第2話

 脱衣場に出る前に大まかな水分をアイリスの侍女達に丁寧に拭き取られ、与えられた服を着て、私は寝室へと案内された。


「こちらでお休みください」


 何故か王宮の侍女達に丁重に扱われ、私は今まで見たことない大きさのベッドに腰を下ろした。

 ふかふかのベッドにまず驚いたが、何故か仰向けに寝転んだ時に見えた天井に懐かしさを覚えた。


「これは、一体……」


 受け止めきれない現実に脳が思考停止してしまった。私は、そのまま横向きに寝返って扉の装飾にある鳥の羽数を数えてしまっていた。

 一つ二つと、数えていると扉が開きアイリスが侍女を引き連れて入ってきた。

 私は尋ねたいことが沢山あった。しかし、それをアイリスは許さず、先に話を始めてしまった。


「少し疑問に思うこともあるだろうとは思いますが……まず何故、あなたが悪霊少女などということになったのですか? 先程はちゃんと聞かせていただけませんでしたので」


「本当に取って付けた口実です。魔法が使えることをそう例えたのかもしれないです」


 私は包み隠すことなくそう言うと、アイリスは呆れたような表情を浮かべると、私の隣に座った。


「そうですか。辺境の地域とはいえ、未だにそのような思想があるのは少し残念ですが」


「私も望んで持った力ではないんですけどね」


「それはそうでしょう。私だってそうですから」


 アイリスは自分の掌を見つめてから、その手を握り締めた。


「あなたのご家族は全く魔法の才能がなかったのですか?」


「兄弟の中でも私だけが魔法の力を持ってましたから……。だからか、両親から殆んど愛された事もないです。兄弟は私に接してると怒られるんで、陰でこっそりご飯を分けてくれたりしてました」


「そんな……」


 アイリスは絶句すると、まるで何かを思い出したようにハッとし私に向かって「そうです!こちらに来てください!」と言って私を連れ出した。


「ど、どこに行くんですか?」


「食事にしましょう。あなたは少し痩せすぎてます。料理長に沢山作るように言っておきますから」


「いやいや、そんなに食べられないですよ!」


 私が焦りながらそう言うと、アイリスはそんなこと聞く耳を持たなかった。

 食堂へ着くや否や、テーブルに座らされ、使ったことのない様々なナイフとフォーク、それにスプーンと対面した。これはなんぞや、と私が首を傾げていると黒服を来た執事さんが「まずは外側のフォークをお使いください」と言ってくれた。

 サラダから始まった食事に衝撃を受け、その新鮮さに驚くと私は草か野菜かわからない葉っぱを食べながら、ドレッシングの塩気に何となく有り難みを感じていた。


「急いで食べなくても、誰も取りはしませんから」


 アイリスは笑いながらそう言うと、私から見ても上品にサラダを食べていた。私はそれを真似るようにしてサラダを食べた。

 すると背後に立っていた執事さんが驚いた様子を見せ、それに気づいたアイリスが何事かと様子を窺っていた。


「セレナ……あなた、こういった食事は初めてではなくて?」


「何というか、どこか染み付いたものがあるような……」


「染み付いたもの?」


「記憶……ですかね。あはは、可笑しいですよね。私なんて田舎の村で家畜と変わらない食事しかしたことないのに」


 私はそう言うと、自分の中の違和感と戦い始めた。

 脳から伝わる信号が、手の筋肉を動かす。その信号が自分の物のようには感じない。それはまるで、違う自分。何か違う存在の物のように感じたのだった。


「やはりあなたは面白いですね」


 アイリスがそう言うと、私は苦笑いを浮かべるしかなかった。

 その後も慣れてないはずのナイフフォークに苦戦することなく、まるで使い慣れたように扱い、綺麗に食事を終えた。特にメイン出てきた鴨のローストが絶品だったと料理長を褒める始末で、その空間に居た誰もが驚いていた。


「……セレナ、改めて窺いますが、あなた一体何者ですか?」


「もう自分でもわからなくなってきました……」


 皿を下げるメイドの表情を伺うと、どこか引いたような顔をしていた。

 食後のお茶を楽しんでいると、アイリスが今後について詳しく話し始め、私はただそれを聞くだけだった。


「セレナには暫くここに居てもらい、基本的な読み書きを修得してもらいます。それから魔法学院に入学してもらう流れになります」


「読み書き……ですか?」


「はい。あなたの生い立ちからするに、そのあたりは修得されていないと思いまして」


 私は居心地の悪い表情をする。

 そして私は昔から不思議と文字が読め、そして書ける事をアイリスに告げると、とりあえず直ぐに魔法学院に入る流れに変わった。


「本当、悪霊でも憑いているんじゃないですか?」


「ではその悪霊が教えてくれたとでも?」


「そもそも、人と触れる機会も少なかった割に、あなたは少し社交的過ぎるのも疑問に思い始めました」


 私は自意識の外だった事を言われ、首を傾げて「なぜでしょう?」と言う他無かった。


「あなたという存在の底知れなさが、少し恐ろしくなってきました。手綱をちゃんと握っておかないと、何か起きそうですね」


 アイリスの強張った表情と、私の間抜けな表情が猛獣と飼い主という関係性を物語っていた。


 一夜明け、朝日に叩き起こされ、私は侍女が用意した洗面用のお湯で顔を洗い、歯をブラッシングすると着替えた。

 アイリスのお古のドレスらしいが、ドレスなんて来たことがない。こんな動きにくい服を来たことはない。そうか、これが手綱という名の枷なのかと、納得していた。


「よくお似合いですね。あと、髪も整えたほうがいいですね」


 理容師が入ってくると、私の金色の髪に鋏を入れる。雑に伸びていた髪をいつもはナイフで切っていたが、それが綺麗に整えられていく様を見ていると、父がやっていた芝刈りや垣根の剪定を思い出した。


「どうですか?」


 今まで見た中で最も綺麗な鏡に映った自分の顔が、自分でないように見えた。殆んど自分の顔を見たことがなかったので驚いたが、自分の青い瞳が綺麗に思えた。

 伸びっぱなしだった髪を整えて、リボンでひとつ結びにし、ポニーテールにしてくれた。


「よくわかりませんが……いいですね」


「よくわからない、ですか……」


 アイリスはそう言うと、仕事があると部屋を出て行った。


「アイリス様はまだ子供なのに、お仕事をされているんですか?」


 私は部屋に残っていた侍女に伺うと、立派にお勤めになられてます、と侍女は言うと、用があれば声を掛けてくれと部屋を出た。

 アイリスに与えられた魔法についての教則本を読むことになった。懐かしい文字や、懐かしい言葉。その筆跡にすら懐かしさを覚え、私は気持ち悪くなり途中で読むのをやめた。

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