第26話
「あなたはまさか……」
「ジェダだ。君らが邪神と忌み嫌う存在だ」
「忌み嫌うだなんて……」
「だってそうだろう? 親殺しの汚名を着せられた神だ」
私は彼の姿に、身震いをした。
「私は兄に封印された。その長い眠りからようやく覚めたのだ。そして神の力は人々の信仰により回復する。だから、私は信者を増やす旅をしていた」
「それは……ご苦労様」
私はそう労うと、ジェダは高笑いを浮かべた。
「神自身が教祖になり、信者を集めると言うのは愚行だろうと思ったか?」
「そんなつもりは……でも、催眠を掛けてまでするのは……」
「仕方あるまい。大抵の人間は兄を信仰している。だがどうだ? 神は幾つもいると言うのに、兄しか信仰しない世界は歪ではないか?」
「そうは思わないけど……私だって、信じてる神はいないわけだし……」
私がそう言うと、かれは鼻で笑い「だろうな」と呟いた。
「私の信者になるか?」
「いやよ。私は誰の信者にもならない」
「ふむ、そこは変わっていないな」
「どういう意味よ」
私はジェダ睨みつける。
この空間の空気に当てられたのか、少し頭痛がし始めてきた。
「この神殿……どこにあるの?」
「天界だよ。どうだ、懐かしいだろう?」
「な、懐かしいって……」
「予兆は始まっているはずだ」
響く頭痛に、私はついに膝を付くくらい目眩に襲われた。
回る視界に、遠くで嘲笑うジェダ。
頭の中をまるで何かに書き換えられるような感覚。もしかして、彼の呪詛に気付かぬうちに掛かってしまったのか?
「ジェダ!」
「くっ、邪魔が入ったか」
「お前、目覚めていたのか!」
「愚かな兄よ。そうやって高台で踏ん反り返っているから、つぶさなことを見逃してしまうのだよ」
誰だ? 私はそう考えながら意識を失い、その場に倒れた。
ふわふわ浮かぶ感覚と、懐かしい景色。それはリオーラでもエクセサリアでもない。
白い綿のようなものと生い茂る木々。草花と蜜蜂のダンスを羊が鑑賞しているようす。
「ん……」
「気が付きましたか?」
やけに広いベッドに横たわる私を、さっきの男性が見下ろしていた。
「こ……こは?」
「我が居城ですよ」
「そう……」
私は体を起こすと、彼の顔をはっきりと見た。
ルティスと似た銀髪と、神々しい雰囲気、さっきのジェダとの会話から察するに、これはセシルだろう。
「セシル?」
「そうです」
少し痛む頭に手をやると、心配そうに「大丈夫ですか?」と彼は訊ねてくるが、私は大丈夫だ、と仕草で答えた。
「僕もジェダが言うまで気付きませんでした」
「何を?」
「あなたが、私の姉だと言うことです。厳密に言えば、ジェダにとっても姉になりますね」
「は? 私が神様の姉?」
「ええ、覚えていませんか? この城だったり、この天界の様子を」
「じゃあこの頭痛は……」
きっと、記憶が戻る予兆だ。ジェダが言っていたのはこのことだったのか……。
「しかし、神の力は人々の信仰により強まるとジェダは言ってましたけど……」
「女神は皆が信じていますよ。ほら、勝利の女神とか聴きませんか?」
「ああ……意外と大雑把なんだ」
私は苦笑いを浮かべると、クスリとセシルは笑った。
「あなたは私と、そしてジェダと三人で世界を統べる存在です。どうか、このまま天界に戻ってきてはくれませんか?」
「と言っても……覚えていないから……」
「では失礼、姉上」
セシルは人差し指を私の額に差し込んだ。
「え、何この感覚。気持ち悪い……」
「少しの辛抱です……。しかし、あなたはえらく強固な封印を施してますね」
「いや……それ程でも」
「褒めてませんよ!」
何かが頭の中で弾けた瞬間、湧き出るような記憶の断片達がまるで走馬灯のように駆け巡った。
「よし……これでいいでしょう」
「うっ……」
私はようやく、私に戻った。またこの感覚かと思いつつ、私はセシルを見遣った。
「元気そうで何より」
「はい……姉上!」
セシルは私を抱き締めると、私も彼の背中に腕を回した。
「ジェダには謝らなければならないですね」
「ええ、彼は姉上を僕より慕っていましたから……」
「親殺しの汚名を被ったのもそれでしょうか?」
「恐らく……しかしあれは仕方がなかったこと。父を止められるのは、その子である僕ら姉弟だけでしたから」
セシルは抱擁を解くとそう言って私の頬に触れた。
「体はまだ人間のまま……ですか」
「ええ……私は人として生きると決めましたから……ですが、記憶を封印している間に、色々しでかしてしまいましたね」
「王家の娘になり、伝説とまで言われ、そして今もう一度生まれ変わった……私のバハムートまで手懐けてしまわれて……」
