第13話

「は、早く降ろしてください!」


 恥ずかしそうにアイリスはそう言うと、私はあっさりとその場に降ろした。


「全く……一体どうしましたの? 昨日は急に帰ってしまわれましたし」


「まあ……ちょっと一人になりたくてね」


「そうですか……」


 いつもの窓際の席に座ると、シャノンが後ろから首筋を突いてきた。


「……セレナ、やっぱり最近様子変だぞ」


「そうかな」


「なんか、よそよそしかったりするしさ」


「それは……仕方ないでしょ」


 私がそう言うと授業が始まり、会話はそこで途切れた。

 授業の内容が簡単すぎて欠伸が止まらず、昼休みの食事もなんだか身が入らず、ぼーっとしているとアイリスに叱られた。

 放課後にある魔法技能大会の練習も、私は木陰のベンチに腰掛けてその様子を眺めていた。


「あなたは参加しないのですか?」


「フィリス……会長。参加させないっていわれましたからね」


 フィリスは私の隣に座ると、こちらを見て不敵な笑みを浮かべた。


「だってセレーナ様、だものね」


「リディア、調子に乗ってると怒るよ?」


 私がそう言うとフィリスは縮こまり、その様子を見て私は微笑を浮かべた。


「……それにしても、私達二人だけなのかしらね」


「あの魔法を知っているのは、私達だけかと……」


「そうよね」


 私は背もたれに体を預け、空を見上げる。青と白のコントラストと、鳩が空を駆けるのを目で追った。その鳩を追い抜こうとするように、エリンも空を駆けていた。


「私なんて、飛行魔法の速さを競うことなんてしたことないのにね」


「確かに、それどころじゃありませんでしたよね」


「逃げ足は早かったけど」


 笑いながらそう言うと、フィリスは私に競走をしないかと提案してきた。


「一度は味わってみるのもいいのでは?」


 そう言うフィリスに渋々承諾し、私とフィリスは校庭の真ん中へ出た。

 その様子を見て、緊張により静まり返った校庭と、爽やかな風が雰囲気のコントラストとなっていた。


「どなたか、合図をお願いしても?」


 フィリスがそう言うと、丁度さっきまで飛んでいたエリンがその役を買って出た。


「では行きます……よーい、ドン!」


 練習コースのポール間を、私は瞬く間に通り過ぎ、必死に追うフィリスに大差をつけゴールする。それを見たそこにいた生徒達は唖然とするだけで、歓声の一つも聞こえなかった。


