第30話

 帰ったあとはベッドの争奪戦だったが、半ばセレナ争奪戦へとそれは姿を変えていった。


「シャノン、癖になってるじゃない」


「だって……セレナにくっついてると安心するから」


「それは私も同じだ。主人の側にいるのが、私の務めでもある」


「それは別にくっついてろってわけじゃねーだろ!」


 シャノンとルティスが部屋で暴れている光景に、私は額に手をやり「いい加減にしなさい!二人はベッドで寝て、私はソファーで寝るから!」と怒鳴った。

 しゅんとした二人を見ながら毛布を片手に私はソファーに寝転がった。


「な、なあセレナ……アタシらがこっちで寝るから、セレナはベッド使ってくれよ……な?」


「そう? ありがとう」


 私はケロッとしてベッドを奪い去った……が、それは二人の罠であった。


「ちょっと!暑苦しいから……」


 右にルティス、左にシャノン。まるで別品種の花を両手に抱えるように私の両腕は彼女らの枕と化した。

 ただ、どこか憎めない二人の寝顔を見ていると、胸の奥から腹の底までがざわつく感覚に襲われた。


「これが、母性ってやつか」


 そう呟いて、私は寝苦しい夜を過ごすことにした。

 意外とすぐに眠りの落ちた後、朝になると服の隙間から手を突っ込んで私の胸を揉む二人の鼻をつまみ、起こした。


「なんかすげー幸せな夢を見た」


「それは良かったわね。私は寝起きから胸を揉まれてたけど」


 私がそう言うと、シャノンは気不味そうに笑いながら洗面場へと向かった。

 朝一番の井戸水の冷たさが眠気を覚ましてくれ、私はシャキッとして朝食の準備をし始めた。

 昨日買っておいたバケットを切って、そこにチーズとハムを乗せ、マヨネーズを掛けて食べた。


「簡単なのに美味しいのよね。マヨネーズを考えた人に感謝しなくちゃ」


「アタシも自分で作ることあるぜ。マヨネーズ」


「うちのはダイニングダニエルで無理言って買ったやつよ」


「ダニエルの!?あそこのマヨネーズか!」


「確かに、あそこのマヨネーズは美味だ。主人もよくわかっているな」


 朝からそんな会話をし、支度をして学院に向かう。

 三人共同じ制服を着ているからか、逆に違いがはっきりわかる。


「セレナ、背伸びたよな?」


「そうなのよね。ちょっと困ってるの」


「そこはやっぱ女神様としての威厳なのかな」


「そんなことなら、縮むと威厳がなくなってる、ということになるじゃない」


「例えだよ、例え」


 シャノンはそう言うと何かを見つけて立ち止まった。


「おはようございます」


「アイリス? もう来ないんじゃ……」


「いえ……その……ばあやに行ったほうがいいと言われまして……」


「へぇ……ばあやさんが」


 城の従者の中でも最も権限があり信頼のあるばあやさん。

 そんなばあやさんに言われれば、アイリスも逆らえないというのだろうか。


「昨日持って帰った荷物を、また持って来る羽目になりました」


「そうなんだ」


 私は笑いながらそう言うと、荷物を持ってあげた。


「ありがとうございます……」


 少し困惑したアイリスを不思議に思いながらも、私はそのまま校舎へと入っていた。

 教室に荷物を置き、私は教員室へ向かい中へ入ると、教員達がざわついていた。

 ざわつきの原因はアイリスで、婚約についてもその相手についても、そして学院をやめることと何故か今日は来ていることが話題だった。

 教室へ向かうと、いつものようにアイリスが席に座っており、私はいつもと同じ顔をして教壇に立った。


「あのっ!」


 昼食時に私にアイリスが声を掛けてくる。


「ん? ふんんん?」


 口にものを入れながら行儀悪く私が返事をすると、怪訝そうな顔をしてアイリスは私の向かいの席に座った。


「ごめん、ごめん。で、何?」


「こちらこそすみません。いきなりお声掛けしてしまって……」


「ううん、いいよ」


 私はそう言うと、カレーを口へと放り込んだ。

 そしてアイリスは、少し言いづらそうに言葉を紡ぎ始める。


「実は、会って欲しい方がいるのですが……本日、お時間よろしいですか?」


「大丈夫だけど……会って欲しい人って誰なの?」


「婚約者のウイリアム・シェーダーという方です」


「ああ……なるほどね」


 私は、あからさまな無理な笑みを浮かべてそう言うと、アイリスは席を立ちどこかへ行ってしまった。

 どこか大人びて見えたアイリスの後ろ姿に、これまでとは違うモノを感じた。甘いカレーを食べながら、私はそれから目を逸らしていた。

 変わることに臆病になっている。それは、私が保守的である証拠でもある。

 けれど、変わることは止められない。緩やかにすることくらいしか出来ない。

 一筋の水の流れが大地を削り海に流れ込み、いつしか大河になるように、私達の関係も変化していくのだ。


「私は……」


 そう呟いて食器を返却カウンターにおいて食堂を後にした。


「主人、気分が優れないのか?」


「え? いや、そんなことはないけど」


「では、何か悩み事か……その手のことは、私は苦手でな」


