第4話

 部屋に戻った私はしばらく考えた。私という存在の謎についてだ。

 度重なる既視感、そして違和感。それらが何に裏付けされたものなのか、わかるはずもなく途方に暮れた。


「何かヒントがあれば……」


 私はそう呟いてから思いついたように魔力の玉を作ってみた。


「これくらい、昔からできてたしなぁ」


 気づけば扱えるようになった魔法。寧ろ、魔法が使えない人を異常とまで思った事もある。が、村の中では私が異常だった。

 その結果が、今である。追い出された村に未練はないが、これまで受けた仕打ちに対しての怒りは若干と言えばいいのか、燻る程度にはあったが、ほぼ無視していいものだった。

 遠い記憶を掘り返すような作業だった。しかも、なぜそのような感覚になるのかはわからずじまいで、何の解決にもならなかった。

 ただ、アイリスの魔法を受けた時、身体の奥底から蘇った何か。それは言葉で説明するのが難しいもので、ものと言えばいいのか、何かスピリチュアルなものと言えばいいのか、それもわからなかった。


 夜になり夕食をアイリスと共にするが、私はまだ浮ついた感覚に悩まされていた。


「どうかされましたか?」


「いえ……何というかこういう食事をするのが慣れてなくて」


 嘘だ。経験はないが、慣れてはいる。まるで夢で何度もしていたような経験だ。が、私は目の前のカトラリーを手順通りに使いこなして見せ、マナーもしっかりと守りながら食事を進める。

 それはこの前まで家畜以下の扱いを受けてきた、農村の娘とは思えないものだった。


「私もあなたがわからなくなる。本当に不思議な人ですね」


「よく言われます」


 私はそう言うと、デザートを食べ終わり、食後のお茶を楽しんでいた。

 嗜んだ事もないが、夢で見ていた気がするという表現がやはり正しいだろう。その記憶に従い、体を操作している。


「その様子ですと、魔法学院にはすぐにでも通えそうですわね」


「そうなんですか?」


「ええ、転入手続きは本日済ませております。ただ、今は長期休暇中ですのでその休暇明けから通うことになります」


 休暇はまだ一週間残っているらしい。その間私はこの王宮内に囚われの身として扱われるようで、少し嫌な気持ちになった。

 溜息をわかりやすく吐いた。それをみたアイリスは「少し窮屈かもしれませんが、そこはご容赦ください」と、丁寧に言ってくる。


「あの、何故王女であるアイリス様が私なんかをそうやって丁重に扱われるのですか?」


「なぜ……ですか? 答えは簡単です。調べてみたんですが、傍流ですがグリフィス家はかつて王家に名を連ねていました。しかし、魔法の力を失い王家を追われた。そのせいで一族の間で魔法嫌いが定着したのでしょうね」


「それは……魔法大戦以降の話ですか?」


「ええ。四百年前の魔法大戦。その時の伝説であるセレーナについては話しましたよね?」


「はい……ですが、それと何の関係が?」


 私は首を傾げると、アイリスは一つ咳払いをした。


「後付けの言い訳に聞こえるかもしれませんが、グリフィス家の祖先。それがセレーナなのです。セレーナも王家に名を連ねていました。セレーナの直系の子孫がグリフィスです。今はもう公にされることはなくなりましたがね」


 アイリスは話を終えるとカップを持ち、お茶を人啜り飲んだ。


「それが理由ですか? グリフィスであることと、魔法が使えること。それが理由で私を?」


「そうです。私はこれまでいくつもの書物を読んできました。王宮勤めの学者とも議論を交わしてきましたが、セレーナの日記というものがあります。彼女が転生の魔法を研究したとか。そんな都合のいい魔法、あるわけがないとは思いますが、現実を超越する力が魔法であれば、時を遡ったり、はたまた未来に行ったり。そういう事ができても、なんらおかしくはありません」


「その可能性で私を?」


「そうです。何度も地方地方で魔法力の高い人を探してきましたが、どれもハズレでした」


 私はそれを聞いて思わず笑ってしまった。

 それを見たアイリスは不思議そうに私を見る。その視線を感じながらお茶を飲み干すと、私は立ち上がった。


「残念でしたね。アイリス様の推測は外れです。私はセレーナの生まれ変わりではありません。それに、そうだとしたら、今の世では最強であり続けられるのでもっと早く立志していたと思いますよ」


「それです。それですよ、セレナ。あなたのその言動、凡そ十四歳とは思えません」


「私はちゃんと年齢を数えたことがないので……」


「だとしても、差異はせいぜい二つ三つでしょう。そう考えても達観し過ぎです」


 アイリスは距離を詰めてくると、私の懐に入り込んだ。それを見た侍女や執事はアイリスを止めに入るが、それを無視していた。


「私はあなたがそうであると、疑っています。そうでないとおかしいことが、沢山あるからです」


 私はアイリスを無視して食堂を出た。それを咎めるように近衛兵が私に無礼を働くな、と言ってきたがそれも無視して私はその場を去った。

 廊下の扉を開け、私はそこから外へと逃げ出すと、城の堀に飛び込んだ。

 濡れた体を魔法ですぐに乾かして城下町へと出ると、その活気に当てられ頭痛がした。

 街中では衛兵が大騒ぎをしていた。それに堀に飛び降りたのを見ていた者は、怪訝そうに私を見ていた。


 適当な路地裏で身を隠していたが、そこは猫の住処だったらしく、威嚇されたのですぐにそこを後にした。

 煌めく灯りの中を闊歩していると、城壁が見えた。


「ここが一番外か」


 私はそう呟くと、門番をしていた老人が私を見つけて声を掛けてきた。


「ここで何を?」


「何も……ただ当てもなく歩いているだけです」


「……もう暗い。早く帰りなさい。子供が出歩く時間じゃないからね」


 私はその言葉に従い、踵を返した。

 煌めく街に戻った私は、何故か嬉しい気持ちだった。やった覚えなのない努力が報われた気がしたからだ。また夢の中で何かをしていたのだろうか?

 少し城に近づいて見ると、何やら人集り出来ていた。

 好奇心に従い、私は人混みに紛れて見ると、その先には前に進みたいが邪魔されているアイリスがいた。

 街の人達も悪気があるわけではない。滅多に見られない王女を一目見ようと躍起になっている。


「いいから、退いてくださいませんか!人を探しているんです!」


 恐らく、私だろうと私はイタズラを思いついたように、後ろから「ほら、道を開けてください!」と声を出した。

 それからしばらく、アイリスの後ろについて道を開けるように声を上げ続け、ようやく人集りから脱出したころ、アイリスは私に礼を言ってきた。


「ありがとうございます」


「いえいえ。それよりお探しの方は見つかりましたか?」


 私はわざとらしくそう言うと、振り返ったアイリスは私の顔を見るやいなや、魔法で私に手枷を掛けた。


「あ、ちょっと!」


「捕まえましたわ……」


 私は衛兵に引き渡されると、城へと連れて行かれ、独房のような場所へぶち込まれた。

 致し方無い。窓があれば逃げ出してしまうのだから、窓もない牢屋に入れておくのが最善であると考えたんだろう。

 仄かな光しかない湿った空気の流れる空間で、私は溜息を吐き出し、その湿った空気を吸い込んだ。


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