生まれ変わった未来で、私はまた伝説になる

みゃこいち

1.出会いは運命とは限らない

第1話

 私は大きな船に乗せられていた。港町から次の港まで、この薄暗く生臭い部屋に閉じ込められていなければならない。

 大人達は私のことを、悪霊が取り憑いた娘と呼んだ。私にはそんな自覚もなければ、言われる筋合いも無い。

 ただ、私は幼い頃から魔法が使えた。魔法を忌み嫌う村に生まれてしまったせいもあり、そういうレッテルを貼られてしまったのだろう。

 そして何より、歳不相応の了見を持ち合わせており、それが悪霊の仕業であると仕立て上げられた。

 船内での食事はちゃんと運ばれてくるが、粗末なもので何日前に焼いたかわからないパンと、冷えたスープ。恐らく、スープは残り物だろう。何故ならば、具なんて入っていないからだ。


 それでも貴重な塩分と水分なので、私は貪るようにそれらを口にする。

 大きな汽笛の音が聴こえると、港に着いた合図。碇が沈められると、部屋の扉が開く。枷をつけられたまま私は歩き、見物客に冷ややかな目を向けられ、私は船から島へと降り立つ。

 でかでかと掲げられた看板にレアルム島と書いてあり、私はその島に来たという実感を得た。


 ただ、見上げた空が鉛色だったことが残念だった。久しぶりに見る空は、青空が良かったなと私は泣きそうになりながら思っていた。

 髭と贅肉を蓄えた男が私を見下ろすと、鼻で笑った。私だってそんな醜い姿を鼻で笑ってやりたかったが、殴られるのはもう嫌なのでやめた。


 綱を引かれて私は街の中を歩く。活気のある市場の真ん中を、白い目で見られながら歩いていると、大きな建造物が目の前に鎮座していた。

 どうやらこの国でも有名な教会らしい。村の質素な教会では除霊できないと、ここへ連れてこられた。聖域とも呼ばれる教会内に、私は入ることを許されなかった。

 中から牧師が出てくると、私を裏の説教部屋に連れていくと聖書を持ち、聖書から有難い言葉を取り出し説教を始めた。

 正直なところ、何も響いてこない。これは、悪霊が憑いているが故なのだろうか?

 得意気な顔をして聖書を読み終えると、牧師は私に向かって十字架を翳した。もちろんだが、何も起こらず、私はただ首を傾げた。

 恐らく、その行為が牧師を挑発してしまったのだろうか、私は教会で預かられ、地下の反省室に放り込まれた。


 結局、船の中と変わりない暮らしが始まり、罰を与えるためかそれとも価値観を狂わせるためか、食事は一日二回だった。最早、この手段に慣れてしまっていた私は、船での食事より鮮度が良いことと、おかずの多さに喜んでいた。

 そしていつまで経っても屈伏しない私に業を煮やした牧師は、私を聖域とも呼べる教会内に連れ出した。


 これでどうだ、とまたも得意気な顔をしていたが、私は何も感じなかった。これはもしかして、演技でも良いから苦しんであげた方がいいのかな、と私は催眠術にかかる時を思い出していた。

 待て。何故そんな事を思い出すんだ?

