第2話 変身最高‼


「ソロン福井のオールナイトスッポンポン! イェーイ! 今週は人気急上昇中! 今一番世間を騒がしているアイドル、サンセットゾーンに来て貰ってます! こんばんは!」


「「「こんばんは!」」」


「いや~ホント凄い人気だね~。うちの番組に出るのは今回で五回目だっけ? なんか前来た時よりみんな垢抜けた顔してるよ。もうかなりテレビやラジオにも慣れたんじゃない?」


「はい! お陰様で引っ張りだこです~」


 握手会も終わり、今はラジオの生放送中。ここ最近は毎週のように呼ばれていて、私たちサンセットゾーンも半分レギュラーみたいになってきている。


 テレビに関してはまだまだ地方局の深夜番組止まりだけど。


 そういやあいつ、今日は来なかったな。いつも絶対先頭にいるのに、十回以上並ぶくせに。


 まぁいっか。


「……ちゃん、ユイちゃん!」


「あ、えっなに?」


「ユイちゃんは最近身の周りで何か面白いことあった?」


「えっ面白いこと? 急に言われてもなぁ……あ、そういえば!」


「え、なになに⁉ 何かあったの?」


「うん、昨日のことなんだけどさ――」


 私は昨日の歯ブラシのことについて話した。


「……てな感じでめちゃめちゃいい歯ブラシだったんだよね。今日も家出る前時間なかったのに二十分以上磨いちゃって、おかげで五分遅刻したのよ!」


そこでどっと笑いが起きた。メンバーが笑いながらツッコんでくる。


「そんな理由で今日遅れてきたの? ウケる」


「それで今日マネに怒られてたんだ」


「でも買った覚えの無いものが家にあるって怖くない?」


「ん~怖くはないかな。むしろ記憶にないのにしっかりと良いもの買ってる私すごくない?」


「「すごくねぇよ!」」






***






 朝。また濃厚な歯磨きを楽しんだ僕はその後数時間程余韻に浸ってたんだけど、昼になってそういえばまだご飯を食べてないことを思い出して元の姿に戻った。


 普段なら朝ご飯を食べないとすぐにお腹が鳴るのに、今日は鳴らなかったなぁ。もしかして、変身中はお腹すかないのかも……トイレとかも大丈夫だったし。


 あれ、変身超便利じゃね? これならわざわざ変身解かずにいれば一生お腹すかないんじゃね?


 でも僕にはご飯を食べないという選択肢などないのである!


 そう、僕からアイドルと食欲を抜いたら骨すら残らないほどに僕は食を愛してるんだ! その比率は七対三、いや六対四くらいかな。いや五対五かも……


 さて、ユイちゃんの家には何があるかなっと。


 独り暮らしにしては大きめなその冷蔵庫の中には、冷凍食品がびっしり入っていた。


 まぁそうだよね、ユイちゃん忙しいからまともにご飯作ってる余裕なんてないよね。僕がおいしいご飯になってあげられたら良いんだけど、流石にそれは僕が死んじゃいそうだよね? あ、でもユイちゃんに食べられて死ねるなら本望です!


 ……な~んてね。まぁ一応候補には入れとくか……


 そんなことを考えながら冷凍ハンバーグと冷凍手羽先と冷凍チャーハンとインスタントラーメンを取り出し冷凍ハンバーグをレンジに入れる。


 流石にこんだけ減ってたら気づいちゃうかな……やっぱ半分くらいに減らしといたほうがいいかな……


 ぐうぅぅぅ……


 僕のお腹はかなりの正直者みたいだね。まぁ大丈夫でしょ、いざとなれば変身があるからね。多少不審がられても、小さな小物とかになればどんなに部屋中探しまわっても見つからないでしょ。


 ピンポーン! ピンポーン!


 いきなりドアベルが鳴った。


 やべぇ誰か来ちゃった! どうしよう? どうしよう⁉ とりあえず物音たてないようにしなきゃ……


「あれ、おっかしいな、何か物音がした気がしたんだけど……」


 しまった‼ 足音か何か聞かれてたんだ! いやお腹の音かも……兎に角っ、お願い帰って! お願いお願いお願い‼


「はぁ……気のせいかな」


 よし! いいぞ! そのまま帰って……


 チーン!


「ん?」


 しまったぁぁぁぁあああああああああああああああああああああ‼ 電子レンジまわしてたんだった‼ 頼む! どうかそのまま帰ってくれぇ!


「おいおい、やっぱりいるじゃないか……すみませーーーん‼ 山猫イリオモテですけど‼ すみませーーーん‼」


 …………無視だ。ここは無視してやり過ごすしかない。


「細田さーーーん? いるんですよね⁉ 宅配便でーす‼」


 やばいよやばいよしつこいよ!


