第20話
翌朝、隣で眠るルティスの頬を人差し指で突くと、彼女はその美しい瞳を開いた。
薄紅色の唇を開き、一つ吐息を漏らすと私の頬にキスをする。
それに驚いた私は、咄嗟にベッドから飛び降りた。しかし、腕を掴まれベッドに引き摺り込まれると、ルティスの腕に包まれ私は抱かれていた。
「主人……温かいな」
「あなたの方が……」
ルティスは私をぬいぐるみみたいに胸元に押し付けるように抱き締め、私はその乳房のクッションで息を引き取りそうになった。
「あなた、力はドラゴンなんだからもうちょっと加減を知りなさい」
「す、すまない……」
「その……好いてくれるのは嬉しいけどね」
私が赤面しながら目を逸らしそう言うと、身悶えるように体を震わせたルティスは覆い被さるようにして私を押し倒した。
「あなた……もしかして発情期なの?」
「……実はそうだ。ドラゴンは暖かくなるとそうなる傾向がある」
「私を孕ませる気?」
「さあ……前にも言ったがドラゴンは雌雄同体だ。やろうと思えば主人を孕ませることもできる」
「となると、ドラゴンと人間のハーフが生まれるってこと?」
「……さあ、どうだろうな」
ルティスは鼻で一つ笑うと私の上から退いてしまった。
私はキュンと締め付けられるような、腹の奥の感覚に不快感を覚えた。
「発情期のあなたをそばに置くのは身の危険を感じるわ」
「安心しろ。人間相手に発情することはない」
「その人間の姿をしていても?」
「当たり前だ。種を残そうという本能は、同じ種族に対してのものだ。他種族には芽生えんよ」
私は、その割に顔が本気だった、と呟くと、ルティスは私を睨みつけた。
「それは……主人も同じであろう?」
「さあ、どうかな」
そう言ってはぐらかすと、ルティスは私の手を引き私を起こした。
朝の支度を済ませて学院へ向かおうとすると、ルティスが学院生と同じ制服を着たいと言い出したので、制服の仕立て屋へ帰りに寄ることにした。
「とりあえず、今日はこれで我慢して」
「主人のものではないか。主人はどうする?」
「私は生徒ではなく教員だから、服は自由なのよ」
「教員?」
「教える立場。まあ、私が生徒だとおかしいでしょ?」
「確かに……」
少し窮屈そうだが、なんとか着こなしたルティスの姿を見て、私は撮影魔法で厚紙にその姿を焼き付けた。
「そういうカッチリした服が似合うわね」
「そ、そうだろうか」
少し嬉しそうなルティスに、写真を見せると少し照れていた。
「よし。これであそこにいても怪しまれない」
「怪しむって……」
学院に向かうと、ルティスは学院生達の注目の的になった。
特に私と並んで歩いている姿が良いと、女子から評判だった。
「色違いの双子みてーだな」
「シャノン、おはよう」
「おう。バハムート様も制服着てりゃ学生みたいだ」
「ルティス、だ。シャノンとやら。間違えるでない」
「おお、怖っ。眼力は流石だな」
女子はまだしも男子は目のやり場に困っただろう。袋状になった胸周りとはち切れんばかりの太もも。それは決して太過ぎるわけではなく、かなり挑発的である。
「ということで、私の助手として教壇に立ってもらいたいのですけど」
「好きにしたまえ。そもそも君はこの国では治外法権なのだから」
学院長に頼むと、あっさり許可を得られルティスは私の助手として採用された。
「いや、私は生徒側がいい。主人に教えを乞うことができるからな」
「嫌よ」
「な、何故だ!」
「優秀すぎる生徒を持つと、気苦労が増えるから」
それでもと、ルティスはかつて私が座っていた席に居座り、動こうとしなかった。
仕方なくそのまま私は授業を始めた。
屋外での実技試験を行うと、ルティスも受けるといい、測定器を壊す始末だった。
「すまない……力の加減が……」
「まあセレナもぶっ壊していたしいいんじゃねーの?」
「そうねこれくらい復元魔法で直せるし」
測定器を直すと、ルティスはほっとした表情を浮かべた。
次の順番のシャノンが測定を行うが、さっきの測定器の動きが嘘のようにメーターは半分くらいしか動かなかった。
「普通の魔力量じゃあこんなもんだろう」
