2.王立魔法学院
第6話
「行きますわよ!」
アイリスがそう叫ぶと、私に全力の魔力玉をぶつけてくる。
相変わらずそれを軽く去なすと、アイリスは溜息を吐く。
「毎度のことですが、防御魔法についてはあなたに叶うものはいませんね」
「防御魔法はって……アイリス、それ以外もってことを忘れてない?」
私は加減をした魔力玉をアイリスに向かって投げると、アイリスの防御魔法を簡単に打ち砕いた。
「あなたは本当にセレーナの生まれ変わりではないのですか?」
「私はセレナ。セレナ・グリフィスであり、それ以上でもそれ以下でもないよ」
私は改善された食生活のお陰で、たわわに実った胸を反らしてそう言うと、跪いたアイリスに手を貸し、制服についた汚れを魔法で取り除いた。
「おーい!セレナー!」
「ごめん!今行く!」
遠くから声を掛けてくるシャノンに返事をすると、アイリスは少し寂しそうな顔をする。
「そんな顔してないでよ。アイリスは仕事があるでしょ?」
「そうですが……」
「そうだよ姫さん。アンタにはアンタの、アタシらにはアタシらのやる事がある。さ、セレナ。早く新しい魔法の研究の続きしようぜー」
シャノンに肩を組まれて実験棟へと私は入っていった。
もちろんだが、アイリスには付き人が居て、それらに連れられてアイリスは城へと帰った。
シャノンはあの日、結局は戻ってきて魔法学院に入学した。確かな実力者であり、何より魔法の発動速度に長けている上、戦い方が巧い。
彼女は二つ年上だが、同じ学年に編入となり、私達と同じクラスだ。
「しっかし、よくも次から次へと思いつくよな」
「思いついてるわけじゃないけど……昔の文献に書いてあるのを復元しているって言った方が合ってるよ」
「復元ねぇ。確かに、最も魔法が盛んだったのが四百年前の魔法大戦時だもんな。それだけ必死だったってことだもんな、その時代は」
「確かにそうかも……」
私はまるで当事者のようにそう答えると、シャノンは鼻で笑った。
「まあそうだな、本当にセレナが伝説の魔法師の生まれ変わりかもって感じてきたぜ。姫さんの勘も中々のもんだな」
私はその言葉に顔を引き攣らせた。
生まれ変わりだと確信したのは、セレーナの日記の言葉を読んだ時からだ。その内容に覚えがあった。大っぴらには言わなかったが、私の記憶にある内容が書かれていたのだった。
そして何度かあった何かが解放されるような感覚。王宮に初めて入ったはずなのに、どこか知ってる感覚。初めてアイリスの魔力玉を受け止めた時の感覚。それらはまるで何か封を剥がすような感じだった。
「シャノンは私が本当に生まれ変わりだと、どうする?」
「そりゃー、すげーってなるよ。アタシもさ、ボリークにあった小っちゃい魔法学校ではトップだったんだ。天狗になってたし、ここに来て自分よりすげーヤツが沢山いてさ、お山の大将だったことに気づいた。だから、自分より上のヤツは尊敬するし、アタシもそうなりたいって思う」
「そっか……」
「なんだ? もしかして本当に生まれ変わりだったって言いたいのか?」
「……どうだろう。だとしても、自信がないよ。セレーナはもっとすごかったろうし、私なんかじゃまだまだ足元にも及ばない」
「んー、なんか知ってる口振りだな」
「知らないよ!知らないけど、そんな気がする……。それだけ私が向上心を持ってるってことだから!」
私はそう言うと、文献通りの魔法を発動した。
「これは……」
脳内で『昔よく使ってたな』と言う声がした気がした。
壊れた花瓶を復元する魔法は、無機質の物だけに作用する。なので草花はもちろん、人や動物には効かない。が、なぜ『昔よく使ってたな』と言うのかわからなかった。
「これが使えたら、どれだけ皿を割っても怒られないな!」
シャノンが元気にそう言うと「ってことは、今まで何枚お皿を割ってきたのよ」と私は言った。
「ただ難点があるとすれば、結構魔力消費するところかな。魔法式の問題なのか、単純にそういうものなのかは詳しく調べないとだけど……」
「古代魔法って殆んどそうだよなぁ。効果は絶大だけど、魔力の消費が激しいから、使う人と場合を選ぶというか」