 ドクドクドクドクドクドクドクドク!


 心臓の音が外にも聞こえんじゃないかというくらいに大きく鳴ってる。


 速く諦めてぇ……森へ帰ってぇ……


「はぁぁ……ちっまた居留守かよ! ブスが! これだからマンション住みの若い女は……」


 そう悪態をつきながら宅配の人は帰っていったようだ。


 ふううううぅぅぅぅ……


 緊張した‼ いろんな意味で‼ まさかこのタイミングで誰か来るとは思わないじゃん! しかも妙にしつこかったし! めっちゃ怒ってたし!


 ユイちゃんにはちょっと悪いことしたかも……はんせいはんせい。


 でもいくら怒っててもユイちゃんに対してブスはないでしょ。母親の羊水腐ってたせいで眼球溶けてんだね、かわいそうに……死ね‼ 殺すぞ‼


 ぱくっ、ハンバーグうめぇぇ。


 ……ご馳走様でした。なんだかんだ完食してしまった。近頃の冷凍食品ってなんであんなにうまいんだろ? 作った人マジゴッドファーザーでしょ。


 さあ後は綺麗に片付けだ。


 れろれろれろれろ……


 使った食器は舐めて綺麗にしなくちゃね! 水を使わないからタオルで拭く必要もないし、一手間減らせて一石二鳥! 僕は天才だぁ。


 ……よし! 綺麗になったから元の位置に戻してっと。


 ゴミは分かりにくいようゴミ箱の下の方に入れたし、完璧完璧! 立つ鳥跡を濁さずってね。


 色々あってもう午後三時か。ユイちゃんの生ラジオが七時からだからそれまで部屋の探索してよっと。






 時刻は午後七時、サンセットゾーンのラジオ番組が始まった。


 はぁ、ユイちゃん今日もマジいい声……最高……


「――おかげで五分遅刻したのよ!」


 えへへ、やっぱり歯ブラシ気持ちよかったんだね。まさかその歯ブラシが僕だっただなんて夢にも思ってないんだろうなぁ。公共の場で僕のことをこんなに熱く語ってくれるなんて嬉しいなぁ。


 さぁ昨日のリベンジだよ。今日はもっと喜ばせてあげるからね。






***






「ただいま~」


 はぁ、今日も疲れたなぁ。


 あの後、私は独りダンスの自主練をしてから帰ってきた。ラジオが終わった後みんなはすぐ帰っちゃったけど。サヤもミカも新曲のダンスまだまだぎこちないのに、この後温泉行って飲み会ってさぁ……


 私もゆっくり温泉入りたい!


 ……けど、一流のアイドルになる為には歌もダンスももっと完璧に仕上げなきゃ。


 最近は人気もかなり出てきてライブも凄い数のお客さんが来てくれるようになったけど、まだまだ憧れの武道館に立つには実力不足だってわかってる。


 もっともっと練習して、もっともっといっぱい頑張って……贅沢するのはその後でもできるからね。


 はぁ、でも今日はもう疲れたよ。とっとと風呂入って寝ちゃおっと。


 風呂入る前に歯磨き歯磨きっと……あれ? 歯ブラシがなくなってる⁉ あっれぇ? 朝家出る前に確かにここに戻したよね? まだ寝ぼけててどっかにポイって置いたのかも……


 ま、いっか。そのうち見つかるでしょ。とりあえず風呂風呂っと……


 私は服を脱ぎ風呂場に入るとシャワーを出した。温かいお湯が体を包み込んでいく。しばらく熱々のお湯を堪能し、手早く頭と顔を洗った。


 明日も朝早いからのんびりお風呂に浸かってる時間もないよ。急いで体も洗わなきゃ…………ん⁇


 世界一のボディーソープ? なにこれ⁉ こんなの買った覚えないんだけど⁉ 妙にかわいいデザインだし。


 そこには昨日と同様全く買った覚えの無いボディーソープがあった。しかもご丁寧に開封済みである。


 え? なんで? もしかしてだれかこの家に来た? いやいや、まさかそんなことないよね。


 そもそもここカードキーだから絶対開けられないはずだし、何も取られてないし、考えすぎ考えすぎ……


 はぁ、やっぱ私疲れてるんだなぁ。昨日もそうだけど流石に自分が買ったもの覚えてないとかヤバいよね……


 今度病院行って……病院はいっか。とりあえずちゃっちゃと体も洗っちゃおっと。


 え? なにこれ? 泡立ちすご!


 そのボディーソープは、見た目は普通の白い液体だったんだけど、とにかく泡立ちが凄かった。


 雲のような柔らかさ。それにお日様のようないい匂いが合わさって、まるで大空に羽ばたいてふかふかの雲に全裸ダイブしているかのような心地よさ……


 ほわぁ。これは癖になりそう……それに一日分の汚れがキレイさっぱり消え去ってるのが分かる。


 ただ体表の汚れや油分を洗い流しただけじゃなくて、肌がぴっちぴちのすっべすべになってる!


