第31話 パレードを止める

「まだ何か?」


 私はそう答えると、ウイリアムは立ち上がり私の前に立った。


「あなたは友人が死にゆく姿を黙ってみているというのですか?」


「そもそも、女神の役割は慈愛。それは生者よりも死者に向けたものよ。肉体から解き放たれた魂が安らかに眠れるように、胸に抱きしめるの。それが誰であろうとね」


「でしたら、今のあなたはそれをしていると?」


「もちろん、無意識下でね。機械のようなものよ。時計の針を回す為の歯車と同じよ。私がセレナであった時は全てセシルに任せっきりだったけど」


 私はそう言うと応接室から出た。

 それ以来、私はアイリスと顔を合わせることはなく、普遍的な日々を過ごした。

 いよいよご成婚となり、アイリスとウイリアムが盛大なパレードを催すことになった時、私はエルフの里に身を寄せていた。


「セレーナ、拗ねるようにここに来るのはやめてくれ」


 ルシアがそう言うと、私は抱えた膝をより胸に近づけた。


「だって……気に入らないから」


「何が気に入らないというのだ?」


「男っ気なかったアイリスが、完全に女の顔をしていた。それが、忘れられなくて……」


「主人は王女が好きだったのか」


「好きというか……なんて言えばいいのかわからないけど、なんか誰かに盗られた気分というか……」


 私がそう言うとルシアとルティスは同時に溜息を吐いた。


「嫉妬ね」


「ああ、嫉妬だ」


「悪かったわね」


「王城に呼ばれた後も、荒れていたからな」


「あら、そうなの?」


 ルシアは面白い話が聞けそうだと、ルティスにあれやこれや質問していた。


「仕方ないでしょ。私はアイリスに救われた身なんだから……多少の好意を持っても罪じゃないわ。けれど、自分の立場とかアイリスの立場とか、色々考えると釣り合わないなって思って……」


「自分が神であることを言い訳にしたということか」


「なんでルシアがそれ知ってるのよ」


「忘れた? エルフは世界の観測者よ」


「見てたのね……」


 私が苦笑いを浮かべると、ルシアはそれを面白がって笑っていた。


「里は変わりないわね」


「ええ。ただ、長老の寿命が近づいていているのが心配事ね」


「次期長老は?」


「今の所、次いで年長者のアルフレッサが最有力。でも、年功序列ってわけじゃないからね」


「じゃあルシアになる可能性はあるんだね。エルフの長老の代替わりなんて千年に一度あるかないかくらいじゃない」


「そうだけど……私はまだそんな器じゃないわ」


 ルシアはそう言うと、手を遊ばせながら、私を見た。


「神様なら、願い叶えてくれないの?」


「願いって……何を?」


「長老を……お祖父様をもう少し生き永らえさせてくれない?」


「それは無理な相談というか、願う神様を間違ってる。私は生き死にを司る神だから、そういうのは違う窓口でね」


「意外と神様も業務的なのね」


「そりゃ、極東には八百万の神と言われる所もあるわけだし、神にもそれぞれ役割があるから」


 私はふと、父の言葉を思い出した。


『セレスティア。お前が立派な神にならなくても、儂が全てを司っていれば良いことだ』


 あれは感情表現が下手な父なりの気遣いだったのだろう。その言葉の表面だけを汲み取り、私は父を悪と認識し対立した。

 だが、その言葉の裏側には、自分の娘に苦労はさせたくないと、父親の面を見せてくれていたと気付いたのは後になってからだった。

 そんな父を私は……この手で殺めたというのか。


「セレナ?」


 ぼんやりする私の顔を覗き込む麗しい顔に、私は驚いてしまった。

 ルシアは私の視線を振り払う様に距離を取った。


「因みに、シェーダー家の素性について、何か知らない?」


「そうだな。表向きは良家ということになっている。シェーダーが運営する孤児院だとか、教会への寄附だとか、表面上の善行は一通りやっている。が、その金の出処が厄介で闇社会から吸い上げた金が主だ。つまり……」


「その闇社会を牛耳っているのがシェーダー家と言うことね」


「ええ、だからそことの繋がりを強固にしたい王家の思惑じゃないかしらね。今回の成婚は」


「だよね……」


 私はそう言って頭を抱えると、その様子を見たルティスが口を開いた」


「なあ主人、街へ戻らないか?」


「どうして?」


「なんだか、嫌な予感がする」


「嫌な予感?」


 私がそう首を傾げると、ルシアは「神様なのにそういうのはわからないのね」と、少し私が神であることを面白がっていた。


「ごめんなさい。観測者としての癖ね。なんでも分析考察したがってしまう」


「いいのよ。それでルティス、その嫌な予感って……」


「パレードで何かが起こる……これは、あくまで予感だからアテにしてほしくはないんだが。何も起こらないかもしれないし、起こるかもしれない。なにか、胸がザラザラするんだ」


