第16話

「どうしてこの町に?」


 アイリスの尤もらしい言葉に私は直ぐに答えるか迷った。

 するとシャノンが私の様子に苛立ったのか、テーブルを叩き「答えろよ!」と言うと、テーブルの上の皿が踊った。


「ええっと、火焔龍に会いに行こうと思って」


「会いに、ですか? 討伐ではなく」


「うん。私の欠けた記憶の手掛りを探しに」


 私がそう言うと、フィリスは閉ざしていた口を開いた。


「その装備。本当にセレーナ様のようですね」


「まあね。というか、あなたがそんなこと言って大丈夫なの?」


「……構いません」


 突然のカミングアウトにアイリスもシャノンも驚いていた。

 フィリスが、セレーナの側近であったリディアの生まれ変わりであることを打ち明けると、アイリスは尚更、私に協力を求めた。


「そもそも、王女であるアイリスがなんでこんな危険な任務を?」


「お父様の命です。彼の方が思い描くシナリオでは、あなたのように王家に英雄を作り、求心力を高めたいようです」


「全く……私もえらく安く見られたものね。どんな苦労したかも知らないで……」


 私はそう言って酒場を後にした。


「待ってください!」


「まだ何か?」


 追ってきたアイリスに、私はそう言って歩みを止めた。


「あなたは……もう学院には戻らないつもりですか?」


 その問い掛けは、私を困らせるのには十分だった。

 眩しすぎたあの日々が、今は遠く感じる。記憶が戻らなければ、こうはならなかっただろう……。


「私が学院にいても、邪魔なだけだから」


「そんなことはありません!」


「そうね……教官としてなら戻っていいかも」


 私がそういうと、アイリスは私の手を握った。


「約束ですよ? お互い、必ず生きて帰りましょうね」


 私は返事に迷ったが、自然と「うん」と答えていた。

 宿に戻って入浴を済ませベッドに体を預けると、色んなことを考えてしまった。

 翌朝目を覚まして直ぐに宿をチェックアウトし、出立した。

 町の広場で選抜隊は集まってミーティングをしていたが、それに参加するわけなく、私は脇道に逸れて一人でヴェグ火山へと向かった。

 とはいえ、エルダーの町から歩けば半日かかるところだが、私は飛行魔法で向かった。

 最短距離で火山の麓にある集落に到着したが、家屋は焼け、人の気配は当然なかった。


「酷い状態ね……」


 ただ不思議と遺体などはなく、ただ焼け落ちた家屋と焦げた草花が臭うだけだった。

 火山の頂上を見上げると、別に噴煙が立っているわけではなく、特別騒がしい様子はなかった。

 そこを見据えて私は歩みを進めると、火口へ向かう横穴を見つけた。そこに合った足跡が新しいものだったので、私は決心してその横穴へと入った。高さは十分余裕があり、横幅も広い穴だった。恐らく、火焔龍が行き来するサイズなのだろう。


「これは……」


 眠る大きな生物。燃え盛る炎のような鱗と、宝石のような立て髪。鋭い牙と爪がその厳つさを物語る。

 私は一つ唾を飲み込み、一歩ずつ慎重に歩み寄る。

 近くまで忍び寄った時、脳天を針で突くような鋭い痛みを伴う頭痛がした。


「くっ……これは……」


 火焔龍の魔力に触れたからだろうか?

