第11話
「セレナ、少しいいですか?」
「どうしたのアイリス」
「昨日は色々ありましたので、改めて今日、ちゃんとお話を伺いたくて、放課後、王宮へ来ていただけませんか?」
「わかった」
私はそう返事をすると、食堂へ向かった。
好きな料理をお皿に盛り、いつもの窓際の席に座った。
「もしかして、それ全部食べますの?」
「うん」
お皿に山盛りになった料理を見て、アイリスは驚いていた。
シャノンが後からテーブルに到着すると、同じように驚いていた。
「朝から魔力使ったし、お腹空いてるんだよね」
「しかし、どうしてフィリス会長と朝から模擬戦を?」
「向こうから頼まれて……」
「朝声掛けてきた時は、神妙な面持ちだったよな?」
「まあ会長にも色々あるんだよ」
私がそう言うと、向かいに座っていたアイリスの表情が固まった。
「ん? どうしたの?」
「私に色々あるって、どういうことか聞かせてもらいますか? セレナさん」
背後からフィリスが声を掛けてくるが、その声はいつもより低く、恐らく怒っていると思われた。
「変なことは言ってませんよ?」
「そう。あの事は他言無用でお願いしますね」
「わかりました……って、なんで隣に座るんですか」
「席が空いていましたから」
「いつも生徒会メンバーと食事してるでしょう。そちらに行かれたほうが良いのでは?」
「たまには一般生徒と肩を並べて食事をしたいんです。いけませんか?」
昔、リディアが見せた何かを懇願するような上目遣いをされ、私は隣に座ることを了承した。
「ずるいぞ、リディア」
「主人様は昔からそうでしたよね」
小声で話す私達を訝しむアイリスとシャノン。その視線がとにかく痛かった。
「昨日やり合った二人が仲良くなってるってのも不思議なもんだな」
「昨日の敵は今日の友、と言うべきなのでしょうか?」
「友人だなんて畏れ多いよ」
「そうですよ、アイリス様」
苦笑いを浮かべる私達を見て、さらに訝しむ二人。私は隠れたところで、フィリスの太ももをつねっていた。
「私達は友人なんて安い関係ではありませんから」
「そうそう……って、何言ってるんですか!」
私は驚いてそう言うと、アイリスは少しムキになったように「じゃあ、どういう関係なんですか!?」とフィリスに訊ねた。
「パートナー、と言うのが正しいですかね」
「それって夫婦みたいな感じじゃん」
「待って!そんなんじゃないし、会長ジョークだよ!」
「あら、ジョークではないですよ? あなたの魔法に惚れた、と言えばわかりやすいでしょうか」
「あー、きっと、昨日負けたのがショックだったんだなぁ。ほら、今日は勝てたんだし……さ?」
なんか昔にも、こんなやり取りをした記憶がある。
私は食事を終えると、眠くなりうつらうつらとしていた。
するとフィリスが、私の肩を抱いて寝転がせ、膝枕をしてくれた。
「いや、やめてって」
「いいから、お疲れなのでしょう? 少しお休みになってください」
食堂中が騒めく中、私はフィリスが掛けた催眠魔法で眠りに落ちた。
夢を見ることなく目が覚めると、フィリスの柔らかい太ももの上に私は涎を垂らしていた。
「ご、ごめんなさい!」
「いいんですよ」
すると私の耳元で「ご褒美みたいなものですよ。主人様」とフィリスは囁いた。
「それにこれくらい拭けばいいだけですから」
「なんか二人の関係、恋人同士みたいじゃね?」
「なんでしょうか……この、見せつけられている様な感覚は……どうにかしてトルーマン家を潰すことができませんでしょうか」
「ア、アイリス落ち着いて……今のは単に年長者の気遣いでしょ。ね、フィリス先輩?」
「まあ、そういうことにしておきましょうか、セレナ後輩」
二人で不敵な笑みを浮かべながら、私は座り直した。
そしてその後、私とフィリスの様子を見ていた生徒が流した噂が、学院内に瞬く間に広がり、私とフィリスの関係を見守る生徒が出てきた。
「あの、セレナさんは生徒会に入らないんですか?」
「え、なんで?」
「その……会長と一緒にいられる時間が増えるので良いかと思ったのですけど……」
「いやいや、仕事増えるし面倒だからいいよ」
クラスメイトにそう言われて、私はそのことが面倒だなと感じた。
