第10話 セレーナの記憶
朝になり、いつものように学院に向かうとフィリスに呼び止められた。
「生徒会室へ来てもらえますか?」
「はい……構いませんけど……」
シャノンにその事を伝えて、私はフィリスの後を追った。
「笑わずに聞いてもらいたいのだけど、あなたはセレーナなんですよね。私について、何か思うところはありませんか?」
「と、言うと?」
「昨日のあなたの魔法を受けた瞬間、何か脳裏に浮かんだんです。そして何度もそれが繰り返されて、夢で違う自分と出会いました。その私は、私はあなたと一緒にいるべきだ、と言っていたのです」
真面目なフィリスがふざけて言うはずがない。私はそう思いながら、真っ直ぐフィリスを見つめていた。
「私も、私が私であることに自信が持てなくなりました」
「それどういう……」
フィリスは生徒会長の椅子に座り、机を撫でた。私はその様子を黙ってみながら、何かの面影を思い出していた。
「さっきも言いましたが、あなたの魔法を受けた時、何かが頭の中で弾けたような、忘れていたことを思い出したというか……はっきりとは言い難いのですけど」
輪廻転生、とでも言うのだろうか。私はかつてそういう類の魔法を試したことがある。ただその効果の検証はもちろんだが、死後にしかわからない。そして、それが直ぐか暫くしてか、遠い未来に効果が出るのかわからなかった。
「私が開発した魔法は、魂に直接付与するものでしたが、あくまで仮説に基づいたものでした。人の記憶が魂にも刻み込まれるという仮説を立て、それであるなら、生まれ変わる時にそれはリセットされているのでは、と考えたのです」
「スピリチュアルな話ですね」
「そんなこと言えば、魔法も十分スピリチュアルですよ」
私はそう言うと、机に腰掛けた。
「私が知る限り、この魔法は私と側近であるフィリス先輩の先祖であるリディア・トルーマンしか知りません。あなたが、リディアであるならば私を見て何か思い出すのではないでしょうか」
私は姿を変える魔法を唱え、四百年前の姿になった。
「私も魂に刻まれた記憶は、まるで封印されているようで、それを解くのには外的要因を必要としました。記憶をなぞる様な作業と言ってもいいでしょうか」
「だから古代魔法の研究をしていたのですか?」
「そうですね……。あとはアイリスを助ける為に本気を出したくらいですかね。それにより、完全に私はセレーナであることを思い出しました」
「そうですか。私がリディアであるのは自信がありません。でも、あなたのその姿に見覚えがあります。そもそも、セレナとそっくりなので、そのせいかもしれませんが……」
机の上から降りて居直ると、私はフィリスに向かって「性格は全く違うけど」と物悲しげに言った。
「一応、王位についてたわけだし、威張ってなきゃいけなかった。今みたいな生活に憧れていたし、親しい存在もリディアくらいだった。まあ、交友関係の狭さは今も変わらないか」
「あなたは私をリディアと思いますか?」
「正直な話をすれば、思う。けど、どこか違う。それが完全に記憶が戻っていないからなのかはわからない。私と同じ魔法を使ったなら確かにリディアだと思うけど」
私はそう言って部屋を出ようとした。
「お待ちください!もう一度、手合わせ頂いてもよろしいですか?」
「勝つ気はないんでしょ? そんな勝負、面白くないよ」
「訓練と思ってもらって結構です。またあなたの魔力を受けると思い出せる気がして……」
「わかった。今からしよう」
私はそう言って授業をすっぽかし、模擬戦場へ向かった。誰もいないその場に、私とフィリスは向かい合った。
「手加減はする。しないと本当に殺しちゃうから」
「ありがとうございます」
「その代わり、あなたは私を殺すつもりで来てください」
合図は無し。いきなりフィリスが仕掛けてくるもあっさりと避けて魔法を使うことなく、フィリスの攻撃に対処していく。
私も攻撃に転じると、フィリスは防戦するしかなく、昨日と同じ展開になった。
「リディアはもう少し手応えありましたよ?」
「くっ……馬鹿にしないで」