 脳裏でそう考えていると、火焔龍は閉ざしていた瞳をゆっくりと開いた。

 は私を見遣ると、まるでニヒルな笑みを浮かべるように、左の口角を上げた。


「人間……か」


「ど、どうも」


 我ながら、なんという声を掛けているのだと自覚はあった。しかし、どうも敵意を向けられている気配がなく、私はの様子を伺うしかなかった。

 のっそりとは体勢を変えて私を凝視した。


「なるほど……」


「な、なにか?」


「お前、セレーナだな?」


 見抜かれたことよりも、よくよく考えれば人間の言葉を話していることに私は驚いていた。そして私は首を縦に振り頷くと、は溜息を吐いて「遅かったな」と言った。


「いや……確認だ。なんせ私もセレーナだからな」


「なるほど……って!?」


 私が驚くと、も驚いていた。


「知らずに来たというのか?」


「ええ……ルシアからは私が生まれ変わった辺りから火焔龍も蘇ったと聞いてますけど」


「そうか……」


 なぜか寂しがったに私は何処か親近感が湧いた。とはいえ、は私であるので当然だが……。

 それからはから全ての経緯を聞いた。

 私とがどうして別れているのか。私が使った転生魔法の性質についても議論を交わした。


「つまり、私は死んだと言うより、ここで魂を切り離したと言うのが正しいと?」


「ああ。この龍を封印するためにな……」


「封印という割には、一体化してますけど……」


 私が苦笑いしながらそう言うと、鼻息で吹き飛ばされそうになった。


「お前の魂も欠けている状態だ。だから、私を倒せ。なに、安心しろ。長年かけて弱体化させてある。昔ほどではないはずさ」


「無茶言ってくれる……」


 私が対峙したその時、背後から声がし振り返ると、魔法学院の選抜隊が到着していた。


「ん? 邪魔はしないでくれよ」


「え、今の声……」


 シャノンは驚きそう言うと、足を止めた。

 私は結界を張って私とだけの空間を作り戦いを挑んで行った。

 凄まじい攻防を繰り広げつつも、私の頭の中に響く痛みは徐々に増しており、脂汗が止まらなくなっていた。


「お前……まさか力が戻っていないのか?」


「多分。あなたの魂が戻っていない分、私は不完全なんだと思う」


「それもそうか……」


 その後も私とは手を緩めず、両者ともせめぎ合ったが、決着はつかなかった。


「しかし……さっきから攻撃が入ってもすぐに治ってない?」


「まあそれがあったからこういう消極的な対処法を行ったんだが……」


 私はの背中に見えた一本の剣を見つけると、彼女にそれは何かと問うたが、彼女はその存在に気づいていなかった。


「抜いてみるか……」


 私は背中に乗ると、その剣を抜いてみせた。その瞬間、剣が粉になり消え失せると、龍の体は光に包まれた。


「な、なに!?」


 その光に包み込まれると、私はかつての私と対峙した。


「あの剣が……」


「龍の姿が……あれは、聖龍バハムートか?」


「バハムート? 神話のドラゴンの?」


 彼女は「ああ」とだけ返事をすると、私を抱き締めると同時に、私の中に溶け込んだ。

 光が消え立つと、そこにはバハムートと私が向かい合っていた。

 私は結界はそのまま、バハムートを見つめると、は疲れ果てたようにその場に倒れ込んだ。


「だ、大丈夫?」


 弱りきった彼の頬を撫でると、彼はまるで懐いた犬のように喉を鳴らしていた。


「そうか……」


 私は彼から感じ取ったものに対してそう返事をすると、そっと目を閉じ彼の負った傷を癒した。


「君は……どこから来たの?」


 私の問いに答えるわけもなく、どうも私を主人として認めたのか、私に頬を摺り寄せてくる。

 その様子を見ていたシャノンやアイリスが何かを言っていたが、私は聞く素振りも見せずに、彼の顎を撫でていた。


「私は、選ばれたのかもしれないな……」


 そう呟いて、私は彼の背に乗ると、彼は折り畳まれていた翼を広げて宙を舞った。


「ドラゴンの背に乗るのは初めてだ」


 漆黒の背に乗り、私はしばらく空の旅を楽しんだ。

 流石に飛行魔法では飛ばない高度を飛んでいると、楽しくて仕方なかった。


「そろそろ降りるか……」


 ヴェグ火山に着陸し、かけっぱなしだった結界魔法を解き、地下室に収容されていた麓の村の住民や魔法大隊の負傷者を学院の選抜隊に預けた。


「これは一体……」


「私が私を誘き寄せるための策略だったの」


「セレナ、あんた……」


「完全に記憶は戻った。私は火焔龍を封じる為、魂の一部を代償に使ったみたいね」


 我ながら、無茶な賭けだと思う。

 けれど、転生魔法という前段があったからこそ採れた策である。その間に火焔龍と融合し制御を奪い取り、弱体化させるのは成功した。


「私も、思い出しました。私はここで死んだんですね」


「うん。リディアを失い、あとがない状況になり、私もたくさん迷った。結果、こうするしかなかった……」


「しかし、バハムートですか……もしかして、ルシアやエルフの長老は全て知っていたのかもしれませんね」


「ほんと、食えない種族だよ」


 私は改めてフィリスを抱き締めた。

 これは今の私の感情ではない。あの頃の私の感情がそうさせている。

 目の前でバラバラになったリディア。私を守るため、身を挺してくれたせいでそうなったのだ。

 その思いに胸を締め付けられつつ、私はフィリスのことをリディアと呼んでいた。






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