放課後になり、アイリスとの約束通り、アイリスの執務が終わるタイミングで王宮へと向かった。
たまにはと思い、正装して向かうと門まで迎えに来たアイリスに笑われた。
「城に入るんだから正装じゃないとって思って」
「昨日は制服のままでしたよね?」
「制服も学院の正装だからいいかなって」
アイリスの私室ではなく、執務室に通されて、革張りのソファーに腰掛けた。
「因みにですが、この部屋に見覚えは?」
「弟の執務室だったかな。流石に家具とかは変わってるけど」
「なるほど……」
真面目な顔をするアイリスに、私は少し慣れなかった。
部屋の角を見つめながら、私は一つ息を吐いた。
「それで、色々聞かせていただきたいんですけど、記憶が戻ったというのは、どれくらいのものなのでしょうか?」
「一番は力の使い方を思い出したこと、記憶は呼び覚まさないと思い出せないものもあるけど、魔法に関しては完全に思い出した」
「呼び覚ますというのは、手段として、どのようなものですか?」
「例えば、過去に経験したシチュエーションだとか、つまり似たような体験をすると紐づいて思い出すような感覚かな」
「外からの刺激が必要なんですね」
「そう。強力な魔法を使ったりして思い出したりするかな」
「セレーナとは、どんな人物なのですか?」
私はその質問に困った。
セレーナ、自分を客観的に見ることはなかったからだ。改めてセレナと比較してみることにしたが……セレナとほぼ同じだった。違いは、今は酒が飲めないくらいだった。
その説明をアイリスにすると、アイリスはメモを書いていた。
「前にセレナであり、セレーナであると仰っていましたが本当なのですか?」
「今までの自分がセレナとして、セレーナであることを思い出したに過ぎない。記憶の上書きではなく、記憶が追加されたと言えば分かりやすいかな」
「なるほど……」
まるで尋問のような雰囲気でアイリスからの質問に答え続ける。
傾いた太陽が窓の外に顔を出し、アイリスの左頬を染めた。
「アイリスは、セレーナの生まれ変わりを探していたんだよね? だったら、今回のことは両手を叩いて喜ぶべきじゃないの?」
私がそう質問すると、アイリスは少し黙ったまま目線を落とした。
「その通りです。ですが、同時に友人を一人失ったような気がしてやまないのです」
私はそれを聞いて思わず笑ってしまった。
アイリスはそれを見て、怒ってしまったが私は笑うのをやめなかった。
「昨日も言ったでしょ? セレナであることは変わりないんだって」
「分かってはいます。けど、どうもそう思えなくて……」
私はアイリスに歩み寄り、そっと後ろから抱きしめた。
「直接分からせればいいのかな?」
「そういう意味では……」
「だったら、お昼になんで不機嫌そうな顔をしたの?」
「あ、あれは……」
「フィリスに取られたと思った?」
「ち、違います……」
私はアイリスの耳を噛むと、彼女は擽ったそうに身を捩らせた。
「やめて……ください!」
「てっきりこういうのをご所望かと」
「そんなわけありません!性格も随分変わられたのですね!」
「うわひどい…私は今までの私のままなのに……」
泣いたふりをすると、アイリスは申し訳なさそうに私の顔を覗き込んだ。
その瞬間、私はアイリスの顔を捕まえてキスをした。
「な、な、な……何をしますのっ!」
「これは誓いのキス。私はずっとアイリスのそばにいる」
「ほ、本当ですか?」
「もちろん」
私はそう言ってアイリスから離れると、彼女は俯いたままで表情を見せようとしなかった。
「まあ、ご先祖様を敬うことは忘れないでほしいけど」
「どちらなんですか……」
呆れた様子のアイリスに、私は一つ笑みを見せ、執務室を出た。
「止まれ!」
カインが剣を抜こうと構えた状態で、私にそう言った。
「って、なんだ君か……姫様の悲鳴が聞こえたので駆けつけてたんだが」
「そうなんですね。アイリスなら骨抜きになってるんじゃないかしら」
私は大人っぽくそう言うと、城を後にした。
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