第3話 夢と現実と白昼夢


 次の日。疲れが取れて久しぶりに気持ちのいい目覚めを体験した私は、朝からレッスンに出かけた。


 鏡に映った可愛らしい自分を見ながら、独りで黙々と振付の練習をする。


 ふぅ……ここの振付……なんかしっくりこないんだよね……


「おつかれ~。ユイ早いねぇ~いつからやってんの?」


「いや遅いよサヤ! 今日は朝から練習しようって送ったじゃん!」


「え? あ、ほんとだごめーん。彼にスマホ見られたらヤバいから電源消したままにしてたわ」


「まだ同棲してんの? 売れてきたからバレる前に別れるって約束したでしょ?」


「彼がうちを離してくれないの」


「はぁ……浮気してるくせに」


「なに? そう言うユイもどうせイケメン捕まえて食いまくってんでしょ? なんせセンターだもんね! 可愛いもんね!」


「するか! 私まだ処女だし!」


「え⁉ うそ⁉ マジ⁉ なんでなんで⁉」


「アイドルだからよ! ……はぁ……せっかくここまで頑張ってきたんだからさぁ……サヤももっと自覚持ってよ……」


「ほんとユイってアイドルバカだよね……」


「おつかれーい!」


「おーおつかれー。ミカどしたの? テンション高いじゃん」


「いや自販機に百円お釣り残っててさー!」


「ガキか」


「あれ? なんか話してた?」


「そうそう! ミカ聞いてよ! ユイったらまだ処女らしいよ!」


「マジ⁉ それはありえんてぃーでしょ⁉」


「ちょっと私のことはもういいでしょ‼ サヤもミカも遅れてきたんだから頑張って‼」


「「うぃー」」


「……照れてるね」


「だね」


「んもう! 二人ともダンスまだまだぎこちないんだから真面目にやってよ!」


「「うぃー」」






 夕方。マネージャーから事務所に呼び出された。


「あの……急に話があるってどうしたんですか?」


「実はですね……」


「なになにマネちゃん? ぶーしゅん? 撮られた?」


「いえ……実はサンセットゾーンに社長から直々に話がありまして……社長室で待ってると……」


「え⁉ つらたん、めっちゃ汗かいたんだけど……臭い、クビ! とか言われたらどうしよう」


「いやミカそれは流石にないでしょ」


 マネージャー含め、四人で社長室に入る。


「「「失礼しまーす!」」」


「おお来たか! いやーお前らいいね! 最高だよ! 歴代最高の売れ速だ! はっはっは!」


「あ、ありがとうございます」


「グッズもライブもラジオも絶好調! そんなお前らになんとレギュラー番組が決まった!」


「ま、まじすか?」


「マジだ! しかもゴールデンだ! 日曜だ! これは凄いぞ! 一気に日本全国へ名前が売れるぞ! テレビ出演で活躍すれば武道館ライブも目の前だ!」


「マジで……?」


「マジだ!」


「でもうちら売れてきたって言ってもまだまだ地方アイドルですよ? いきなりそんな……ゴールデンなんて」


「ああ、そうだな! 勿論これはお前らの実力だけじゃない!」


「……」


「渡辺製薬の渡辺会長は知ってるか?」


「ええ。確かうちのパトロンですよね?」


「一番のな! 他の方々とは比較にならない額を援助してくださっている! その渡辺会長がこの話を持ってきてくれたんだ! こんなチャンス二度とないぞ?」


「す、凄いっすね……」


「でだ! 明日の夜! 大きなパーティーに参加する予定になっているだろ?」


「は、はい……色んな界隈のビッグな人が来るとか……だからコネを作って来いって話でしたよね……?」


「そうだ! そこに渡辺会長も参加される! もう言いたいことは分かるな?」


「ええ……」


「何があっても絶対服従だ! くれぐれも不況を買う事なんか無いようにな……! 分かったか?」


「「はい‼」」


「ユイ……浮かない顔をしているぞ? どうしたんだ?」


「な、なんでもないです! 頑張ります!」


「はっはっは! お前が頑張り屋なのは知ってるよ! 明日も頑張れ! 以上だ!」


