第9話
「アイリス?」
私はそう訊くと、アイリスは気まずそうに私に顔を向けた。
「えっと……セレナ?」
「はい、セレナさんですよ」
きっとアイリスも動揺しているのだろう。私はそう感じ取ると、目を閉じた。
「アイリスが何を考えてるかはわかる。何が不安であるかも。アイリスはセレーナの記憶、人格と言ってもいいかな? それが蘇るとセレナで居なくなるって思ってるんでしょ」
「そうです……。あなたはどちらなのですか?」
「どっちでもない。むしろ、これまでがずっとセレナであり、セレーナであったと言うだけで、人格が入れ替わることはないよ。ただ、記憶に基づく変化はあるのかもしれないけどが、そこは今のところ大丈夫だと思う」
私がそう言うと、アイリスは安心したように、私を抱き締めた。
「なんか照れるな、孫のそのまた孫の孫に抱きつかれるのは」
「そうでしたわね。セレーナは私の先祖でした」
「でも、セレーナって証明はできないんじゃないか?」
シャノンが急にそう言い出すと、私も「確かに」と反応を示した。
「何かセレーナにしか動かせないものとかあればいいのですけれど……私も城の中で何かあるか探してみます」
「城か……。そうだ!」
私は思い付いたようにアイリスの手を引いた。
「ちょっと、何処へ向かわれますの!」
「今のアイリスの部屋、元々私の部屋だったんだよね。ちょっとした秘密があるの」
私は門番の兵にアイリスを連れて帰ってきたと本当のような嘘をついて城内へ入った。
真正面に飾られた私の肖像画に照れつつ、階段を上りアイリスの部屋へと向かった。
「な、なんの変哲もないですわよ?」
「まあまあ、見てなさいって」
私は部屋の隅の床材を魔法で剥がし、隠してあった魔法陣を剥き出しにした。
それを見てアイリスは驚いていたが、私は得意顔でその魔法陣に魔力を注ぎ込むと、そこに隠し階段が出現した。
「階段ですか? これはどこに繋がっていますの?」
「城下町。とあるバーの地下倉庫に。私が城を抜け出す時に使ってたものだよ」
私は久しぶりにその抜け穴に入り、先へと足を進めた。
蜘蛛の巣だとかゲジゲジだとかは魔法で取払い、灯を灯しながらアイリスと歩き続けた。
「結構歩きましたが、まだ着かないのですか?」
「そうだなぁ……今で噴水広場脇のレストラン辺りかな?」
「確かにバーはその先にありますけど……」
しばらく歩き続けて、竪穴が現れ、私はそこに書かれていた魔法陣にまた魔力を注入した。
「よかった。バーのおじさん、物とか置いてなくて」
バーの地下倉庫。年代物の酒が貯蔵されていたり、使わなくなったものを押し込めておく場所には、四百年前と似通った香りがした。
「わっ!だ、誰だ!」
今のバーの店主が驚いてランプをこちらに向ける。
「落ち着いて、私だよ」
「生憎、ワタシという知り合いはいないが……」
「先代からのメモとかなかった?」
「先代? 確かに、親父に渡されたのはあるが……確か、そこに物を置くなとか書いてあったな」
私は一歩前へ出て「セレーナの遺物について、なにか言い伝えられてない?」と、店主の男に訊ねた。
「あっ!城からの抜け道って書いてあったな。何やら緊急時の脱出手段だって。魔法陣で塞がれていたし、手をつけてなかったな」
「そう。そこを開けて出てきたわけですよ」
私は胸を張ってそう言うと「つ、つまりお連れの方は……王女様?」と、店主は狼狽え始めた。
「すみません、失礼な来店方法で」
「い、いえ!滅相もありません!」
「頭をあげてください!勝手にお邪魔しているのは、こちらですから!」
慌てているアイリスは棚に頭をぶつけて蹲った。
店主は店内へと案内してくれ、私とアイリスはカウンターへと座った。
「セレーナ様が生きていたのはざっくり四百年前だろ? なのに何で今……」
「神様のいたずら……ですかね?」
バーカウンターに腰掛けそう言うと「慣れた所作……本当に生まれ変わりってやつなのか」と店主は呆れていた。
棚の酒瓶を眺めながら、少し変わった雰囲気を感じていた。
酒の銘柄はもちろんだが、棚が作り変わっていたり、装飾も変わっていた。
アイリスは少し背の高いカウンターチェアに慣れない様子で腰掛けた。
「これを見てくれ」
「もしかして、これはジェイのメモの写しか」
そこに記されていた、私についての事。ここが城の緊急脱出先であること、自分達の身分について書かれていた。
「あなたはこれをちゃんと読みましたか?」
「いや……面倒で読んでない」
「ちゃんと読んでおいてくださいね。アイリス、帰りましょう」
「え、ちょっと、お待ちください」
私はメモを返して立ち上がり、ドアから出て行った。
「街中を歩くのは目立ちますし、さっきの抜け道から帰りませんか?」
「ああ、じゃあ……はい!」
私はアイリスに変装の魔法を掛けた。
「うん。昔の私そっくりにできた」
「こ、これがセレーナ?」
窓ガラスに映る自分の姿に驚いているアイリスを見て、私がなんか気持ち悪い動きをしているように見えて変な気分になった。
街中を抜けて城の傍まで辿り着くと、アイリスの変装を解いた。
「一つお願いをしてもいいですか?」
アイリスの問いに私は頷くと、私をセレーナの姿にしてほしいという要望だった。
「別にいいけど……」
私は自分の変装の魔法を掛けると、なんとなく懐かしい感じがした。
「これが本当の姿なのですね」
「そうね……大体二十五歳くらいの時の容姿かな? それこそ、魔法大戦で戦ってた頃」
「色んな文献であなたの名前をみました。強くて美しくてそして何より謙虚で努力家だったと、書かれていました。そんなあなたが、私の憧れです」
「突然愛の告白をされると、流石に照れちゃうな……」
アイリスは自分の放った言葉を思い返して顔を赤くしていた。
そんなアイリスを私は抱き締めて「嬉しいよ。アイリス」と耳元で囁くと、アイリスはさらに真っ赤になった。
「アイリスが好きなのはセレーナ? それともセレナ?」
私の問いに答えを迷うアイリスを見て「どっちも私だから、どっちでも嬉しいよ」と、私は抱擁を解いた。
「じゃあね。アイリス」
「か、帰ってしまわれるんですか?」
「そうだね。今の私は正式な王家じゃないし」
私はそう言って家へ帰った。
部屋の明かりを灯して、夕飯の準備に取り掛かる。帰り掛けに買ったベーコンと卵を焼いて、葉野菜の切れ端で作ったサラダにオイルと塩と胡椒とビネガーを合わせたドレッシングを掛け、硬いパンをスープで解しながら食べた。
「我ながら美味しいものを作ったものだぁ……」
私は満足して食事を終え、お風呂に入り寝る準備をした。
思っていたより寝付けず、バルコニーに出て空を見上げた。
そこに輝く幾つもの星に、私は何かを願うわけでもなくその空を見上げていた。
「星は昔と変わらないな」
意識をしたわけではないが、私はセレーナで言葉を発していた。
セレナとセレーナは同直線上に存在し、特に違いはない。わかっていたはずなのに、少し不安になっている自分がいた。
一つ欠伸をして、ベッドに戻り毛布を体に巻きつけ、私は目を閉じた。
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