 私、やっぱり買い物の天才かも⁉


 ……記憶にはないけどね。






***






(へ・ん・し・ん)


 はいっ、というわけで今回はボディーソープに変身したお。日々お仕事で疲れているだろうユイちゃんの為を想って、僕がユイちゃんの心と体をキレイに洗い流してあげるよ。


 それになんとボディーソープになれば、昨日悔し涙に枕を濡らしたリベンジとして、ユイちゃんの至高の御身体を拝見できるだけでなく、合法でその御身体に触れることさえも可能になってしまうという超超超お得セット‼


 しかもユイちゃん自身も綺麗になってみんなハッピーという完璧な作戦。僕じゃなきゃこんな完璧な作戦は思いつかないね。やっぱり僕は天才だったんだ!


 ふふふっ、後はユイちゃんが帰ってくるのを待つだけ。






「ただいま〜」


 お、帰ってきた。


 ユイちゃんは脱衣場に入るなり何やら探し始めた。


 どうやら歯ブラシが無くなって不思議がってるみたいだ。そんなに僕のことが恋しいのかい? えへへ、照れちゃうなぁ。


 大丈夫、僕はここにいるからね! さぁおいで‼


 布が擦れる音が聞こえる。


 歯ブラシを探すのは諦めて服を脱ぎ始めたんだ! どどどどどどうしよう! 興奮してきた!


 あのユイちゃんの夢にまで見た御身体を、生まれたままの姿を、この目で見れる日が来るなんて思いもしなかったよ。


 ガチャ


 ……………………泣いた。その姿を一目見た瞬間、僕の目からは涙が溢れ出した。


 うおおおおぉぉぉぉんん……尊い……尊過ぎて涙がどんどん溢れてくる。そのせいで視界がぼやけてよく見えない。


 止まれ! 止まれ! この! 言うこと聞けよ! 見えないだろ! 涙のバカァ‼


 ユイちゃんの裸は、それはそれは綺麗だった。傷一つないすべすべの肌、完成された流線形のシルエット、そして不釣り合いな程に大きなおっぱい‼


 てぇてぇなぁまったくよぉぉおおお!


 でもその顔には疲れが色濃く出ていた。きっと毎日大変なんだ! 僕が癒してあげるからね。


 ユイちゃんはまずシャワーを浴び始めた。その美しい身体が更に水に濡れて、どこか艶かしい雰囲気を漂わせる。


 ぽぇぇぇえええええええええええ!


 エロいよ! エロすぎるよ‼


 ドッドッドッドッドッドッドッドッドッ


 心臓の音が五月蠅い! いや心臓なんかないから気のせいか!


 顔と頭を洗い終えたユイちゃんは、一瞬何か考えてたように見えたけど、そのままの流れで僕の頭に触れる。


 ニュルッ


 健太いっきまーーーーす!


 ユイちゃんは僕を手に取ると体を洗い始めた。


 ふっっっっっふふふふふふ…………ふぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお‼ 腕、肩、胸、お腹、背中、お尻、禁断の渓谷、太もも、足――ユイちゃんの体全てを僕が包み込んでるよぉぉおおお!


 そしてユイちゃんのボディーラインから触感に至るまで全てを鮮明に感じ取ることができる! ユイちゃんがそのおててでおっぱいやお尻を洗う度に、僕の全身が擦られて得も言えぬ快感に襲われる。


 お風呂場の温かい湯気に、洗ったばかりの女の子特有の甘い香りに全身を包まれた僕が、ユイちゃんの全身を包むというこの一体感‼ 歯ブラシなんて比較にならないくらい興奮する。


 僕は今、まさに今、この瞬間が、人生で一番幸せだと胸を張って言える!


 最高……






 さぁ至福の時間を堪能し、洗い流された僕が、まさか下水道の中に行くなんて誰が想像できただろうか。


 うぅ、臭い……汚い……辺り一面どす黒いねちょねちょしたものに覆われていて、思わず涙が出てくるようなとんでもない悪臭に吐き気を催す。天国から地獄に落ちるとはまさにこのことだね……


 ここでもし変身解除なんてしちゃったらどうなってしまうんだろ? こんなところに生身で放り出されでもしたらたまったもんじゃない! いくら周りから臭いだの汚いだの言われてるような不摂生な僕でも、流石にこれには耐えられないよ!


 あ……ダメだ、なんか意識が薄れてきた……どうなってるの? まさか僕こんな汚い下水の中で死ぬのかな……ああ……もう……朦朧として……まともに……考えられない……


 誰か、た……す……け…………て………………

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