3.伝説の魔女の復活

第12話

 クラス対抗魔法技能大会とは、学年毎に競い合う学院の恒例行事だ。

 街を巻き込んだお祭りで、前夜祭からかなりの賑わいを見せる。

 昨年の学年覇者は私達のクラスで、アイリスと私で殆どの競技を勝ち取り、もはや狡いとまで言われたほどだ。


「さて、今年のクラス対抗だが……」


 クラスの担当教官であるトビー・スミス先生が腕捲りしたワイシャツから魔法師に似つかわしくない太い前腕を見せて教卓を叩いた。


「今年も勝つぞ!」


 とはいえ、クラスは二つしかなく、事実上紅白戦のようなものだ。

 去年出た競技もいいが、他の競技に出てみたいものだなと考えていると、学院長であるヘイウッドが教室へ入って来た。


「学院長!?」


 スミスは驚いて思わず足をもつれさせて尻餅をついた。


「すまない。今年についてはセレナ・グリフィスの出場は禁止とする」


「え、どうしてですか?」


「君の力は学生の域を超えている。正直、王宮騎士団の魔法師も敵わないだろう。そんな人間が学生とやり合うのは、あまりにも学生に酷だ」


 私はその言葉を聞いて思わず鼻で笑ってしまった。


「まあ、そうですね。手加減をする方が苦労しそうです」


「……恐らく、学院長である私でも君を抑え込むことは容易ではないだろう」


「やってみますか?」


「冗談はよしてくれ」


 ヘイウッドはそう言うと、教室を出て行った。

 シャノンは私の方を見ると「セレナが出れなきゃ勝てねーじゃん」と嘆いていた。


「大丈夫でしょ」


 私が気楽そうにそう言うと、シャノンは溜息を吐いた。


「セレナは自分の力を下に見過ぎだ。多分、このクラスの人間が束になっても敵わないと思うぞ?」


「そんなに?」


 私はそう言って笑っていた。

 各競技の出場選手が選ばれて行くが、私の名前はもちろん無い。

 シャノンは二種目、アイリスは三種目に出場するらしい。


「となると、セレナは応援だけか」


「いくらでも治癒魔法と身体強化魔法かけてあげるよ」


「外部からの魔法での干渉は違反行為ですよ」


 アイリスがそう言うと、わかっている、と私は言った。

 放課後に選手に選ばれたメンバーが集まり練習が始まった。

 アイリスは私と模擬戦の練習を始めたが、実力差のせいで練習になったのか私にはわからなかった。

 クラスメイトがそれを見ていて、驚愕するものも入れば引いていたものもいた。

 私の力の強さ。それをマジマジと見せられるわけで、ただでさえ敵わないアイリスも歯が立たないとなれば、その辟易とする気持ちもわかる。


「飛行魔法を使ったレースか……」


「どうしたら早くなるかな?」


 応援隊長だったはずの私は指南役へと役割が変わっていた。

 教えることは昔から得意だった。だから何冊も本を書いていたのだが、自分の言葉を言語化することが好きだったのもある。


「そうだね、いつもどうやって飛んでる?」


「どうって……魔法を発動させて……それだけかな」


「なるほどね。例えば早く飛ぶ鳥ってどんな形してるかわかる?」


「流体力学の理にかなった形……なるほど。そういう着眼点もあるか」


「そうそう。飛行魔法って体を浮かせるイメージだけど、その実は体に魔力を纏ってるのよ。その魔力の形を工夫すれば速度も上げれるの」


「へぇ、知らなかった……ありがとう、早速やってみる!」


 飛行魔法レースに出るエリン・アーメッドは、私の見込みで言えば腕のいい魔法師になる。

 得意な魔法は飛行魔法を筆頭に、サポート系の魔法が得意で、逆に攻撃系の魔法は苦手らしい。それだけでも例えば、物資の輸送だとか怪我人の搬送などで役に立つ。

 エリン以外にも何人かにアドバイスを与えて、初日の練習は終わった。


「セレーナ大先生、大活躍だね」


「やめてよ。私だってまだまだ修行の身なんだから」


「それ以上強くなって、世界征服でもする気か?」


「それいいね。どこの国も平伏して私を崇めるのも」


「歪んだ考えは捨てなさい」


 アイリスがそう言うと、スティックを振るって的に魔法の矢を射止めていた。


「悪に堕ちた魔法師の事を悪魔といいますから」


「そんなつもりはないよ」


 私はそう言うとアイリスの隣に立ち、同じく魔法の矢を射る。

 それが的のど真ん中を射止めると、アイリスは溜息を吐いて露骨にやる気を削がれてしまっていた。


「あーあ、姫サン拗ねちゃった」


「拗ねていません!そもそも、比べるのがおかしいんです!伝説の大魔法師に叶うはずありません」


