第3話
この感覚に答えを与えるであれば『既視感』である。それもタチの悪い正夢の様なものだ。
書いたわけがないその書物の文字。隣にあった白い紙に一つ単語を書いてみると、筆跡がそっくりだった。
苦笑いを浮かべていると本を落としてしまい、私は慌てて本を取り上げた。
偶々開いていたページに書かれていた事が、私の脳を撃ち抜いた。その衝撃によって少し何かを思い出した気がした。
「この感覚は……」
私はそう呟くと、大量の冷や汗をかいていることに気づき、額の汗を拭った。ベタついた脂汗のせいで、手が汚れたのでそれを洗いに水場まで向かう。
「ここ……なんで知ってるんだろう……」
王宮内を歩き、私は中庭の傍にある水場へと向かった。
目の前にある井戸に懐かしさを覚えつつも、ポンプを動かし、桶へと水を入れる。
私の記憶、十四年だけのものではない気がして、自信を失っていた。
「ここにいらしましたのね」
「ア、アイリス……様」
おかしい。私の脳内にある記憶が何かを語りかけてくる。
「どうかされましたか?」
私は泳ぐ目を何とか留まらせ、首を傾げるアイリスを真っ直ぐに見た。
「お仕事は終わったんですか?」
「ええ、少し会合に父の名代で顔を出していただけですから」
アイリスはそう言うと隅にあった椅子に腰掛けた。そばにいた侍女がすぐにお茶の準備を指示し、アイリスはそこに居座るつもりなのだと察知した。
「ところでセレナ。あなたは伝説の魔法師であるセレーナをご存知ですか?」
「さっき読んだ書物の著者ですよね。私と似た名前だなぁっては思ってました」
「この国の歴史は今で四百年と少しですが、その黎明期を支えていたのがセレーナという人物です。古の魔法大戦の時も、彼女のお陰でこの国は戦勝国となれたと。そして何より、私の祖先でもあります」
「へぇ、そうなんですね……」
私がよそよそしくそう言うと、アイリスはせっかく戻った首をまた傾げた。
「あなた……何か隠していませんか?」
「な、なんのことやら……」
「私、思ったんです。セレナ、あなたは幼い頃から家畜以下の扱いを受けていたのに、やけに大人びた言葉の使い方をされますよね?」
「大人びたって……年相応かと……」
私がそう誤魔化すとアイリスは私に詰め寄り、ジッと私の瞳の奥を覗き込んだ。まるでその奥にいるであろう誰かを覗き込むように、その瞳が私の中に入ってくるようだった。
「私と魔法の手合わせをしていただけませんか?」
「え? アイリス様とですか?」
「私では力不足でしょうか?」
「そんなことは……実は人に対して魔法を使ったことがないんです。だから、力加減とか不安で……」
「でしたら、私の魔法を打ち消すことができるかをしてみましょう」
アイリスはそういうと、中庭の中央に向かった。
「いいですか、自分の前に壁を作るイメージで魔法を使ってください」
「壁、ですか?」
私はとりあえずそれをイメージし、目の前に魔法による障壁を作った。
「ちょっと試しますね」
アイリスは小さな魔力の塊を障壁にぶつけると、淡い光を放ちその塊が消えるのがわかった。
「それが防御魔法です。まあ、それだけではないですが、基本中の基本の魔法ですね」
「なるほど……」
私は自分の掌を見つめると何処か、こんなものか、と思っていた。
アイリスの提案したのは、その防御魔法がどこまで耐えられるかを試すといったものだった。アイリスの繰り出す魔力の塊を私は簡単に去なす。
何度ぶつけられてもそれは揺るがず、私は一歩も後ずさることなく、アイリスの魔法を受け続けた。
まただ。懐かしい感覚。この感覚はよく覚えている。
「なかなかやりますわね……。こう見えても学院では優秀な方と言われてますのよ。世辞抜きで」
「世辞抜き、ですか……」
私は一歩前に出た。するとアイリスはムキになったように魔法の強度を上げていく。
もう幾つの魔法を防いだか覚えていない。時間にして十分は経っただろうか。
