最終話 それぞれが手にしたもの


 十一といちくそ! ユイちゃんに手ぇ上げやがってぇ!


 っ⁉ なに⁉ 体が引っ張られる⁉


 痛い痛い痛い痛い!


 僕の体が、パンティーが破けそうだ!


 何が起こってるの⁉


「おい……嘘だろ……」


 十一の糞野郎が何かを呟いてる。


 え……?


「なんだこのクソブス⁉」


 脂ぎったぼさぼさの黒い髪の毛に、そばかすまみれの汚い顔。目は小豆みたいに小さく、鷲鼻で唇もカサカサで、並びの悪い黄ばんだ歯。


 左右で顔のバランスが悪く、推定百キログラムはあるんじゃないかってくらいのデブ。顔や背中にはニキビが大量にできていて、体臭もキツイ。


 気が付けば僕を履いているユイちゃんの体がそんなモンスターに変わっていた。


「変身を解除したの。ユイは私よ」


「はぁああああああああああああああああ⁉」


「まさか私以外にも変身してるやつがいたなんてね」


「お前じゃたたねーよぉぉぉぉおおおおおおおおおおおお‼」


「あんたみたいなやつに抱かれなくてよかったわ」


「戻れよぉぉぉぉおおおおおおお‼ まだ回数残ってんだろぉぉぉおおおおおお⁉」


「嫌よ」


「ふざけんなよぉぉぉぉおおおおおおおおおお‼」


 田中はユイちゃんだった何かに馬乗りしたまま物凄い形相で拳を振り上げた。


 え……? こんなブスがユイちゃん……?


 ガチャ


「おい田中! ユイちゃんはどこに行った?」


「わわわ渡辺さん⁉ 何でここに⁉」


 嘘だよ……何かの悪い夢だ……


「お前がユイちゃんと歩いていたと聞いてな……隠したらどうなるか分かるだろう?」


「こ、こいつですよ! こいつがユイです! 俺たちを騙してたんですよ!」


 夢だよね……? だってこれが夢じゃなきゃ僕は……


「何をバカなことを言ってるんだお前は! こんな排泄物がユイちゃんなわけあるか! どこだ! 言え!」


 僕は……こんな気持ち悪い奴に鼻の下伸ばしてたっていうことになってしまうじゃないか……


「だから本当ですって! ユイはこいつが変身した姿だったんですよ!」


 コツコツ稼いだ金をこんな奴に払ってたのか……


「私をからかってただで済むと思うなよB専が……ユイもお前も今度会ったらヤクザに売り飛ばしてやるからな!」


 嘘だろ……? 嘘だよ……


「や、ヤクザ⁉ ど、どうしよう……大ごとになっちゃった……」


 嘘じゃなきゃダメなんだよ……嘘じゃなきゃ……嘘じゃ……きっ!


「ああ気色悪い気色悪い。金持ちの私がこんなところでブスの裸を見てしまうとは……サブいぼたっちゃった」


 ガチャ


 僕は自らドブに金も時間も捨ててたってことじゃないかぁぁぁぁあああああああああああ‼


 しかもこんな臭い奴のパンツになんて、お、おえぇぇぇぇ‼ おえっ……はぁ……はぁ……おえええぇぇぇぇぇぇぇぇ‼


 気持ち悪いおえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ‼


 お願いだから‼ 速く脱いでくれぇぇぇぇぇぇぇぇええええええええええええええええええええっっっ‼






***






 こいつら人の事散々言いやがって、自分らも似たようなもんだろ⁉ 金持ってるだけのブスと、変身してるだけのブスじゃねぇかよ‼


「どけよ糞野郎!」


 パチン!


 最悪だ。もう変身の残り回数は無い。それにユイの姿はもう使えない。せっかくここまで頑張って来たのに、また一からやり直し?


「いて……ヤクザ……どうしよう……どうしよう……」


 いや……もう実家に帰ろう……


 私もこいつらと同じだ。


 仮初の姿を手に入れても、中身はちっぽけな私のまま……


 誰も私の中身なんて見ちゃいない……元の姿に戻った瞬間に、ゴミを見るような目を向けられる……あれは……


 私が例のファンクラブの会長に向けていた目だ……


 結局私も奴らとおんなじで、外見でしか人を判断してなかったってだけ……知らず知らずのうちに私も下らないと思っていた価値観の中で生きてたってだけ……


 バカな私にはお似合いの最後よ……身の丈に合わないことはもうやめて、地元の工場で安月給をアイドルに捧げる日々に戻ろう……


 アイドルなんて……


 結局追いかけている時の方が純粋に楽しんでた……


 魔法の力を手に入れて、分不相応にも憧れちゃったんだ……


 私自体は根暗で性格ひん曲がってて容姿を磨くことを馬鹿にしてたあの頃から何も変わってはいなかった。


「そうやってビビってる方がよっぽどお似合いよ! じゃあね!」


 バタン!


 びりびりに破けたドレスをパツパツにして走った。


 直ぐに息が上がる。元の私なんてこんなものだ。


「はは……あはは、あははははははははははははは!」


 そうだ! 私なんてこんなものだったんだ!


 肺がはち切れそう! 足が重い! 脂肪が邪魔!


 でも! これが私!


「あははははははは‼ あーっはっはっはっはっはっは‼」


 なんだかすごく遠回りしてた気がする。


 こんな簡単なことに気が付かなかったなんて、なんてバカなんだろう!


 人を羨んだり妬んだりする暇があったら、自分を磨けばよかったんだ!


 仮初の姿でズルするんじゃなく、等身大でありのままに! 私らしく夢を追いかけよう!


 まずはダイエットから始めなきゃ!


 ちょっと伸びちゃったかもしれないけど、またこの可愛いパンツが似合う自分を目標にして頑張るんだ!


 愚かで浅はかな失敗の記憶を忘れないように。


 輝かしい未来の成功を描き続けられるように。


 いつかまた履ける時まで……


 パンツは大事に残しておこう。

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オタクがアイドルに変身魔法で takechan @takechantakechan

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