第14話
「ん?」
「ルシア?」
「なぜ私の名を……それに人間がこんなところまで来るとは珍しいな」
エルフ族の少女……とはいえ、とうに五百歳は超えているだろう。四百年前と全く変わらぬ姿にどこか私は安心していた。
「セレーナだけど。覚えていない?」
「セレーナ? まさか、生きているはずは……いや確か、生まれ変わりの魔法を使うとか言っていたが、まさか本当に成功したのか?」
「そう。生まれ変われたのよ」
「だとしても、本当に何故ここへ? 見たところ最近の学生とやらをやっているのではないのか?」
「まあ、えっと、色々あって……」
私の様子を察したのか、ルシアはそれ以上ないも言わず「ついて来い」とだけ言い、歩き始めた。
「確かに魔力波動のこの感触はセレーナ殿。まさか生まれ変わりを果たすとはな」
エルフの集落で長老と面会をする。流石は長老で、私の魔力波動に気づいたようだ。
「偶然が重なったのかもしれません。ここまで瓜二つというのは、一種の先祖還りというのが正しいのかもしれませんが」
「もはや神の悪戯か、悪魔の所業か……」
長老はそう言うと私の頭を撫でた。
「確かに瓜二つ……まるで写身のような……」
私が使った転生魔法について説明をすると、長老は納得も否定もする様子なく、ただ頷いた。
「セレーナが初めてここに来た時は驚いた。まだ幼かったのに、まさか村の結界を破って入ってくるとはね」
「今も十七歳なんだけど」
「人間で言えば成熟し始めでしょ」
「今のルシアと同じくらいか」
ルシアは笑いながらしばらく泊まる部屋に案内してくれた。
「ここも変わってないね」
「そもそも、エルフは長生きだから変化を好まないの。寿命が長い分、それを全うするのが使命だからね。世界の観測者として」
「観測者目線で、最近の世界はどうなの?」
「魔法大戦で懲りたと思っていたけれど、ここ百年の間で、各国きな臭いことにはなってきている。特に、マヴェル帝国とアリシアン連邦の国境沿いでの小競り合いが後を絶たない。このままでは小火から一気に大火事になりかねない」
「それがエクセサリアまで飛び火して来ると?」
「可能性はゼロではない」
私は溜息を吐きながらベッドに座った。
帝国と連邦から見れば、辺境の小国であるエクセサリア。それでも、鉱山や農作物を輸出し両国共、友好な関係を築いているわけだが、その両国がやり合うとなれば、どちらに付くのかもある。
「その……何というか、力があるから周囲から浮いてしまうのは仕方ないことだと思う。あなたについては特別すぎるから」
「そんなところまでお見通しとは、流石観測者ね」
「あなたが王都に来てから、ずっと見てたから」
私がルシアに抱きつくと「あなたは前からスキンシップが多いのが玉に瑕ね」と言われた。
「でもね、自分が死んだ時の記憶がないの。それでね、魂に記憶を刻み込んだのが魔法を発動させた時と仮定してるけれど、どう思う?」
「理屈的にはそうよね。死に際に魔法を発動させてない限り、そうなると思う。あとは体に魔法を刻み込んでいたら別だけど……」
「確かにまだ老け込む前に唱えた気がする。やっぱりそこの時点の記憶が刻み込まれたと考えるべきか……。私がどんな死に方をしたか、ルシアは観測者として知ってるでしょ?」
ルシアの顔が曇ると、私は不思議そうにその顔を覗き込んだ。
「実のところ、わからない。そう言うのが正しいかな。あなたは北のあるヴェグ火山に向かってから消息を絶った。そこで死んだんだろうけど……記録なんて何もないもの」
「ヴェグ火山……」
「突然現れた火焔龍を討伐するために、あなたはヴェグ火山へと向かった。そしてその後、帰ってくることはなかった」
「火焔龍……討伐ということは人に危害を加えていたということよね?」
私がそう訊くと、ルシアは頷き深刻そうな顔をして私に向き直した。
「で、その火焔龍だけど、最近復活したのよ」
「復活? じゃあ私はちゃんと討伐できていたのね」
「いや、この四百年間、音沙汰もなかった。なのにいきなり、何の予兆もなく蘇ったのが不思議なのよ」
私は少し考えた後、それを討伐に行けば記憶が戻るのではないか、とルシアに言った。
「私の記憶、どうやら封印のようなものがされていたみたいでね、その封印を解くように何かトリガーになるものが必要なのよ。場所とか、シチュエーションとか。だから、火焔龍と対峙することで思い出すこともあるかもしれない」
「トリガーね。だとしても、一人で立ち向かうのは無理があると思うけど……」
「そうよねぇ」
私は横になって頭を掻きむしった。
「とにかく、今日は休むことにする」
「食事は?」
「あ、忘れてた。食べる」
私はルシアについて行き食事を取り、その日は直ぐに休んだ。
数日経った頃、まだ空も明るくなり始めくらいの時間に、慌ただしく私を起こすルシアにイラっとしながら、とにかくルシアの話を聞いた。
「火焔龍が?」
「ええ。麓の村は壊滅。国は調査隊を派遣したらしいけど、それも帰ってこない……。その後に魔法大隊が調査の為に現地に赴くらしいけど……」
「討伐できそうにないか……」
私がそう言うと、ルシアはこくりと頷く。
溜息を吐いて、私が向かうかと話をすると、無謀だと止められた。
「かつてのあなたでも、帰ってこれなかったのに、挑むなんて無茶よ」
「そうよね……」
それから数日間、私はエルフの村にある文献を読み漁った。
火焔龍の倒し方なんて、どこにも載っていないし、有効な魔法を新たに発見することもなかった。
そして予想通り、魔法大隊では太刀打ちできなかったようで、敗走してきたらしく国としては最終手段として、魔法学院の生徒会長を筆頭に選抜隊を組んで向かわせると言い出したらしい。
「魔法大隊を失うようなことになれば、国防に関わることになるから、早めの敗走は仕方ないわね。で、なんで学生を戦わせに行かせるって発想になるのかが、私にはわからないわ」
「それは私も同意見。いくら実力者がいるからって、抜きん出てる生徒会長と王女くらいしかまともな戦力になり得ないと思う」
「死なせないためには、私が行くしかないのか……気まずいなぁ」
私は右手の指先を見つめた。
少し伸びた爪を見て、ここでの時間経過を読み取ると、あの日から結構経ったんだと思い知った。
「そうね……結局は四百年前と同じく、あなたに頼るしかないわ」
「火焔龍に会って、記憶が戻れば何か勝機を見出せるかもしれないしね」
旅の準備を進めつつ、ルシアに魔法学院の動きを調べてもらった。
明朝出立するらしく、私もそれに合わせてエルフの里を出た。
「私も手伝いたいのは山々なんだけど」
「いいよ。エルフにはエルフの役割があるし、私には私の役割がある。ただそれだけよ。ここまで道案内、ありがとうね。ルシア。今度はこれでさよならじゃないから」
「な、何よその言い方」
私はルシアを抱き締めてから、ヴェグ火山を目指した。
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