「あー、ごめんね。あの時の封印の解け具合じゃあ、ああするしかなくて……」
「いえ……バハムートも一頭だけではないですから。彼女の兄弟もいますし」
「それはよかった」
私は立ち上がると、セシルは心配そうに見つめた。
そして彼にジェダの元へ向かうと言い残し、私は転移魔法を使った。
「やあ、お待たせ」
「姉上……なのですか?」
「ええ。ジェダ」
「姉上……私は……私は……!」
「いいのよ。ごめんね。全ての罪を背負わせて」
「いえ、姉上こそ神の身分を捨てて下界で過ごすと言うのは苦行だったのでは?」
ジェダに私は思い出したように「そういえばまた喧嘩を始めようとしてたでしょ」と言った。
「それは……兄者の信仰があまりにも多すぎる。このままでは天界は兄者の独裁になる。そうなれば結局父上と同じ結末になると思い……」
「そこは私がなんとかするわよ。意外と、セレーナとしての信仰が厚いからね」
「なるほど……それを目論んで下界に降りられていたんですね」
「いやーそうじゃないけどなぁ……」
私はただ単純に、人としての生活に憧れただけと、ジェダに言えなかった。
「だから、暫くはまた下界でセレナとして生きるから、ちょっかい出すんじゃないわよ?」
「わかってますよ!」
「じゃあね。たまに遊びに来るから。それにエリゼの事、ちゃんと大切にしてあげなさいよね」
私は転移魔法でリオーラに戻り、ルティスを目覚めさせると、泣いて抱きつかれた。
もはや家族なのかわからないグリフィス家の一同の目を覚まさせると、エリゼは私を心配し、兄弟はようやく久しぶりの再会に苦虫を噛んだ様子を見せた。
「この村が魔法を嫌う理由も、グリフィスがそうなのも知ってる。全部は私のせい。そもそも、グリフィスには私の血、流れてないからね」
そう言うと、当主でもある父は驚いていたが、実際グリフィスは私が引き取った養子である。なので一応王家の末席に名を連ねていたのだった。
「セレナ、あなたは一体……」
「ごめんなさい。私はあなた達の記憶を改竄してた。私は体ごと転生したの。だから、お母さんのお腹から生まれたわけじゃないのよ」
「そうなのね……」
「だから、全部私が悪いの。もう、私のことは忘れて生きてね。よかったら私についての記憶、消してあげようか?」
私がそう言うと、エリゼは私に抱きつき「そんなのしなくていい。色々合ったけど、私達は家族だったでしょ?」と言うと、私は「色々、ねぇ」と言い両親を見遣った。
私も分かっていた。こうしないと、村の全員から除け者にされること、捨てようにも捨てきれなかったそのジレンマに苛まれていたこと。
嘘でも、本当は愛していたと言う言葉に、セレナとして、救われた気持ちになった。
「そう……なら消さないでおく。でも何かあったら私を頼ってね」
「ありがとう。セレナ」
「姉さんはどうする? 王都へ戻る?」
「ううん、しばらくはここに居る。戻る時は便りを出すから迎えに来てくれない?」
「図々しいな。村全部焼いて帰ろうかな……なんて」
「私はセレナとそう言う冗談を言い合えるようになって、本当に嬉しいよ。自慢の妹だ」
「うん……それじゃあね」
私は外に出てルティスの手を掴み転移魔法でエクセサリアに戻った。
「うわ!」
「シャノン? まさかあなた、空き巣稼業まで手を出していたの?」
「戻るならそう言えよ!」
「言えたら苦労しないわよ」
「てか何でいきなり現れたんだ? 新しい魔法か?」
「まあ、そうだね。多分シャノンには使えない」
というか、人間には使えないと思う、とその言葉を私は心で留めておいた。
シャノンにお茶を出してしばらく談笑し、彼女は帰って行った。
「なあ主人。まさかとは思うが……」
「記憶なら戻ったよ。セシルのところに帰る?」
「いや……主人は主人のままだ。ならば、私は主人の元にいるだけだ……」
ルティスはそう言って私に抱きついた。
急に甘えてくるルティスに私は笑いを堪えられなかった。
「何故笑うのだ!」
「魂レベルで言えば、ルティスは私にとって赤ん坊だもんね」
「ぐぬぬ……」
「そっか……セレーナでさえなかったか……私は」
私はそう言って目を閉じた。夢のような日々と、人との出会いを思い出していた。思えば神としての力を封印さえすれば、人として暮らせるのか。
それじゃあこのまま、こっそり下界に紛れて生きていこう。ルティスの柔らかく温かい胸の中で、私はそう考えたのであった。
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