「くっ……ここまでとは……」
「まだ続けますか?」
「次が最後です……最後は全力をぶつけますので、御覚悟を」
「わかりました」
私は念の為、脚を開いて身構えるとアイリスは全力をぶつけてくる。その魔力が障壁に当たり、無惨にも消えて行った。
「……私の全力を受け止めるとは、あなたは本当にすごいのですね。私も魔法学院ではそれなりの優秀な成績を修めているというのに」
「私もなぜかはわかりませんけど……」
「学院でも、同い年で私の全力を受けきれる人はいませんよ」
アイリスはそう言って侍女からタオルを受け取り汗を拭った。私は汗一つかいておらず、木陰に入ると服についた汚れを魔法で取り除いた。
屋内に戻り、私は部屋に帰ると疲れのせいかベッドに横たわり、眠りに就いた。
目を覚ました時には既に夕方で、私が起きるのを待っていた侍女が起きた私に着替えをするように言い、私は渡された服に着替えた。
ようやくかしこまった服から、楽な服に着替えられて私はホッとしていた。
「あの、一つ聞いていいですか?」
「なんでしょう」
私に付いてくれている侍女に、私はいつまで王宮にいなければならないのか尋ねた。
「そうですね……姫様からは何も伺っておりませんので……」
「……なぜアイリス様は私なんかを」
「それは私の口からはなんとも……ご本人に直接伺ってみては?」
「確かにそうですね」
私は部屋を出ると訓練所へ向かった。
迷わずに行けたのには理由がある。ずっと纏わりつく感覚。違和感のような、既視感のような。私はこの王宮を、何故か知っていると認識している。
「なんだい? 何か用かい、お嬢さん」
「えっと……」
髭を蓄えた剣士が、へとへとになり動けなくなった若者を鍛えている最中だった。
私は汗臭さが寧ろ懐かしさも相まって心地よいと感じていた。
「ちょっとお城の中を探検してまして……」
「あんた確か、姫様が連れて帰ってきた子だよな。レアルム島から」
「あ、そうです。私もなんでだろうって思ってるんですけど……」
若いが確かな実力を持っている男が声を掛けてきた。彼はカインと名乗ると、稽古に戻っていった。
「俺はアーノルド。騎士団の団長を勤めている。よろしくな」
髭を蓄えた剣士がそう名乗ると、私も名乗ってみせたが、彼は「大魔女に似た名だな……姫様はまさか、まだあの伝説を信じているのか?」と呟いた。
「剣を持ってもいいですか?」
「剣を? 別に構わんが、到底扱えるもんじゃないと思うが……」
私は用具入れに入っている鈍を手に取ると、まるで細胞の奥からブワッと風が吹いたようにこれをどう扱うかを思い出した。
「結構重いんですね」
私はわざとらしくそう言うと、アーノルドは笑いながら「そりゃそうだろ」と言った。
「姫様に連れてこられたってことは、魔法が使えるのかい?」
「ええ、まあ。一応?」
「一応って……」
「使い熟せてはいないだけです。あの若い剣士さんみたいに」
私はそう言うと、銀髪の剣士を指差した。
「レインのことか!確かに、アイツは最近入った新入りでな。ここ一週間、ずっとしごいてるんだ。ああ見えてカインに憧れて入ってきたんだがな」
「剣に振り回されてしまってますね」
「ほう。わかるんですか?」
「な、なんとなくそう見えるだけです」
私は慌ててそう答えると、アーノルドは訝しんで私を見た。
「まあ、あの姫様が連れて来たという事もありそれなりの何かがあるんだろうが
な」
「そんなことは……ないと思います」
私は俯き、自分の指先を見つめた。ただの血の通った指先。別に何も特別じゃない。
アイリスが私に何を見出したのか、いくら考えてもわからなかった。
訓練場を後にして、適当に王宮内をほっつき歩いていると、私を探していた侍女に
見つかり、部屋へと連れ戻された。
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