第24話
「商店街の裏路地って如何にもな感じしない?」
「確かにそうですけど……」
「罠と疑っているということか」
ルティスはそう言うと、苛立ちを隠しきれず、奥歯を噛み締めていた。
「一つお願いだけど、街を壊すようなことはしないでね。いくら復元魔法があるとはいえ、建築物をまるまる修復するのは骨が折れるから」
「わかってますよ」
「……承知した」
二人を連れて商店街へ入ると、黒フードがいる気配はなく、夕飯の支度のための買い物に来ている人々で賑わっていた。
「林檎か」
「買いますか?」
「いや、林檎は嫌いなの」
「……以前はお好きでしたよね?」
フィリスはそう言うと首を傾げていた。
「生まれ変わると、味覚も変わってしまうんですかね」
「いや、なんか赤い果実はこう胸がざわつくというか……」
「ああ、トマトも嫌いって言ってましたね」
フィリスは笑いながらそう言うと、ルティスも同じく赤い果実は嫌いと言った。
「不思議ですね」
「魂の契りを結んでるからかな?」
「さあ……」
私とルティスはそう言って首を傾げた。
「この辺りですよ」
しばらく歩きいくつか裏路地の入り口を見つけ、フィリスはその奥を窺った。
「しかし、黒フードの人なんて見かけないですね」
「わからない。普段は一般人に紛れ込んでるだろうし……」
「直接乗り込んでやればいい」
「あっ、ちょっとルティス!」
路地に入っていくルティスを追い掛けて私とフィリスもそこへ入っていく。
「ただの路地……だね」
そこを抜けると、いかにもな裏路地へ出てきた。
「ここが根城……と言うわけではないよね」
「ええ……」
しばらく当たりを散策していると、怪しげな札を見つけた。
「この紋章……確か……」
見覚えのある紋章に私は頭を痛めた。
なんだったか……どこで見たのか……。
「あ、これルティスの背中に刺さってた剣の柄に彫られていたのだ!」
「では邪神に関係するものということですか?」
その札を下げられている所を見て回ると、まるでそれは道筋を立てるように下げられており、一軒のただの家屋に繋がっていた。
「ここ?」
「でしょうか」
試しにと、ドアをノックしてみる。
重く閉ざされた木製の扉。端々に金属で装飾を施されており、それはまるでお札の紋様のようだった。
「誰かいませんか?」
フィリスが声を掛けると、中から物音が聞こえた気がした。
私は少し身構えると、ギィと音を立てながら扉が動き、こちらの様子を窺うように少しだけ開いた。
「誰だ」
「こちらに続くお札を見てきたんですが……」
「なるほどな……」
再びギィと音を立てて扉が開くと、黒いフードを被った人物が出てきた。
「何用だ? 見たところ、学生か?」
「こちらは邪神についての何かですか?」
「貴様、何者だ」
私が問いかけると、そう言って睨まれた後、私も睨み返した。
「まさか貴様……セレナ・グリフィスか?」
「だとしたら……どうされますか?」
「あの娘、失敗したか……」
「あの程度で殺せると思われていただなんて、心外ですね」
私がそう言うと、黒フードは後退り「まさか、報復に来たとでも?」と言い、身構えた。
「そうなりますね。ただ、理由をお聞きしても? 私を殺さなければならない理由を」
「そ、それは……我が神のお導きだ!」
「邪神からすれば、私が邪魔であると言うことですね」
私はそう言って魔力の玉を作り出した。
「我が神が、お前一人を恐るわけなかろう!」
「なら何故、私を殺すという最終手段とも言える行為を?」
「ぐっ……ならば、私の手で!」
短剣を抜き突進する彼女を簡単に去なすと、何度も襲いかかる彼女の腕を掴んだ。
「ば、化け物め……」
「化け物だなんて、心外ですよ」
彼女のフードを取っ払い、素顔をよく見ると、どこか見覚えがある顔だった。
「くっ……」
「姉さん?」
それは私がまだグリフィス家にいた頃の話。家畜以下の扱いを受けていた私に優しくしてくれていた姉がいた。そんな姉も年頃になると王都へ出稼ぎに向かい、それ以来音信不通だった。
ただ、毎月お金だけは送られて来ており、それにより生きているのはわかったが、便りが届くことはなかった。
「セレナ……」
「エリゼ姉さん……」
私はよく見るとマージェリーに施された紋章と同じものを見つけて、それを魔力で吹き飛ばした。
「うっ……」
