5.セレスティア放浪記
第28話
「そういえばどうでしたか? 生まれ故郷は」
私の姿を見つけたアイリスがこちらに来てそう話を切り出した。
「あー、色々あって色々あったよ。姉さんも無事に送り届けられたし」
「その、邪神教と言うのはどうなりましたか?」
「あれは……害のないものだったかな。教徒の中で行き過ぎた人達がいてああ言うことが起こってたみたい」
「なるほど……」
王都に残った邪神教徒は、戻ってきてからすぐに一掃しようとしたが、ジェダが戻ってきて催眠とそれに伴う洗脳を解いていった。
彼が言うには「姉さんの手を煩わせるわけにはいかないからね」とのことだ。
十分、煩わされたというと陳謝を受けた。
「それで……あなたの正体ですけど……」
「え? なんのこと?」
「惚けても無駄です。何かわかったのでしょう?」
バルコニーの手摺りのもたれ掛かり、私は空を見上げた。
「今日は星が綺麗ね。新月だから尚更」
「そうですわね」
「ねえアイリス」
「なんでしょう?」
「私、人間でもなかったよ」
「どう言うことですか?」
私はその場に居直り、アイリスを真っ直ぐ見つめた。
「私、神様だった。女神様。皆んなが信仰してる神であるセシルの姉にあたる存在。そして、私とセシルの弟が邪神ジェダなの」
「……そうですか」
「驚かないの?」
「驚いてはいます。けれどこれまでのこと、前世でのことを思えば神懸かったことをしていますし、納得してホッとする方が勝ってます」
私はそう言ったアイリスを抱き締めると、今度は驚いてくれた。
「な、なんですの?」
「いや、そう言ってくれるアイリスって可愛いなと思って」
「今更、何を言ってますの」
「今更?」
「そう、今更です。私……結婚が決まりましたの」
「へ、へぇ」
「今の王家には男がいませんし、母上は他界してしまったいます。早めに私が結婚し、子を作り跡継ぎを作らねばならないんです」
「相手はいい人?」
「そうですね。聡明で優しい方です」
「そっか……」
私はグラスの飲み物を一気に飲み干した。
「こう言う時はお酒がいいんだけどね」
「決まったとはいえ、縁談が纏まった位ですから、まだ結婚するまでに時間はあります」
「でも、アイリスはその人と添い遂げることにしたんでしょ?」
「まあ、そうなりますね」
私はアイリスに抱き付くと「一晩でいいから一緒にいてくれない?」と伝えると、彼女は困惑していた。
「ごめん、冗談」
私はそう言うとアイリスから離れた。
少し寂しそうなアイリスに、私は笑みを見せてから、屋内に戻った。
「おーいセレナ!これめちゃくちゃうまいぞ!」
「え、どれ?」
何気ない会話で自分の気持ちを誤魔化す。
結局、私から皆んな離れてしまうんだという孤独感。
きっと、笑って話しているシャノンも、実家に帰ったり、フィリスも家業を継いだりしなければならないだろう。そうなったら、私はまた独りになる。
「主人……」
「ルティス、どうしたの?」
ルティスは煮え切らない態度で私に話しかけてきた。
私はそんな彼女を見てすぐに、同情されていることに気付く。
「その……主人には私がいる。だから……」
「同情ならやめて。私は慣れているもの。父を殺した時から、覚悟は決めていた。まあ、それはジェダが罪を被ってくれたけど」
「しかし、それは……!」
「父を殺したことで、下界では混沌という名の鬩ぎ合いが起こった。それまで他人を他人だと認識していなかった人間が、他人は自分とは違う存在だと気がついた。それで、幾つの大切な命が失われたと思う?」
私はルティスに意地悪な質問をしたと思う。あの時、私の心はズタズタになった。人とは我が子に近い存在。そんな命が争い合って散っていく姿は見ていられなかった。
「ごめん……ちょっと一人にしてくれないかしら」
私は晩餐会場から出て、少し離れたところにある出窓にもたれ掛かった。
月の加護がないせいか、気持ちが沈んでしまう。これではダメだと私は、自分を奮い立たせようとするも、どうしても無理だった。
「……だから、かつての私は記憶を封印したのね」
その気持ちがよくわかる。自分が神という存在であることをわかっていればいる程、人間と接すると疎外感を感じてしまう。