「「「し、失礼しました!」」」






「ユイ! 酷い顔してるよ? 大丈夫?」


「サヤとミカは大丈夫なの……?」


「うちらはその……こういうのには慣れてるからさ」


「そうだよ、ユイと違ってこの業界長いし……無理に抵抗しなければ酷いことはあんまりされないからさ」


「初めてなら緊張すんのも分かるけどさ……この際思い切って捨ててみれば案外大したもんでもないよ?」


「…………二人ともありがとね! 私今日は帰るわ! おつかれー!」


 二人に背を向けて、そそくさとその場を後にした。


 私の空元気は二人にはバレバレだったよね……


 最悪だ。最悪だ。最悪だ!


 渡辺会長って言ったら金に物を言わせて、とんでもないことを平然と要求してくるって噂だ! この界隈ではあの脂ぎったデブおじを知らない子なんていない!


 目を付けられたら壊されるって皆怯えてる!


 どうしよう! どうしよう! あんなのに純潔を奪われるなんて嫌だ! 絶対に嫌だ!


 でもゴールデン……


 武道館……


 ああもう! 考えるのメンドクサイ!


 とっとと風呂入って寝よ!


 明日のことは明日の私が考えればいいのよ!






***





 はっ!


 気が付くと僕はシャンプーのボトルに戻っていた。


 ああ死ぬかと思った! 臭いしキモイし最悪の旅行だったよ! もう二度とあんな思いはしたくないね!


 でもこっちが本体で本当に良かった。切り離された方は一定の距離が離れるか一定の時間がたてば意識が保てなくなるなんて知らなかったよ……


 説明書に書いておいてほしいもんだよまったく!


 まっ、読んでないの僕なんだけど。


 かなり長い時間意識を失っていたような気がするけど、今何時なんだろう?


 ガララ


 え? ユイちゃん⁉ ユイちゃんが入ってきた‼


 てことはほぼ丸一日経ってたのかな?


 おお! おおおお! おおおおおおおお! おおおおおおおおおおおおおおおお‼柔肌サイコー‼


 え? そんなところまで洗っちゃうの? いいの? いいんだね?


 うっひゃーーー! 最高じゃないっすかぁ!


 マシマシー! エクスタシーマシマシー! ヤバいよ! ヤバいよ! そんな手つきで洗ったらヤバいよ!


 気持ちよすぎて快感のソナタ奏でちゃうよ! 新しい音楽作っちゃうよ! マーラーがシャブリエでドビュッシーだよぉぉおおおおおおおお!!






 うん。知ってた。こうなることは分かってた。


 快感絶頂から一気に地獄へ。


 気持ちよくオーケストラの指揮をしてたら、サビ直前で客も奏者も全員帰っちゃったみたいな儚さ。


 おお、下水道の友達よ。そなたは誰のクソなのだ? って親父ギャグかやかましいわ! 僕まだ二十代だし! お兄さんだもんね!


 はぁ……うんこに向かって何やってんだろ僕……


 さて、そろそろユイちゃんは寝静まった頃かな? もうこんなところはこりごりだから一回元の体に戻らせてもらうよ。


(へ・ん・し・ん・か・い・じょ)


 おっ戻った戻った。


 いやーまさか二回も下水道旅行することになるなんてね。まぁユイちゃんの体をアンコールできたのは素直に良かったですはい。


「でゅふ」

 

 おっと今は僕の体なんだった。油断したら寝ているユイちゃんにばれてしまう。電気をつけるわけにもいかないし、音を立ててもいけない。


 あれ? これちょっとまずい状況なんじゃ……? 


 変身は後何回残ってたっけ? カードキー、歯ブラシ、ボディーソープだからあと四回か。


 まだまだ半分以上あるじゃん! 余裕だね。


 ユイちゃんが起きる前にこっそり部屋の中を物色して次何になるか考えないと。


 抜き足差し足忍び足~と。


 ぎし……ぎし……


 僕デブだからどんなにゆっくり動いても無駄だった。


 ワロスワロスわろとる場合かっ。


 あっそうだ! ここ最近の事を十一といち氏に自慢してやろう! 曲がりなりにも十一氏のおかげで変身魔法を使えてるわけだしね!


