第29話
アイリスの婚約が公に告知されたのはそれから一週間後の事だった。
学院でも大騒ぎになり、アイリスはその日から学院に来ることはなかった。
花嫁修行だろうという呑気なシャノンの台詞に、私も納得し意外といつもと変わらない日常を過ごした。
「心なしか、寂しいわね」
「そうだなぁ……」
放課後の教室で私とシャノン、そしてルティスは席に座りながらそう話していた。
「それにしても、いきなりじゃなかったか? アイリスの婚約って」
「まあ王女だからね。女王になるにしても、跡継ぎを求められるからね」
「そっか……まあ、十七にもなれば結婚とか色恋沙汰の話とかあってもおかしくないしなぁ」
「そういうシャノンは?」
「アタシは結婚は興味ねぇよ」
何かを隠すように慌ててそう言い返してくるシャノンに、私はニヤッとして「なるほどね」と答えた。
「セレナは……」
「また記憶を封印して人間に紛れるかなぁ」
「そういや、どうやって子供になったんだ?」
「それは……秘密だよ」
私がそう言うと、シャノンが私の脇腹を擽ってくる。その手を跳ね除けると、呼吸を整えて私は口を開いた。
「生まれ変わりの魔法というのは、詭弁ね。まあ実際魂に記憶を刻み込んでって魔法は使ったけれど、それは自分が神であることを忘れてたから。結局、時を経て肉体ごと再生する形で生まれ落ちたのが私よ。フィリスは本当にその魔法で生まれ変わった例ね」
「そっか。神様だってこと、忘れてたもんな」
「そう。それは前世であるセレーナの時から」
私の話にルティスは首を傾げた。
「では、あの家族は……」
「あれは、記憶を書き換えたのね。無意識のうちにしていたみたい」
「なるほどな」
ルティスは私の前に立つと、私を抱き締めた。
「こうすると安心するのは、主人が女神だから……実は、ずっと前から気づいていたのだ。魂の封印が施された時から」
「そう……」
絡み合う私とルティスの様子を顔を逸らしてチラチラとシャノンは見ていた。
それに気づいた私は、悪戯っぽい笑みを浮かべてシャノンを誘惑した。
「な、なんだよ……」
「シャノンもする?」
「し、しねーよ!なんでそんな……」
つべこべ言うシャノンを私は抱擁すると、最初は抵抗するシャノンだったが、暫くすると私に背に腕を回していた。
「確かに……なんだこの安心感は……」
シャノンはおとなしくなった猫のように、私の胸の中で目を閉じた。
少しの間、シャノンはそのままで居たが、暫くして状況を思い出したのか、私から飛ぶように離れた。
「て、照れるっていうか……」
自分勝手に言い訳をし始めるシャノンを見て、私とルティスは笑っていた。
窓から吹き込んだ風に煽られた髪を整えていると、教室にアイリスが姿を表した。
「アイリス?」
「お久しぶりです」
少し雰囲気の変わったアイリスを見て、私もシャノンも唖然としていた。
これが嫁入り前の娘か、と呟いたルティスはそっとアイリスから目を逸らし、私を見遣った。
「残していた荷物を取りに来ただけです。誰もいないと思っていましたが……」
「残していた荷物って……退学するってこと?」
「そうですね。これからは魔法を学ぶよりもやることが増えますから」
「そっか……そうだよね」
私はそう言うと席を立ち窓際に向かった。
「後悔というのは違うかもしれないけど、あなたはそれでいいのね」
「ええ……早かれ遅かれ、こうなるとわかっていましたから」
振り返ってアイリスの方を見ると、彼女の下がった眉を見て少し悟った。そして襲われた寂しさに、私はギュッとブラウスの胸元を握りしめた。
瞳を落とすことなく、真っ直ぐアイリスを見つめてから私は歩み寄ると、彼女を抱き締めた。
「ちょっと、セレナ?」
私は黙ってそのまま時を止めた様にアイリスを抱き締め続けた。
気づけば、私はアイリスの背を超えていた。胸元に沈む彼女の顔を上から覗き込むと、受け入れたような表情にどこか愛おしさを感じた。
「あ……」
抱擁を解いた瞬間、アイリスからそう声が溢れた。
「頑張ってね、っていうのはおかしいかもしれない。でも、私はそう言うしかないから」
「ええ……ありがとうございます」
シャノンも同じ様に声を掛け、アイリスは荷物をまとめて教室を出ていった。
私達も帰路へ着き、珍しくシャノンがうちに泊まりたいと申し出た。
「狭いよ?」
「なんか……一人でいるのが寂しい気分なんだよ」
シャノンはそう言うと夕飯は任せろと、商店街で食材を買い込んでいた。
久しぶりに台所からいい香りのする夕暮れ時。私とルティスは早くもテーブルに着き、料理の完成を今か今かと待っていた。