 私は……私のはず。まだこの世に生を受け、十四年しか経っていないはずだ。

 私は一体……。


「おや。悪霊に取り憑かれた少女がこの街にいると伺い来てみたら、意外と普通の子供じゃないですか」


「な、なんだお前は!」


 牧師は険しい表情を浮かべそう言うと、私はその声を向けた方を向いた

 そこにいたフードを深々と被る同い年くらいの少女に私は目線を遣った。


「子供って……あなたも子供じゃないですか」


「あら、話せましたの? では、お名前を伺っても?」


「……セレナ・グリフィスです」


「グリフィスですか。となると、ロビンソン地方の出身かしら? だとすれば、何故こんな島に」


「ただ連れてこられただけです」


 私はそう言うと、彼女をじっと見つめた。すると、彼女は私の目を見つめ何かを感じ取ったようで、息をするのを忘れていた。


「名乗るのが遅れました。私はアイリス。アイリス・エクセサリアです」


「ま、まさか王女殿下!?」


 牧師はすぐさま跪くと、頭を下げた。


「王女……お姫様ってこと?」


「ええ、そうよ。さ、一緒にここから出ましょう」


「何故ですか?」


「何となくです。あなたの瞳から感じた何か、それを私は解き明かしたいんです」


 アイリス・エクセサリアが差し伸べた手を、私は取る。それは恐らく、今後の未来に関わる重要な選択だったと、未来の私は思うのだろうか。

 そのまま馬車に乗せられて、来た時とは比べののにならない豪華な船で本土へと帰ると、彼女に連れられたまま、私は王宮で湯浴みをしていた。


「な、なんで?」


 流るるままの現状に、頭が追いついておらず、薄暗い室内だったはずが、大きな窓から差し込む光と、沢山の照明により、私は煌々と照らされていた。


「湯加減、いかがかしら?」


「えっ!あ、丁度いいです」


 裸のアイリスを見てはいけない、と私は目を逸らした。するとアイリスは笑いながら、女の子同士なのに、と言った。

 彼女が立てた波が私にぶつかると、私は目のやり場に困りつつも、彼女の方を向いた。

 私との違いは、何もかもだった。私が持っていないものを彼女は持っている。その肉付きのよう体もそうだし、艶のある髪もそう。ボサボサの髪と、劣悪な食生活のせいで骨と皮くらいしかない私は、自分の体を見るのが嫌になった。


「しかし、どれくらいあのような生活をしていたのですか?」


「半年くらいです。でも、何となく理由はわかってます。村の口減しですよ。今年は丁度不作で、村の食糧事情も危ぶまれてましたし」


「そうですか……とはいえご両親だって、育ち盛りの娘を放り出すものなのでしょうか?」


「上も下も兄弟がいたんで……丁度良かったのかも知れません」


 私はそう言うと物悲し気な顔をしたのか、アイリスは心配そうに私を見た。

 少しだけアイリスは距離を詰めると、一つ呼吸をした。


「あなたが悪霊少女と言われた理由は、何かあるんですか?」


「……私、小さい頃から魔法が使えるんです。あまり使うと怒られるし、昔ロビンソン地方であった魔女狩りの対象にされるかもしれないから、あまり使ってないですけど」


「やはり……あなたの瞳の奥から感じ取れたのはそれでしたか。魔力を有するものは、この国では先の魔女狩りと呼ばれる魔法師狩りがあったせいで、あまり多くありません。近年、他国では意図的に魔力を有するもの同士を結婚させ子供を作ることで、それを増やしていると聞きます」


「つまり、その魔法が使えるものの数で、国の力が示されると?」


「そうですね。もちろん、数だけではなく力や技量もそこに反映されますがね」


 アイリスはそういうと、水の玉を宙に浮かせた。


「アイリス様も魔法を?」


「ええ。こう見えて王立魔法学院の中等部の学年首席ですのよ。それにこれは簡単なものですから、あなたもできるのではなくて?」


「わ、私は……」


 目を瞑り、念じてみるがとてもではないが球体を作り出すことはできなかった。が、隣を見ると、アイリスは驚いて目を丸くしていた。


「あなた……もしかしたら、すごい逸材なのかもしれない」


 アイリスはがそう言うと私は目を開いた。

 すると目の前に球体どころか、湯船のお湯が全て宙に浮いていた。


「あ、あれれ?」


「あなたはまだ、魔力を使い熟せていないようですね」


 アイリスは私にそう言うと、王立魔法学院への入学を進めた。


「歳の近い者と共に切磋琢磨しながら魔法の技術を磨けます。いかがでしょう」


「私は別に技術の向上とかには興味は……」


「しかし、それほどの行使力をお持ちなのです。今の世の為、我が国の為になってはくれませんか?」


 私はしばらく黙ると、アイリスは溜息を吐いて肩を落とした。


「……少し考えさせてください」


「わかりました」


 私はそう言うと浴場から出た。

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