「どうする?」


「もう一戦……とはなりませんよ。勝てる見込みありませんし」


 それでも生徒会長を応援する者が多数で、私はまるで悪役のように倒される側だった。

 何故か別の競技に変わり、アーチェリーも水泳も私が圧勝だった。


「こりゃ、セレナが出れないわけだ」


 そう言って呆れていたのはシャノンだったが、私を見て寂しそうにしているアイリスが気になり声を掛けたが、返事はなかった。


「模擬戦については過去に大敗しているのでご勘弁ください」


「私一人対三人でいいよ」


「それは流石に……」


「いいでしょう。私も加わります」


 アイリスはそう言うと、人混みの中から一歩前へ出た。


「もう一人は?」


「シャノンがよろしいかと」


「え? アタシかい?」


 まさかアイリスから指名されるとは思っていなかったシャノンは、素っ頓狂な声を出して返事をした。

 四人で模擬戦場に入り、準備の為それぞれの控室へ入ったが私は一人でどうしたもんかと考えた。

 アイリスとフィリスはその魔力量に物を言わせる戦法が多い。それと違い、シャノンは巧い戦い方をする戦術家だ。更にシャノンは魔法の発動スピードが私ほどではないが早い。


「前衛はシャノン……か」


 空っぽの控室でそう言うと、扉の外で物音がしたことに気がついた。


「す、すみません!盗み聴きをするつもりじゃなかったんですけど……」


「君は……マージェリー・ホーウェイか」


「はい……」


 マージェリーは生徒会役員で、式典などで目にしたことがあった。

 上級生であるはずなのに、言葉遣いが逆転してしまっていたのは、彼女が小柄で可愛らしいからかもしれない。

 茶髪のくせ毛のボブヘアと、ライトブラウンのくりっと可愛らしい目と、あどけなさがある中に不釣り合いなセクシーな唇と胸。

 猫背気味の彼女が物陰から顔を出して謝罪してくると、私はそれを許した。


「なぜこちらに? 生徒会の人なら彼方へいくべきでは?」


「以前の模擬戦を見て……私の中にあった憧れの人が現れたと思って……」


 もじもじしながら彼女はそう言うと、私は呆れたように一つ息を吐いた。

 その態度を見て萎縮した彼女に、私は優しい笑みを見せると「憧れてくれることは嬉しいことだけど、私なんかに憧れない方がいい」と冷たい声で言い放った。


「どうして、ですか?」


「力の差が圧倒的すぎるから」


 私はそう断言してやる。それでも私の元で学びたいという彼女の圧しの方が圧倒的だった。


「そろそろ行かなきゃ……。よかったら応援しててね」


 私は彼女にそう告げて控室を出た。

 模擬戦場の真ん中で私とフィリス、そしてアイリスとシャノンが向かい合う。

 始まりの合図が宙で弾けて戦いが始まるや否や、予想通りシャノンが突っ込んできたがそれを去なすと間髪入れずフィリスとアイリスの同時攻撃を受けたが、それもあっさりと回避した。

 観客は圧倒的向こう側。アウェイである私だが、はっきり一人だけ私を応援しているものがいた。


「本当、まるで私が悪役みたいじゃない」


「うおりゃ!」


 背後から体術を仕掛けようとするシャノンの拳を回避し、連続で繰り出してきた蹴りを受け止めた。


「後ろに目でもあるのかよ……」


 シャノンはそう言うと、私から離れた。

 フィリスの火炎魔法を防ぎ、アイリスの風魔法を宙へ返すと、私もそろそろ攻勢に出ようとした。


「今です!」


「なっ……!!」


 猛スピードで私の足を掴みタックルを決めてきたシャノンのおかげで私は転倒した。


「多勢に無勢とは言うけれど!」


 転んだ体を飛行魔法でそのまま持ち上げて滑空すると、それに目掛けて魔法を放つフィリスとアイリスの元にシャノンを投げつけた。


「友人を投げつけるなんて!」


 私はアイリスの言葉にハッとした。

 ——私はどうしてこの状況を楽しんでいるんだ?

 脳裏にそれがよぎり、私は地面に打ち付けられたシャノンを見遣った。


「あなたの悪い癖です」


 フィリスに——リディアにそう言われた気がした。

 フィリスは私が仕掛けてくるのに備えて構えており、アイリスはシャノンの治療をしている。


 ——今、打って出れば勝てる。


 わかっているはずなのに、私はそうはせず着地をすると、真正面から無属性の魔力の塊を放った。

 防御壁でなんとか凌ごうとするフィリスだが、そう長く持ち堪えることはできず吹き飛ばされてしまった。

 気を失ったフィリスを確認したアイリスは降参のサインを出した。

 静まり返る場内。私はその気まずさと痛い視線に耐えかねてすぐにその場を飛び去った。

 アイリスが何かを言おうとしていたが、私はそれを聞かないように、なるべく遠くへ飛び去った。

 森の中に着地した私に待っていたのは、孤独という感情だった。

 木に佇んでいたリスに声を掛けても逃げてしまうし、散歩中の鹿は木の実に夢中だ。


「そっか……また独りか」


 私はそう呟いて思い出したかのように、森の中を一直線に歩いた。

 多少地形は変わっているが、岩盤のしっかりしているあそこはそのままかもしれない。


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