「そう……なら戻りましょう」


 私はルティスを片腕で抱えると、転移魔法を使い街へと戻った。

 人混みの中、私とルティスはパレードの列を目指した。

 だが、流石にこの人混みを縫って移動となると時間がかかり過ぎるので、屋根の上を伝って移動することにした。


「飛行魔法じゃあスピード出過ぎるからね」


「なるほど……」


「神として、干渉しないって決めたけど……」


「言い訳ならなんとでもなる」


 ルティスはそう言うと、何かを見つけてそちらに向かって大きく跳躍した。


「ルティス?」


「貴様、それで何をしようと言うのだ?」


「ぐぅ……」


 ルティスに取り押さえられた男の手から小ぶりのボウガンが落ちるのを私は見ると「暗殺……か?」と男に訊ねた。


「あんな結婚、認められるものか!シェーダー家との結婚なんて、結局は貴族優遇のままじゃないか!庶民の俺達の苦しみを知らないから、こんな結婚を……」


「なるほど、言いたいことはわかった。確かにそれでは国が疲弊してしまう。私も協力しよう」


「なっ……主人、何を言っているのだ!」


「とりあえず、あのウイリアムって男を殺せばいいんだな?」


 私は男に再びそう訊ねると、男は首を横に振った。


「いや……王女を討たなきゃ意味がない。この国の腐ってる部分は、王政にある。だから……」


「わかった。そのほうがわかりやすくていい」


「主人っ!何を言ってるのか解っているのか!」


 ルティスは私を止めようと、ボウガンを奪い去る。

 しかし、私はその場を飛び去り、アイリスの元へと向かった。


「なっ……セ、セレナ、あなた何を」


 愕然としているアイリスに私は手を翳す。パレードは止まり、周囲は沈黙に包まれた。

 何が起こっているのか察知したアイリスはどうにか防御魔法を展開しようとするが、もちろんそれは無意味だった。


「アイリス!」


 ウイリアムがそう言って間に割って入ったが、私はそれを無視してアイリスに翳した手に力を込めた。


「主人っ!それだけは駄目だっ!」


 ルティスは私に体当たりをすると私の体は吹き飛び、家屋へと突っ込んだ。

 被った瓦礫を跳ね除けて私は立つと、すぐにアイリスの元へと戻った。


「な、何をしようと言うのですか!今更……何をっ!」


「今更って、よくわからないことを言うわね。ただ、私はこの結婚に反対よ。それを伝えに来た」


「だから何を今更そんな事をというのだっ!あなたはもうこの国にとっては部外者だ、口を挟まないでもらおうっ!」


 ウイリアムがそう言って私を排除するように兵に命ずるが、兵は動こうとしなかった。それは単純明解で、敵わない。敵うはずがないという防衛本能からだろう。

 しんとした空気がやけに重く感じた。


「アイリス。私はあなたを過大評価していたみたい。あなたが、こんな男と一緒になると言うなんてね」


「な、何がいけませんの。彼はとても誠実で聡明な殿方です。王家にとってこれ以上ない人材です」


「なるほどね。全て知った上で、と言うことか。流石は王女様、恐れ入ります」


 私はそう言うと、手をおろしてルティスを見た。

 その冷徹な視線に臆するルティスの頭を撫でると、私はその場を去った。


「あ、主人?」


「アイリス自身が知らぬ存ぜぬならばそれを救うことも考えた。けれど、彼女は知った上でそれを利用すると考えている」


「さっきの会話でそのような節はなかったが……」


「何となく目を見ればわかる。アイリスは決めたことに対して忠実な性格だからね。所謂、頑固者ってやつね。だからそこまで干渉することはしない。どう転ぼうが全てあの子の責任よ」


「冷たいのだな。友人だというのに……本当に殺すのかと思ったぞ」


「返答次第ではそうしてたかもね。正直、私にとっても分からないことよ。もちろん、コーウェルが好きだった国を滅茶苦茶にされるかもしれないけど」


 私はそう言うと、自宅へ戻りすぐにベッドに寝転がった。


「しかし……あのような大勢の目がある場所であの立ち振舞は……もしかしたら手配されるかもだな」


「そうなると大罪人かしらね。伝説の大魔導師から伝説の不届き者になるのかな」


 私はルティスの頭を撫でながらそう言うと、溜息を吐いた。

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