 現状報告は大事大事っと……


 十一氏へ。

 贅沢に七回パックを買ったぉ!

 ユイちゃん家で変身ライフ滅茶滅茶楽しんでるぉ!

 あれからカードキーに変身して――――――

 歯ブラシになって――――――

 ボディーソープになって――――――

 毎回変身解除しなくちゃいけないのがちょっと面倒だよね。

 でも僕これハマったかも!

 あと四回使い果たしたら、次もまた七回パック買っちゃおうかな!

 十一氏もイケメンライフ楽しんでね!


 おっけ! 送信!






 おおおおおおおおおおおおおおおお‼ ユイちゃんの寝顔ぉぉ! ウルトラカワユス!


 はぁ……はぁ……可愛いねぇ可愛いね。天使みたいだねぇ。この世のものとは思えない可愛さだよぉ。


 あ……ああぁぁ……そんな……神様……僕はなんて幸せ者なんだ……まさか生きてるうちにこの目で見ることが出来るなんて……


 自然と涙が込み上げてくる……


 ピンクで……サラサラしてて……その小さめのプリティーなお尻半分見えちゃってるゆるゆるのサイズで……


 相当履きなれてるんだろうな……寝やすいんだろうな……


 男受けなんて全く考えていないリアルなパンティーが目の前にあった……


 パンティー……パンティーだと……?


 ビビーン‼


 その時、佐々木健太に電流が走る……‼


 僕としたことがこんな初歩的なミスをするなんてね!


 歯磨きやボディーソープでは凄く短い時間しか一緒に居られなかった! でもパンティーになれば一日中一緒に居られるじゃないか‼


 うおおおおおおおおおおおお‼ おおおおおおおおおおおおおおおお‼


 はぁ……はぁ……大好きなユイちゃんの……隠された場所を堪能することが出来る……


 いや僕が隠す側になるんだ……


 正真正銘僕だけのもの! 僕だけの特等席‼


 おっとそれじゃただの変態みたいじゃないか! 目的を忘れてはいけないぞ!


 僕はユイちゃんを癒してあげる為にここにいるんだ!


 履き心地のいいパンティーになって安心感をプレゼントしてあげよう!


 ふふふ。奇しくも願望と目的が合致してしまったようだね……自分が天才過ぎて恐ろしいよ!


 ふふふふふふふふふふふ……


(へ・ん・し・ん)






***






 来ちゃった……

 

 煌びやかな夜のパーティー会場。テレビで一度は見たことのある大物たちがあちこちにいる。


 結局サンセットゾーン三人揃って出席だ。


 マネージャーに渡された露出の多いドレスを着て、髪の毛もバチバチにセットして、勝負下着まで履いてきてしまったああああぁぁぁぁぁ……!


 てかなんで新品のパンティーを抱きしめたまま寝てたんだろう? しかも普段の私じゃ選ばないような可愛らしいパンティーを……


 私ってマジで記憶喪失の気があるのかなぁ? 流石にこう何度も続くと怖いんだけど……


 まぁいっか。


 妙にフィットするし、履き心地えぐいし。今考えたって無駄無駄!


 それより、渡辺会長にだけは見つからないようにしないと……


「やぁ。サンセットゾーンのユイちゃんだね。いつも楽しみに見させてもらってるよ」


「はい! 応援ありがとうございます!」


 人当たりのよさそうなおじさんが手を差し出してきたので握手で答える。


 げっ!


「おっと自己紹介が遅れたね。私が渡辺だ。よろしくね?」


 いきなりかよぉぉぉぉおおおおお‼ 心の準備なんもできてないよぉぉおおおお‼


 しかもめっちゃいやらしい視線で見てくるぅぅううう‼


 サヤぁ、ミカぁ、たしゅけてぇぇぇ……ってもういないぃぃぃぃ‼ 他の人に捕まってりゅぅぅぅぅ‼


 このままじゃあんなことやこんなことされちゃうぅぅぅぅ‼


 どうしよう……どうしよう……どうしよう……!