 アイリスがそう言うと、私はどこか疎外感を感じた。

 周りを見渡してみると、一生懸命練習をするクラスメイト。私はというとその輪に入ることなく、結局、村で除け者にされていた頃と同じじゃないか。


「ごめん、用事思い出したから先に帰る」


「え、ちょっとセレナ!」


 私は一人校舎に戻りに鞄を持つと自宅へと帰った。

 ベッドに飛び込んで枕に顔を擦り付ける。


「頭が痛い」


 忘れられたら良いのにと願う。

 記憶を失えば皆んなと同じように練習に勤しみ、成長を分かち合い、時には友情を深めたり恋をしたりできたものの、自分から見るとクラスメイトは子供にしか見えない。

 記憶が戻った喜びを感じたことはない。どちらかと言えばまだ不安でいっぱいだ。

 どうも歪な引き継ぎ方をしている。私は何か大事なことを忘れている気がする。もしくは記憶を引き継げなかったのか。

 あの魔法に何か不備があったのか、同じ魔法で生まれ変わりを果たしたフィリスに聞いてみるか。

 翌日、朝一番で生徒会長を捕まえて壁際まで迫るところを学院の全生徒に見られた。


「えっと……セレナさん? このまま愛の言葉でも囁いていただけると嬉しいのですけれど」


「愛の言葉? お生憎様、そんなものは持ち合わせていない」


「……では、何用ですか?」


 私は完全にセレーナとしてフィリス——リディアに詰め寄っていた。


「とにかく、ここでは目立つので生徒会室へ行きましょう」


「そうね」


 私とフィリスは生徒会室へ入るとすぐに鍵を掛けて、私は結界魔法を放った。

 これにより、二人のパーソナルスペース外へ声は漏れ出ないようになる。


「リディア、あなたの最後の記憶を教えてもらえない?」


「私の……ですか?」


「以前から仮説として、記憶は魔法発動時のものが引き継がれているようなの。私でいうと丁度、三十になる年の頃かしらね」


「……それで言えば私も同じタイミングで掛けましたから同じですね」


「あなたは自分が死んだ時のこと、覚えてますか?」


 私の問いにフィリスは少し間を開けてから首を横に振った。


「唱えた時は考えていなかったけど、どうも仮説は当たりっぽいわね」


「ですが……人間で言えば三十歳とは精神的にも全盛期と呼べるのでは?」


「確かにそうだけど……」


 私は窓の外を見た。校庭を歩く生徒達を見ていると不思議と母性を擽られた。


「学生をやるには成熟し過ぎているのかもしれないわね」


「そうですね。生徒会長という役職が役立ちますけど」


「ずるいわね」


「なりますか?」


 私は笑いながらそれを断り、結界魔法を解いて生徒会室を出た。


「何してるの?」


 聞き耳を立てていたシャノンとアイリスにそう言うと、二人は慌てて誤魔化していた。


「何も聞こえなかったから、何かいかがわしいことでもしてるのかと」


「何を言ってるんですかシャノンさん。早く教室へ向かいなさい」


 フィリスが後ろからそう声を掛けると、シャノンは軽く舌打ちをして教室へ向かった。


「アイリス様も、お早目に」


「ええ、わかっています……」


 私達の雰囲気を察知されたのかと不安になる間を作ったアイリスに、私はついて歩いた。


「最近、会長と親しい様子ですが」


「そ、そうかな」


「今日も真っ先に会長に向かって行っておりました。何かあったのですか?」


「まあ、ちょっと聞きたいことがあって」


 木製の階段がギィと音を立てて会話は途切れた。

 階段を登り終えたところでアイリスは立ち止まってから振り返ると、険しい顔で私を見た。


「私はまだまだあなたという人間を知らないのですね。この二年で誰よりも知っているつもりになってましたが」


「二年……」


 私の脳裏では、フィリスは——リディアは幼い頃から共に生きている。二十年はくだらないはずだ。

 それをたった二年と比較するのも可哀想に思える。


「会長とは最近まで接することはありませんでしたよね」


「もしかして、嫉妬してる?」


 そう言うと顔を背けてしまったアイリスの顔を覗き込もうとすると、アイリスは足をもつれさせて、階段から落ちそうになったが、私が魔法で体を受け止めるとそのままお姫様抱っこをして教室へと向かった。


「お、降ろしてください!」


「はい、到着」


 そんな状態で教室に入ってきた私達を、驚きの視線を用いて全員が見ていた。


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