いたが……間違いではないのだな?」
「ええ。私は元はこの世界ではない天界の住人です」
「ふむ……。となると、これからの我が国との関わり方について決めておかねばなるまい、と思ってな」
「そうですね……これまで通りというわけにはいけませんね。今まで散々、下界に影響を与えてしまいましたが、それは力も記憶も封印されていたからです。ただ今は、その封印が完全に解けている状態ですから、天界の掟通り、下界の物事に過度な干渉することはありません」
国王は玉座で頷くと、溜息を吐いた。
「では、今日のはなんだ? あれを過度な干渉と言わずして何という」
「そうですね……罰すると仰るならそうしていただいて結構です」
「なにも罰を与えたいわけではない。ただ、今後こういうことは無しにしてもらいたい。守れぬというのならば、またその時処遇を決める。現状、そなたの魔法の指導により学生の練度が上がっている。それは、十分評価できること。そんな優秀な教員を失いたくないからな」
私は改めて考えた。それも最早、干渉ではないかと。
この国の国力を高める行為になってしまうのであれば、これ以上教員を続けるべきではないのでは……。
「しかし、微妙なところよ。魔導師の育成が、過干渉となるのか……」
「それは私も今思っていたところです」
「ふむ……そこはまあ、目を瞑ろう。もし天界が不都合だと言うのなら……」
「わかっていますよ」
私はそう言うと、立ち上がり国王に近づいた。
「それか、私を后にでもしますか?」
「何を馬鹿なことを……娘ほどの年齢の妻などいらぬわ」
「そうですか……まあ、冗談ですけどね」
私はそう言うと玉座から離れた。
私を警戒する国王の方を振り向くと、彼は怪訝な顔を見せた。
「最後に伺います。今回のアイリスの縁談、あれはあなたが持ち込んだ話ですか?」
「違う。シェーダーからの話だ。家柄もそうだが……」
「闇社会との繋がり、ですか」
「ああ。儂も頭を悩まされている。元締めであるシェーダーとの縁が生まれるのは国家として心強い」
「アテにしてる、のであれば後悔する前に破談にすべきでしたね。シェーダーがただ王族へのパイプラインを作るためだけだなんてありえませんよ。恐らく彼らは王族を飲み込むつもりです。それだけの財力と力がありますからね。そのうち、庶民の暴動が起こる。今回のことも、一部の庶民が暗殺を企てていましたから」
私がそう言うと、国王は心地の悪さを表情に出しながら頭を抱えた。
暫くして、私にどうにかできないかと訊ねてくると、アイリス次第だ、と私は答えた。
「あの子にできるかね」
「さあ。まあ、友人としての好で何かあれば後始末はしますよ」
「後始末……それを先にしてもらいたいが、それは過干渉となるのか」
「ええ。それに、それが彼女の意志ですから、私はそれを友人として受け止めただけです。でなければあの場で殺していますよ」
私がそう言い切ると、国王は鼻で笑い立ち上がった。
「国境付近も少しざわつき出している。そんな時に、内部から揺らぐ訳にはいかん。早急に何か手を打つ必要があるな」
「あの二人。ちゃんと監視しておいてください」
「わかった」
「それでは私はこれで」
私は王の間を出て廊下を歩いていると、アイリスと鉢合わせた。
「セレナ……どうしてここに?」
「国王からの呼び出し。今日のことについてと、今後についてね」
「そうですか……もしかして追放とか言い渡されたのでは……」
「ちゃんと説明したから大丈夫。面倒臭い友人の尻ぬぐいは約束したから、安心して」
「……それは私のことですか?」
「それ以外に誰がいるの?」
私はそう言って再び歩き始めようとしたが、アイリスは私の腕を掴みそれを阻止した。
溜息を吐きながらアイリスを見る。アイリスは私をじっと見つめ、私はそれを見つめていた。
「……あなたは、変わったしまったのですね」
「変わってはないと思うけど。少なくともセレスティアである今が普通だし」
「今後、あなたの助力は得られないのですか?」
「そうね。頼るならフィリスが適任じゃないかしら。警備隊も闇社会の取締には手を焼いているし」
私はそう言ってから、アイリスを抱き締めると「私は見守るしか出来ない。だから、あなた一人でどうにかしてみせなさい」と言いその場を去った。
家に帰ると寂しがっていたルティスが私に飛びかかり思わず私は防御魔法でそれを防いでいしまった。障壁にぶつかったルティスは鼻血を出してしまい、私は急いで治癒魔法を掛けた。
「何はともあれだ、私もここでの暮らしを気に入っていたからな」
「主人のことより、自分の心配?」
「いや、主人が暗い顔をするほうが嫌だ」
「珍しく可愛いこというじゃない」
私はそう言ってルティスを抱き締めた。
私をきつく抱き締め返すルティスの腕力に待ったを掛け、私はネグリジェに着替え、ベッドに寝転がった。
「主人、今日はこのままで寝ていいか?」
「ええ、構わないわよ」
ルティスは私の腕の中で丸まって小さくなり、そのまま目を閉じた。彼女の寝息を感じながら私も目を閉じ、眠りに就いた。
丁度ひと月経った頃、青々とした木々も気づけば少し色付き始め、風も少し冷たくなってきていた。
「ボリークはきっと雪が降ってるんだろうね」
「まあエルダーは豪雪地帯だからな。アタシはなれてるけど、セレナは大丈夫か?」
「私を誰だと思っているの? それよりマージェリー先輩を心配しないと」
「わ、私は平気……だと思う」
ヴェグ火山のその後の調査と銘打って、シャノンの里帰りに同行する私とマージェリー、そしてフィリスは街道を進む馬車の荷台で話をしていた。
こっそりルティスはドラゴンの姿で空を飛び、ボリークに入るとまた人間の姿になり荷台に乗り込んだ。
「火山の調査って、その元凶がここにいるのにな」
「魔物の量も落ち着いたって聞くし、現地調査をする必要あるかしら」
「いいだろそんなもん。アタシは旅費をかけずに帰れるんだから一石二鳥だ」
「呑気でいいわね。シャノンは」
私がそう言うと何故かシャノンは威張って鼻息を荒くした。
少し冷えてきた荷台で、荷物からコートを取り出したマージェリーがそれを着ようと立ち上がると荷台は大きく揺れ、彼女は綺麗に私の懐へ飛び込んできた。
「す、すみません!」
「いえいえ、私も殺されなくてよかったよ」
「まだ根に持ってるんですか? 女神ならそんな小さな事、早く水に流してください」
「フィリス、あなたえらく強気ね」
「だって……ずっと仲間外れでしたから」
何故か膨れているフィリスを見ながら私はあることを思い出していた。
「そういえば、聖宝がこのあたりにあったはず……父が暇すぎて下界に何か起こらないかって設置していたわ」
「何だよそれ」
シャノンはそう言うと、地図を取り出し睨めっこを始めたが数分した頃には酔ったといい地図を放り投げて横になっていた。
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