「なんか現実を見させられた気分だよな。アタシさ、このままこの関係が続いていくんじゃないかってどこか期待してたんだ。でも、そんなことなくて、アイリスだってセレナとルティスだって、このままってわけじゃないわけじゃん? そう考えると、私は多分実家に戻って手伝いをして……って思うと疎外感ってのを感じるようになってさ」
「なるほどね。わかるよ、その気持ち。私なんて、このままずっと生きることはできるし、どうなるかなんてわからないよ。でも、皆んなのことは見守っていくつもり」
大皿を運んでくるシャノンにそう言うと、シャノンは少し嬉しそうに笑った。
運ばれてきた料理に涎が止まらないルティスを見て、私も笑っていたが、シャノンの笑みはすぐに引っ込んだ。
「ここで魔法を学んで上達しても、アタシの将来に役立つわけじゃないんだ。こうやって、自分の作った料理を美味そうに食べてもらうほうが生き甲斐を感じる。魔法どうこうじゃねぇんだって最近わかってきた。だから、授業にも身が入らなくてさ」
「魔法の発動には精神状態も影響するしね。実家の手伝い以外にも道はないの?」
「母ちゃんはアテにしてる。弟もまだ小せえしさ、とりあえず帰ったら手伝わなきゃなって」
「新設される魔法機動隊とか、シャノン向きかなって思うけどね」
「軍隊には興味ねえな……」
食事を勧めながらそういった会話を繰り広げたあと、各々黙々と食べ勧めた。
正直、シャノンに毎日来てもらい、料理を振る舞ってほしいくらい美味しいものばかりだった。
満足そうなルティスを見ていると、私も同じ気分になった。食器を洗うのを手伝うと、全て魔法で済ませた私を見てシャノンは「それは実家で使えそうだな」と嬉しそうに言った。
「殺傷能力のない魔法なら使っても構わないからね」
「そうだな……便利系の魔法覚えようかな」
シャノンは食後のお茶を飲みながらそう言うと、項垂れるようにしてテーブルに突っ伏した。
私は向かい合って座ると、シャノンの頭を撫でてやった。
「まあ、これからのこと、卒業まであと一年あるから、しっかり考えたほうがいいよ」
「神頼みするしかないかぁ。今度の休み、教会にでも行こうかなぁ」
「ああ、セシルはそんな悩み相談苦手だから、私のほうがいいよ。まあ、私は教会なんて持ってないし、宗教化してないからなぁ」
私はそう言うと、シャノンは「じゃあアタシが、セレナ教の教祖になれるってことか」と、がめついことを考えているを表情に出しながら言った。
「私が拒否します」
「ええ……」
そういった他愛もない会話を、どこか愛おしげに思う私はその気持ちをそっと心の奥底の鉄で出来た箱にしまい、鍵をかけた。
うちのお風呂で済ませようと私は言ったが、シャノンが一度行ってみたかったという公衆浴場に三人で向かった。
「アイリスと会長とは、前の討伐隊の時に温泉一緒に入ったから、セレナとは初めてだな」
「あの時は私、単独行動だったからね……正直、馬鹿だなって思ったよ」
「自分を?」
「いや、国を。学生なんかに行かせても無理な話なのにって」
「だから、先回りしてくれてたのか」
私は照れながらも「まあ、そういうこと」と答え、シャノンは私の背中を叩きながら「照れるなよ!」と笑っていた。
「でも、その時の火焔龍がルティスだもんな」
「そうだな……今思えば、本来の主人ならば一溜まりもなかっただろうに」
「セレーナの頃は、記憶の封印で本来の力の使い方も忘れてたからね。逆に、魂を切り離した方は少し記憶戻ってたし」
「だからか……主人が人ではない何かと言うのはその時に感づいたのだ。まさかセレスティア様だったとは……」
私の本名を口走ったルティスの頭を叩いたあと、シャノンに弁明した。
「でも、名前も似たような感じだよな。セレスティアにセレーナ、そしてセレナだろ。これってセレナの趣味か?」
「単純にボキャブラリーが乏しいだけだよ……。そのままだと面白くないなって……」
私はそう言うと湯船から出て、少し体を冷ましているとぼーっと私を見るシャノンに向かって首を傾げた。
「い、いや……偉く綺麗だなって思って……」
「まあ、女神だからね。それを思い出してから、ちょっと変わってきたかも。体も……心も」
「本来は神である主人も、私同様で人の姿に擬態していると言っても間違いではないからな。それには元の姿が影響してくる。そのため、変化が出てきているのだろう」
「そうかも」
そう言うと、私は体の水分を拭き取りながら浴場を出て行き、冷えたミルクを一気飲みした。
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