これが正解とは思わない。これで記憶が戻る確証もない。そもそもフィリスが記憶の封印があるのではないかと思ったのは、昨日が初めてだ。私は2年もそれを味わっていた。
徐々に防御魔法が薄れてくるが、それでもフィリスは膝をつきながらも耐えていた。
「二人とも、何をしている!」
教員が騒ぎを聞きつけて模擬戦場へ入ってくるが、私達はそれに構うことなく戦っていた。
「セレナ!」
アイリスの声とシャノンの声が重なって聞こえた。
私は一度攻撃の手を休めて声がした方を向いた。その瞬間、フィリスは私の喉元に手刀を突きつけた。
「あなた……昔も子供の声を聞くと油断していましたよね?」
「リディア……?」
「ええ、思い出しましたよ。我が
「懐かしいな、そう呼ばれるのも。でも、今はリディアの方が年上で生徒会長だから、これまで通りでいきましょう」
「はい」
手刀を納めてフィリスは乱れた服を整えて、私はフィリスもひっくるめて汚れを落とす魔法を唱えた。
「これで形的にも、生徒会長が最強であるって体裁を保てますね」
「いい迷惑ですよ。あなたがいなければ、ずっと最強でしたのに」
フィリスは笑いながらそう言うと、私は懐かしさに押しつぶされそうになった。
私とリディアの関係は、アイリスと私の関係に似ている。
魔法大戦時、とにかく魔法士を求めていたエクセサリア王国は友好国からその才能がある人材を引き入れていた。その中にいたのがトルーマン。リディアと私は年が近く、リディアは私を姉のように、そしてその後は主人として仕えた。
私と共に、亡くなるまでそばに居続けた。
「今の時代、お互いの関係は今のままでいるべきでしょうね。今ではなんでもない家柄のグリフィスと、名家のトルーマンですから」
「しかし、グリフィスこそセレーナ様の直系に当たる家系だったはずでは?」
「そうだったかしら……?」
私に愛した男はいなかった。孤児を養子にしたが、あの子が後のグリフィス家となったのか?
「セレーナ様は、男は愛さずとも、子は愛されておりましたね」
「そういえばそうですね。なんでかその辺りは曖昧になってますが」
王家の本流は弟であるコーウェルが担い、私は傍流へと成り下がった。
それからのことは思い出せない。もしかしたら、この転生魔法を唱えたタイミングの記憶が魂に刻まれているのではないか?
「……とにかく、戻りますか」
私はアイリスの元へ行くと、怒った様子のアイリスの頭を撫でて機嫌をとった。
教室へ向かうと、クラスでは生徒会長を倒した者として白い目で見られた。
そりゃ、フィリスはその美貌もあり学院内での人気は高いが……。
「セレーナ完全復活って感じか?」
「多分?」
「なんだよ、歯切れ悪いな」
「記憶がね。生きていた頃の全てを覚えているわけじゃないって可能性が出てきて……」
椅子の背もたれに全体重をかけながら私はそう言った。シャノンは難しい顔をしながら、考え事をしていた。
「生まれ変わるための魔法を唱えた時の記憶が引き継がれている、と言えばいいかな? 要するに魂に記憶を刻み込んだのが、魔法発動のタイミングだったってこと」
「なるほどな。それは一理あるかもしれない……。まあ、自分がどうやって死んだかって記憶は嫌だし、丁度いいんじゃないか?」
「確かに」
私は笑いながらそう言うと、ちゃんと座り直した。
席が離れているアイリスの方を見ると、何やら本を読んでいるようで、私はまるで我が子を見るようにその様子を眺めていた。
「やっぱり姫さんが気になるか」
「直接ではないにせよ、子孫だからね」
「直接じゃない?」
「私に子供はいなかった。いや、正しくは養子を迎えていたから子はいたんだけどね。今のエクセサリアは弟のコーウェルが繋いだ血筋だから」
シャノンは少し驚いた後、自分の中で納得できたのか、一つ息を吐いた。
「まあ、似てないしな」
「セレナは瓜二つだからね。私と」
「なんかその言い方、訳分からなくなるからやめてくれ……」
私は頭を抱えるシャノンを見て笑っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます