第7話

 その日は快晴だった。先週までの雨続きの日々が嘘のような青空で、私はそんな朝の空を見上げながら歩いていた。

 シャノンが角で手を振っているのを見て、私は彼女に駆け寄った。

 今日は実技試験だ。模擬戦方式でクラス内で戦いあって順位をつける。


「どうせうちのクラスはアイリス様かセレナだろ?」


「あの二人、生徒会長より強いんじゃないか? なんなら、大人の魔法師より強いよ」


 男子がそう話す声が聞こえてきたが、私は聞こえないふりをしていた。


「うるせー!お前らの鍛錬が足りねーだけだろ!」


 シャノンはそう怒鳴ると、彼らは慄いていた。そういう彼女も、クラスでは上位に食い込む実力者だ。

 そして勝ち抜き戦の模擬戦が始まると、案の定私とアイリスが最後に残った。


「セレナ。たまには本気でぶつかり合いませんか?」


「本気? いつも本気のつもりだけど」


 私は笑いながらそう言うと、アイリスは怒ったように顔を少し膨らませた。


「では……よろしくお願いします!」


 先手、アイリスの攻撃を簡単に受け止め、私は体術でアイリスを吹き飛ばす。

 私の攻撃をアイリスが防御魔法で凌ぎ、反撃に出ようとした時だった。


「な、なんですの!あなた達!」


 黒づくめの男がアイリスを取り囲むと、あっという間に彼女を連れ去ってしまった。

 その場にいた誰もが呆気に取られている中、私は急いでそれを追った。


「彼ら、魔法師?」


「そうみたいだな!」


 何とか着いてきたシャノンがそう言うと、私はスピードを緩めようとした。


「アタシに合わせなくていいから、お前は先に行け!」


「わ、わかった!」


 彼らに追いついたものの他勢に無勢、向こうは四人でこっちは一人と不利な状況だった上に、人質までいる状態だった。


「女一人で何ができる?」


「そうですね。色気じかけとか?」


 私が胸を寄せて見せると、男達は鼻で笑った。


「冗談ですよ。とにかく、彼女を解放してください」


「そんなわけにはいかねぇ。こっちとら、この娘さえ手に入ればいいんだから、あんたの命なんざしったこっちゃねぇんだがな」


 短い刃渡りの剣を抜く男達。私はそれを見てニヤリと一つ笑みを浮かべると、彼らは馬鹿にされたと見て苛立ちを露わにしていた。


「やらせない!」


 カインが知らせを聞きつけたのか間に割って入り、相手の斬撃を盾で受けた。

 甲高い音が鳴り響いた後、彼らの中でも最も手練である一人がカインの相手をし、残りの三人は私に向かってきた。

 カインも流石にその一人を相手にするのが精一杯だった。私は溜息を吐いてからスッと目線を三人に向けた。

 それは一瞬だった。私は何の細工もない魔法を彼らにぶつけた。それだけで、彼らの意識を刈り取るには十分で、私はアイリスに施されていた拘束を解いた。


「くっ……!」


 カインがそう呻き声を上げると、手練の男がこちらを向いていた。


「三人同時にだと? 余程の使い手と見た」


 彼が私に駆け寄ってくると、私は笑みを浮かべながら倒れている男の手から短剣を奪い魔法を纏わせた。


「剣技は久しいですが……」


 私は短剣を構えると、男との間合いを一気に詰めた。


「なっ……なに……」


 彼の返り血を浴びながら、頭の中で何かが弾けるような感覚に襲われ、私は意識を失った。

 夢を見ていた。セレーナと思わしき人物が私を抱き締めていた。母のような温もりと、まるで自分の体を抱きかかえるような感覚。

 何が本当なのかわからない。だが、私は確かに私で、彼女は確かに彼女だ。

 でもどうしてか、私は彼女ではないか、彼女は私ではないかという疑念が払拭できずにいた。


「……私は、あなたなの?」


「半分正解ね。私は私で、あなたはあなた。でも、私もあなたも、私であなたよ」


「よく、わかりません……」


「つまり、同じ存在ってこと。私が自分の魂に掛けた魔法が今華開いたと言ったところかしら」


 セレーナは私のことを強く抱きしめ直すと、私は目を閉じた。

 まるで、今まで感じていた欠落感を埋めるような、パズルのピースが噛み合うような感覚。

 一つ一つ足りないものが満たされて

 私とセレーナは一つになった。


「セレナ!」


 アイリスの大きな声で目を覚ますと、シャノンとカインが傍で心配そうに見ていた。


「アイリス……」


「気がつきましたのね!あなた、敵を倒したあと気を失ってましたのよ?」


 私は体の感触を確かめていた。

 甦ったようにも思えるが、これはまごう事なき自分の体である。

 セレナであり、セレーナである自分を理解しつつあったが、困ったのは立ち振る舞いだった。セレーナであることを思い出したわけだが、セレナであることも変わらない。私はどうすればいいかわからず、言葉を上手く発することができなかったのだ。

 その様子が、何か狼狽えているように見えたのか、それはアイリスの心配を助長させた。


「すぐに城へ連れて帰って医師に見せましょう!シャノン、飛行魔法は使えますか?」


「アタシの魔力量じゃあ担いで行くと街中に行くまでが精一杯だ」


「では私がセレナを……」


「いや、大丈夫。一人で帰れるから」


 私は何とか言葉を発すると、起き上がりアイリスに向かって微笑んだ。


「カインさんも、怪我をしてますね」


「え……まあ、はい」


 私は治癒魔法でカインの傷を治すと、自分の汚れた制服も綺麗にした。


「さて、帰りますか」


「ちょっとセレナ!あなたは無事ですの?」


「寧ろスッキリしてるくらい。ようやく、自分が何者であるかわかったから」


「どういう意味ですの?」


 アイリスはそう言うと、私の制服の袖を掴んだ。


「とにかく帰ってから話します」


 私はそう言うと、アイリスを無理矢理抱えて飛行魔法で学院へと戻った。

 アイリスの無事を喜ぶ生徒と、私の雰囲気の違いを訝しむアイリス。シャノンはどこか寂しそうにしていた。

 その日の授業はもちろん、模擬戦も中止になった。


「なあ、アンタはセレナなのか?」


 アイリスを衛兵とカインに任せた後、シャノンは私にそう訊ねる。

 私は少し考えた後、口を開いた。


「セレナでありそうではない、というのが正しいかもしれない」


「やっぱり……偶に様子がおかしくなるのは知ってたが、今日のはいつもと違う。なんか完全に変っちまった感じだ」


「シャノンの勘のいい所は嫌いじゃないよ」


 私はシャノンの肩に手を置いてそう言うと、校舎に入った。訝しみ続けているシャノンは大股で歩きながら後を追って来ていた。

 いつもの実験棟に足を運び、いつもの教室で椅子に座った。

 魔法の書物をいくつか目を通し、自分の筆跡を懐かしんでいると、シャノンが机を一つ叩いた。


「いい加減、話を聞かせろよ」


「何から話せばいいのか……」


 私は自分に起こったことをシャノンに語った。

 かつての自分との対話、それによって自分に何が起こったのかをシャノンに伝えた。


「じゃあやっぱりセレナが生まれ変わりだったんだな……」


「そうなるね。今もシャノンとどう話せばいいのかわからないもん」


 私はそう言うと頭を掻いた。

 シャノンは呆れたような笑いをすると「じゃあ、今まで通りってことだな」と言い、私の肩を叩いた。


「でも、私は伝説の大魔法師だよ? シャノンなんて一瞬で消し炭にできるからね」


「怖いこと言うなよ……まあ、怒らせないようにしないとな」


 シャノンはそう言うと、私の手元にあった書物に目をやった。


「ってことは、それってセレナ? が、書いたんだよな」


「まあそうなるね」


「今まで、自分が書き記して遺していた魔法を思い出すってことをやってたわけか。もしかしたら、潜在的にやってたのかもしれねーな」


「そうね……一つ一つ魔法を会得するたびに何か感覚が戻ってくるみたいな感じだったし、それはあり得るかも」


 私は重ねられた本を撫でると、シャノンは何かを思いついたように手を叩いた。


「なあ、どこまで覚えてるんだ? セレーナなら四百年前のこと、覚えてるんだろ?」


「まだ完全じゃあないのか、死に際のこととかは覚えてないの。精々三十代くらいの記憶までかな」


「全部は覚えてないのか……」


「城の抜け道なら覚えてるよ。私がよく城を抜け出すのに使ってたからね。街でよく遊んでたから、父によく叱られたよ」


 私は遠い昔、忘れていた父の顔を思い出した。そして父が倒れた時のことを思い出すと、私は拳を握り締めていた。

 シャノンは「へぇ」と大きな声で相槌を打つと、また何か質問を思い付いたのか、仰け反らせていた姿勢を急に戻した。


「ってことはさ、セレナは城に戻るのか?」


「……なんで?」


「だって、セレーナだった頃は城が家だったんだろ? なら、帰るのが普通じゃないか?」


「今はセレナだから、帰る家はいつものところだよ。言っておくけど、セレナでなくなったわけじゃないからね。セレーナに人格乗っ取られたとかでもないし」


「なるほどな。セレナでもあるしセレーナでもある。なんか面倒臭いな」


「わかってくれて嬉しいよ、シャノン」


 私は伸びをしてから立ち上がり教室へ帰ろうと言うと、丁度、学院長と生徒会長が私の元へとやって来た。

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