「うん。普通なら凄い方だと思うよ」
私のフォローの言葉に苦笑いを浮かべるシャノン。だが、その後のアイリスはメーターを振り切るほどの出力を計測していた。
「流石は姫さんだな。あんたらが凄すぎるんだよな」
「シャノンさん。あんまりそう言うのは辞めた方がよろしいかと」
アイリスは私を見遣ってからそう言うと、シャノンは自分の発言内容に気付いたのか気まずそうに私に謝罪した。
私は気にしていないとシャノンに伝えて、ベンチに腰掛けた。
「皮肉を言えば、シャノン達と同じ土俵に立つことが間違いなのよ。貴族にも階級があるように、魔法師にもそれがあるから」
「ぐっ……セレナ、性格悪くなったんじゃないか?」
「元々よ」
私はルティスを見ると、それに気づいた彼女は私の元へと来て隣に座った。
「でも本当に邪神と戦うことになれば、こうしていることもできないのよね……」
ルティスの頭を撫でながらそう言うと、アイリスは深刻そうな表情をし「そうなれば、本当にあなたを頼るしかなくなってしまいます……」と述べた。
「それがセレーナとしての運命、かもしれない。生まれ変わったのもそうだし、最早、伝説上の生き物になりそうだし。それだけじゃなく、世界情勢も気になるところだし、いっそ私が世界征服でもすれば簡単なんだけど」
「あまり物騒なことを言わないでください。ただでさえ、あなたの力とルティスの力でこの国なんて一溜まりもないんですから」
「まあ、確かに。国王もそれがわかってるから、私の機嫌取りがしたいんでしょうね」
大魔法師としての運命。それはセレナとしてではない、セレーナとしての運命だ。
では、改めてこの世に生を受けたセレナの運命とは何だろうかと考えていると、頭の中がモヤモヤで埋め尽くされた。
セレナはそもそも存在しなかったのではないか? そう言った疑問も抱くようになったこの頃だが……。
「生まれの真実を見定めるのもいいかもね……」
私がそう言うと、ルティスは私の手を握りしめた。
「神であるセシルの
伏目がちにそう言うと、ルティスは何か言いたそうな顔をしてやめた。
「セレーナ様の母君はどのような方でしたの?」
「美しい人だった。そうね、アイリスに少し似てるかしら」
問うてきたアイリスにそう答えると、私は謎のざわめきに苛まれた。
セレナとしての母親の顔を、もう思い出すことができなかった。
「どうかされましたか?」
「セレナとしての故郷へ帰ってみようかと思って……」
私はそう言うと立ち上がり、測定器を片付けて教員室へと戻った。
教室へ向かうと、ルティスはシャノンと談笑していた。
「何を話していたの?」
「アタシの実家の話さ」
「ああ……」
「シャノンの母の豪快さはすごいな」
「そうか? 普通だと思うけどな」
私は何と言えばいいかわからなくなり、顔を引き攣らせた。
「主人、その表情は失礼に当たるのでは?」
「そ、そうかな? まあ、ルティスと皆んなが仲良くやってるみたいでよかったよ」
私はあからさまに話を逸らすと、教卓に持っていた本を置いた。
授業を始めると、ルティスも何故か真剣に話を聞き始め、少しやりづらく感じた。
四十分程の座学を終えると、今日の授業は全て終わり、放課後へと突入した。
教室に残るルティスとシャノンを連れて教員室に向かう途中にフィリスとばったり出会した。
「あら、今日もお疲れ様です」
「お疲れ様」
フィリスの顔を見て、思い出したことがあった。
前の模擬戦の時、副会長であるマージェリーに応援してもらったことだ。
「そう言えば副会長のマージェリーさんって今日居る?」
「多分居ますけど……どうかされたのですか?」
「いや、お礼を言えてなかったって思って」
「お礼?」
模擬戦の時の事を話すと、フィリスは納得して生徒会室へと誘ってくれた。
「アタシは帰るわ。じゃ、お疲れ」
シャノンはそう言うと先に帰ってしまった。
とはいえ特にこの後何かしようとも言っていなかったので、私とルティスは生徒会室へ向かった。
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