項垂れて倒れ込むエリゼの背を見つめながら、私は込み上げてくる涙を抑えた。
「私の知ってる姉さんは、いつも優しくて……綺麗で聡明な人だった。そんな姉さんをこうもしてくれた邪神を私は許せない……」
「セ、セレナ……?」
エリゼの体を治癒魔法で治すと、すぐに彼女は立ち上がり、私の顔を見た。
「生きていたのね……それだけで私は嬉しい」
「私を殺さないのね」
「殺せるわけがない……あなたは私の大切な……」
「大切だなんて笑わせてくれるわ!私は……ただの最低な姉よ。自分の心を満たすためにあなたを利用しただけ。あなたに優しくするだけで、自分は偉い、立派だって自尊心を保っていただけよ」
「それは結果よ。私はそれで救われていた。それは変わらない」
私はエリゼを一度自宅へと連れて帰った。
ルティスはずっと監視するようにエリゼを睨んでいたが、私はずっとエリゼの肩を抱いて歩いた。
「話、聞かせてくれる?」
「……ええ」
ハーブティーを啜りながら、エリゼはそう言うとカップをソーサーに静かに置いた。
「出稼ぎにこっちに出てきて直ぐのことよ。私は何をしても上手くいかず、自信を失っていたわ。そうしたら、教祖様に声を掛けられて報酬を得ながら教団の仕事をするようになった。そのはずなんだけど……気付けば汚い仕事をするようになった。ずっと断ってたつもりなんだけど、呪詛の掛け方を教えてもらった時、私も魔法が使えるようになった気がして嬉しくて……」
「それで、私を殺す命令を?」
「呪詛のせい……と言っても言い訳よね。本音は、教祖様にがっかりされたくない、失望されたくないという一心だった」
「そこをつけ込まれたのだろう」
ルティスがそう言うと、エリゼはルティスを不思議そうに見つめる。
「あなた……セレナにそっくりね。髪色と瞳の色が違うくらいで」
「ルティスっていうの。一緒に住んでるの」
「そう……」
エリゼはそう言うと残ったハーブティーを飲み干した。
「それからずっとあの裏路地の屋敷に?」
「ええ。ただ、教祖様は布教の旅に出てしまってずっとあそこは私が仕切ってて……それでも最近は信者が減ってきてて。そう言うこともあって私も焦ってたのね」
「……教祖って誰なの?」
「誰ってそりゃ……?」
エリゼは頭を抱えて苦しみ出した。
もしかしたら別の呪詛がかけてあったのかと私は焦ったが、少ししてエリゼは落ち着きを取り戻した。
「私、教祖様を知らない……会ったことはあるけど、顔を見たことはないし、名前も聞いたことがない……」
「もしかして、その呪詛を使って信者を増やしてるんじゃ……」
「そう言われればそうかもしれない……私も、そうかもしれない」
「長い間、その呪詛に掛かっていたせいで少し記憶に混濁があるのかもしれない」
エリゼは静かに頷くと、何かを思い出そうとしていた。
「その教祖はどこに行くか言ってなかった?」
「そう、それを思い出そうとしてるんだけど……」
「邪神教だなんて、そうそう好んで入る人いないと思うけど……」
「ロビンソンの人達なら、入りそう……私が実際そうだったし、魔法を使えない劣等感を持った人達とかなら簡単に……」
「一度、行ってみるか……」
私はそう言うと、ルティスを見遣った。
「な、なんだ?」
「どう思う?」
「その教祖とやらがどこに行ったか、か?」
「うん。そもそも、教祖が旅立ってどれくらい経ったの?」
「一年くらいかな。南の方へ行くとは言ってたけど……」
「じゃあ、ロビンソンかも……」
私がそう言うとエリゼは「母さんとか、入信しそうだし、村のみんなは多分……」と言い、私はそれに同意した。
「魔法嫌いが強かったからね。私の子孫の割にはほんと情けない」
「そっか……グリフィスってセレーナの子孫だったね」
「そう。だから、姉さんに接するのもなんか変な気分」
「ああ、姉であり子孫でありって?」
「うん……」
その日はエリゼを家に返すことが怖くて、泊まってもらうことにした。
そして、私はロビンソンへ行くことを決心し、次の日の朝には支度を済ませていた。
「本当に向かわれるのですか? 魔法技能大会はどうされますの?」
「このままいけば、優勝狙えるでしょ? それに、大会当日までには帰ってくるから」
心配するアイリスにそう言って、私は旅立った。
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