「魔力と効果は比例するものですからね。現代魔法も、魔力を最大限に込めれば効果は変わりますし、古代魔法は効果の前提がそもそも強大なんです」
「そっか……って、姫さん!?」
アイリスが部屋に入ってきてそう言うと、私も驚いて「なんで?」と問い掛けた。
「なんでと言われましても、公務が終わりましたから……私だって当代ではないのですから、そこまで忙しくありませんし、執務も簡単なものしかないので」
「なるほど……」
シャノンはそう言うと、アイリスの全身を見渡した。
「なんだかんだ、まだお子様ってことか」
「なんだかんだは失礼だよ、シャノン」
私は苦笑いを浮かべながらそう言うと、アイリスは怒ってシャノンの足を踏んづけた。
「いってーな!」
「失礼、そんなところに足を置いてる方が悪いんです」
「暴力の上にそんな理論暴力をかますんじゃねー!」
「まあまあ、二人とも……」
シャノンとアイリスは相変わらず犬猿の仲だ。シャノンが魔法学院に入れたのは私が願い出たことだが、私達にとって二つ上のお姉さんと言うか、仲の良い学友でしかない。
あの日、私はアイリスに全て話してもらい私は納得の上で残ることにした。
そして逃げていたシャノンを街で捕まえて説得し、共に魔法学院へと入学した。
それからと言うもの、私とシャノンは厄介者扱いされ、それからアイリスも同じ扱いを受けていることを知り、よく三人で連むようになった。
「また古代魔法の復元ですか? 今回は、再構築……と言ったところですか?」
「うん。ただやっぱり魔力消費が激しい。連発するには辛いね。それに、そもそも魔力保有量がそれなりにある人じゃないと厳しいね」
「まさにセレナ専用の魔法、ってところだな。あと使えそうなのは姫さんと、生徒会長くらいか」
シャノンは指折り数えながらそう言った。
生徒会長とは、フィリス・トルーマンの事だろう。学院の生徒総代のようなものだ。生徒からの要望などをまとめ、学院側と折衝に当たる生徒会。それを取り纏める存在だ。
「そういえば姫さんは会長を怪しまなかったのかい? セレーナの生まれ変わりだって」
「トルーマン家は元々、魔法に長けた一族ですが、王族ではありません。なので初めからその対象ではありませんでした」
「セレナんとこのグリフィスみたいに、昔に王族家系から外れたとかないのか?」
「はい。トルーマン家は元々が移民だったようです。魔法対戦時に移り住み、我が国の戦力として活躍したとあります。ですので、王族ではない、と言うことです」
「なるほどなー」
私は本を片付けながら、何故か思いを馳せていた。
最近になってやたらと昔の記憶が蘇る。それを昔のものと言っていいのかわからないが、感覚的に言えばそうなってしまう。
トルーマンという名に馴染みがある。生徒会長と初めて言葉を交わし時の衝撃はよく覚えている。
「そろそろ帰るか」
私がそう言うと、二人も同意し学院を出た。
アイリスはもちろん、王宮住み、私とシャノンは街の下宿に住んでいる。
私が王宮を出たいと言った時、アイリスは猛反対したが、王族でもない私が王宮に住むというのは気まずさが過ぎた。
「それじゃあ、また明日」
「ええ、ごきげんよう」
アイリスはお付きの者達と城へ帰り、私もシャノンと途中で別れた。
私は水路沿いの二階建ての一軒家で暮らしている。そこまで広くないが、私一人だから十分な広さだ。
バルコニーから見える水路の景色が私は気に入っている。
丁度夕陽が沈む時間帯で、私はその様子を見ながらバルコニーでお茶を飲んでいた。
あれから三年経ち、私も十七歳になった。一人暮らしにも慣れて、最近では自炊もお手のものになった。
一人の時の方が、悪霊とのやり取りは鮮明に行える。悪霊と自分で言ってしまってはいるが、それは何処からか湧き出てくる記憶を意味している。
その存在は、自分のようで自分じゃないような、それでも自分である。自分でもどうかわからない。
「さて、お風呂入って寝よう」
食事を終えた私はそう言って、翌朝を迎えた。
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