「別に、ルティスに相談なんてしないから」


「そ、そうか……私はそんなに頼りないか」


 ルティスは肩を落としそう言うと、私は落ちた方を拾い上げる様に抱えて「そんなことないよ」と、慰めた。


「この後、アイリスの婚約者と会わなきゃなんだけど……なんか面倒臭いなーって」


「どうしてだ?」


「うーん……なんというか、私関係ないからさ、巻き込まないでほしいなって」


「友人だろう。特に親しい間柄だからではないか?」


「それだと、私が結婚しようとなるとアイリスに紹介しなきゃいけないじゃない」


「まあ……そうなるか」


 ルティスは顎に手を当てて思い耽った。

 しかし、答えが出ないからか頭を掻いて溜息を吐いた。

 放課後になり、私は王城へと向かった。門番はもはや顔パスで簡単に門を開いてくれた。


「お待ちしておりました」


 執事のモンテに案内されて、応接室に通された。

 先に椅子に腰掛けて待っていると、仲睦まじそうな男女が応接室へ入ってくる。


「お待たせしましたセレナ。こちらが昼に言っていた私の婚約者であるウイリアム・シェーダーさんです」


「お初にお目にかかります。お噂は予予お聞きしております。ウイリアム・シェーダーと申します」


「ええ……セレナ・グリフィスです。よろしく」


 私は立ち上がりそう名乗ると、彼はニコリと私の顔を見て笑った。

 顔立ちといい、雰囲気といい育ちの良い好青年、という印象だ。


「で、どうしてわざわざ私に会わせたの? 何か策略でもあるのかしら」


 私は少し意地の悪いセレーナモードで話し始めた。


「策略だなんて……友人であるセレナにそんなことは致しませんわ」


「そうですよ。セレナさんは、アイリスがそんなことをする訳ありません」


 さらっとフォローをするウイリアムが、そう言ってからアイリスを見ると二人は目を合わせて笑い合っていた。

 婚約者とはいえ、家同士の縁談のはずがどうしてここまで親密なのだろう。私の知らないところで仲を深めあっていたのだろうか。


「今回の席は面通しということになります。国の戦力で言えばあなたは突出している。なのでご挨拶をと思いまして」


 ウイリアムがそう言うと、アイリスも私を一瞥し目を閉じた。


「……私はいつからエクセサリアの戦力になったのかな?」


「それはどういうことでしょう。セレナ、あなたは我が国の国民ではありませんか。今の世界情勢、おわかりのはずです。我が国の存続のためにはあなたの力が……」


「この際だからはっきり言っておきますが、私は人間ではありません。もはや民であると考えないでいただきたい」


「それは……セレナ・グリフィスという人間の存在を否定する、ということですか?」


「ええ。セレナとは世を忍ぶ為の仮の姿と言ってもいいでしょう。もちろん、セレーナ・エクセサリアもそうですが……」


「それは一体、どういうことですか? 僕には、何を言っているのか分かりませんが」


 私は、彼に自分が神であることを告げると、彼は笑いながら「そんな馬鹿な冗談はやめてください」とそれを否定した。


「……仕方ありませんね」


 私は立ち上がると、瞳を閉じて念じた。

 私は光りに包まれると、かつてのセレスティアの姿に変身してみせた。


「変身魔法……ですか?」


「逆。これはそれを解いた姿よ」


「なんと……神々しい。まさに女神様……といったところか」


「ええ。そんな私が一つの勢力下に所属するとパワーバランスを乱すでしょ? だから、私はどこにも属さない。あなた達が帝国と戦争をするのであれば、それを高みで見物するくらいしかしないわ」


 その言葉を聞いたアイリスは私を真っ直ぐに見てからその視線を床に落とした。


「そうですか……残念です。かつてのセレーナのようにこの国を救ってはくださらないのですね」


「そうね。神としての力を取り戻してしまったから、と言えばいいのかしらね。だから、もう私は下界には干渉できない」


「その割に、魔法を教えていらっしゃいますが、そこは矛盾していませんか?」


「揚げ足取りをして、何がしたいの?」


「いえ……ただ、あなたの真意を聞きたいのです」


 私は溜息を吐くと、姿をセレナに戻してアイリスの前に立った。

 するとアイリスは私をスッと見上げるようにして、私の目を見た。


「恩はある。だけどそれは火焔龍の件で返したと、私は思ってる。それだけじゃ足りない?」


「そうではありません……そんなことはないのです。ただ、私は友人としてのセレナに頼みたいのです。かつてのように、私達と共に戦って欲しい……できませんか?」


「何も知らない頃の私なら、すぐにその手を取って共に戦っていたでしょうね。でも、今は違う。全てを知り、思い出した。もうあなたの隣に立つことは出来ない」


 私はウイリアムを見遣ると「ここにパートナーがいるじゃない」と言い笑みを浮かべると、その場を後にしようとした。


「待ってください!」


 そう言って引き止めたのは、ウイリアムの方で、私はそれに驚いてしまった。


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