「あ、あの……ちょっとお色直しに……」


 走った。滅茶滅茶走った。返事も待たずにトイレを探した。顔を見る勇気もなかった。勝負下着まで履いてきたのに、いざとなると怖かった。


「おっ! ユイじゃん! 来てたんだ!」


 女子トイレに駆け込む直前。やけに耳障りのいい声で、男子トイレから出てきた誰かに話しかけられた。高級そうなスーツのズボンで手を拭きながら馴れ馴れしく近づいてくる。


「俺とここ抜け出さない? ここにいるの高飛車な女ばっかで飽きてきたんだよね」


 スーツのボタンを全開にして、中には趣味の悪い髑髏とキラキラした英字の描かれた服を着ている。

 だがそれすらもカッコよく着こなしてしまっている。


「うそ? 田中一たなかはじめ?」


「そうそう! 今一番イケメンの田中一たなかはじめです! なんちって」


 寒いギャグも、痛いノリも、この男が言うなら許される。


 だって田中一は最近デビューしたばかりなのに、破竹の勢いで売れて、今では国民の顔とまで言われる超絶イケメンモデルなのだから。


 キャーーー! ちょーーーイケメン! かっこいいーーーっ!


 デリカシーのない言葉も、自己中なことろも、俺様系って思えばむしろご褒美!


 ヤバい! テンション上がって来た! 私の目の前に本物のイケメンがいる! イケメンと喋っちゃてる!


 やっべーーー!


「なぁ、いいだろ? こんなとこバックレて俺と一緒に踊ろうぜ? 子猫ちゃん」


 うわだっせぇーーーっ! やっべーーー! かっけぇーーー! だっせぇかっけぇーーーっ!


「でゅっでゅふ……」


「はっ?」


「いやあのその……い、いきます」


 はっ! 返事しちゃったよ! でもあのキモデブおやじに捕まるくらいなら、イケメンに抱かれた方が……


「それじゃ行こっか」


 うおおおおおおおお! 手ぇ握られてるぅぅううううっ!


 やっべ鼻血でそう……






 パーティーは高級ホテルのホールで行われている。直ぐ上の階は高級スイートだ。


 ぼふっ


 部屋に入るなり彼は私に覆いかぶさるようにベッドに押し倒した。


「た、田中君……シャワー……浴びないの?」


「ああ? んなのめんどくせぇだろ? それに化粧崩れるから浴びねぇのが常識だぜ」


「そ、そうなんだ……」


「それに汗くせぇ方が興奮するだろ?」


「そ、そう……かな? ……はは……わかんないや……」


「緊張してる?」


「やっぱり、バレちゃうんだね……私初めてなの……」


「は⁉ マジで⁉」


「なんで皆驚くかなぁ……」


「マジかよ……じゃあ俺が初めての男ってわけだ! うっひょぉぉぉぉおおおおお!」


「ちょっとえ? ……びっくりしたぁ」


「わりぃわりぃ! ……じゃ……しよっか」


「…………う……うん」


「へぇ……可愛い下着」


「あっちょっと待って……」


「なに?」


「その……恥ずかしいから……電気……消して?」


「ああ……」


 田中君は電気を消そうと手を伸ばすふりをして、


「んん⁉」


 いきなり唇を重ねてきた。


 そんなぁ……ふいうちだよぉ……


「ずるいよぉ……」


「ははっ楽しんでもらえたようで何より」


「もぅ……」


 ピロリン!


「ちっ誰だよ……」


「なに……?」


「ごめんごめん電源切ってくるわ」


「うん……」


 田中君は机の上に置かれたスマホを確認しに行った。


「なんだマネか……タイミングわりぃなぁ……来週の撮影? そんなの来週決めたらいいだろ……」


 結構独り言の多いタイプのようだ。


「おっ健太からメッセきてんじゃん…………ははは! バカな奴だぜ全く!」 


 本当に独り言⁉ 声でかくね⁉


「変身解除も回数にカウントされるってのに―――」


 でも横顔もカッコいいなぁ…………ん?


「もう一回しか残ってねぇじゃん―――」


 変身……解除……?


「ぷっ、まさかこんなことになってるなんてな!――――――わりぃな健太」

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