自分が、それらとは違う存在だと思い知ってしまう。
だけど、私には人間として、神ということを忘れて生きた期間がある。逆に、それと神であることがぐちゃぐちゃに混ざり合い、飴細工みたいにはっきりと境界線があり、模様になっている。
私は、胸元をギュッと抑えた。
「父上の言う通りだわ……人は人、神は神。相容れぬ存在。こう言うことなのね」
再び、記憶を封印するか? そうすればきっとまた、弟達がそれを解こうとしてやってくる。
恐らく、ルティスはそのお目付役ではないだろうか。
大きな溜息を吐いて再び晩餐会場へ戻ると、心配そうに私を見つめるアイリスがいた。
「あの……」
「大丈夫……」
私はそう言って彼女の施しを制した。
「そう、ですか……」
「それより、ちゃんと婚約者紹介しなさいよ?」
「ええ、それはもちろん」
私はその晩は無理に明るく演じた。
シャノンと肩を組んだり、皆んなで掛け声をしたり、祝勝会なのだからと大盛り上がりだった。
家に帰りネグリジェに着替えると直ぐにベッドの上で丸まった。
「主人……ずっと様子がおかしいぞ」
「ずっと考えてたの。私は思い出すべきじゃなかったなって」
「神であることをか?」
「うん。自分が皆んなとは違う存在だってはっきりわかってしまうから。昔、父に言われたのよ。人間と神は相容れぬって」
「だが、人は皆、神の子だ。完全に違う存在ではないはず……」
「そう。だから自分との違いが見えるのよ。多分、それに気づいたかつての私は神としての記憶を封印したんだと思う」
ルティスは私の隣に寝転がると、背後からギュッと抱きしめて来た。
「また封じる、というのか?」
「どうだろう。それか下界を去るか、だね」
「それを主人が望むなら、そうすればいい」
「私は、皆んなが大切なの。だから、帰ることはできない。でも、このままでは私は……」
「主人は何をいじけてるのだ? そんなにあの娘が結婚するのが嫌か?」
ルティスは私の耳元でそう囁くと、私は彼女を引き剥がした。
「そうじゃない。ただ、結局前と同じだなって。あの時はリディアだけが、今はルティスだけが私のそばにいてくれるけど、他の皆んなはいつからここから居なくなる……そしていつか寿命を迎えて私一人取り残される」
私はそう言うと、ベッドから抜け出した。
転移魔法で天界へ戻ると、丁度着地した目の前にセシルがおり、目を丸くして私を見ていた。
「姉上……どうされたのですか?」
「……少し嫌のことがあって。丁度よかったわ。私の記憶を封印してくれない?」
「理由を、お聞きしてもよろしいですか?」
「昔と同じ。自分が神であると知ってると、気持ちがぐちゃぐちゃになる」
「本当によろしいのですか? 記憶の封印は、そんな都合の良いものではないとあなたも知っているでしょう。それ以外の記憶も、同時に封印される。ある意味、それが代償と言うものです」
「構わな……」
私はそう言おうとした瞬間、セシルは私の頬に手をやった。
「泣いている姉上に、そんなことできませんよ」
「これは違う!これは……」
「汗とでも言って誤魔化したいんですか? だとすればそれは心の汗ですよ」
「神のくせに詭弁を使うわね」
「神は狡猾であるべきだという父の教えです」
「無駄に似てるわね、あなた」
「それを言うなら、姉上も母上に似てきましたね」
セシルは意地悪そうにそう言うと私を鼻で笑った。
「姉上。あなたがかつて僕にした約束、お忘れではないはずです」
「……私は地上で人の子を見守る、か」
「ええ。その為に人として生きてみるとも仰っていましたよ」
「都合のいいことはよく覚えてるわね」
「こう見えて、神ですからあなたの苦悩も理解しています」
「じゃあ神様、私どうしたらいいと思う?」
セシルは笑いながら「単純明快、素直になればいいんですよ」と言って、その場を去った。
「素直……か」
私は自宅に転移し、心配そうに私を見つめるルティスに抱きついた。
「ごめん……色々考え直した。自分の気持ちに素直に生きてみるよ」
「そうか……主人はそうでないとな」
私はその日、ルティスを離さずに眠りについた。
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