第38話 結託

 指輪をはめたあとの雪乃は自分の右手の小指に視線を縫い付けられているようでなかなか動こうとしなかった。


 ……そろそろいい時間だな。

「雪乃、そろそろ家に向かわないか?」

 だいぶ日も落ちてきて、いい頃合いになったところで提案する。

「あっ……私、長い間見惚れて……すみません。……はい、お邪魔させていただきます」

 色々な意味で恥ずかしそうに照れている雪乃を連れて、魔装車を止めてある機関の駐車場へ向かった。


「……あの、龍仁さん。龍仁さんの方に乗せてもらってもいいですか?」

「もちろん構わないよ。一緒に行こうか」

 俺の言葉を聞いてはらりと笑顔を見せる。


 機関から家はそこそこの距離がある。

 そもそも機関の周りには民家は少ない。これは森林化の影響で生活可能の範囲が減ったことにより、地価がとてつもない高騰を見せ、普通の人間では手を出せなくなったからである。

 それに機関は莫大な予算を投じて、機関を建てる場所の付近を買い占めたということも、周りに民家が少ない原因である。

 少ないというのは、森林化を受けても残っていた家や建物の権利はそこに住む人たちの物だからであり、機関が相場を大幅に超える額を提示しても、立ち退かなかった人たちがいるからである。


「そういえば、龍仁さん。この間は星さんが追及していたので私は、控えていたのですが……夏葉さんと具体的にどんなことをしていたのでしょうか?」

 ……油断していた。

 さては雪乃、完全に2人だけになる状況を狙って……。

 だが実際、あの夜は霊体を飛ばして花凛のところにいっていたし、花凛と2人で同時に詰められるよりはマシかもしれない。

「ええと……それはだな……」

 そう思っても言葉に詰まる。


 今になって振り返れば、あの時はあまりにも軽率だった。

 もし、花凛が止めてくれていなければ今頃、青砥家との戦争になっていたかもしれない。

 

「……なんて。いいですよ言わなくて。龍仁さんの口から聞いてしまったら、本当のことになってしまうので。でも、例え龍仁さんの一番が夏葉さんだろうと……ああいうことは結婚するまでしないでほしいです」

 本人に自覚はないのかもしれないが、的確に俺の急所を刺しに来ている。


「ああ、肝に銘じるよ。謝るのも違うような気がするが、すまなかった雪乃」

「はい。と言っても私も別に許すような立場ではないんですけどね」


 車内に微妙な空気が流れる。

 ……どうしようか。対抗戦の話?それともさっき会ったエレンのことでも話しておくか?

 俺の思考が錯綜する中、先ほどよりも一層真剣なムードの雪乃が沈黙を破った。


「龍仁さんはどうなさるおつもりなのでしょうか?」

 ……!

 この「」はもちろん意味だろう。

 

 俺が即答できずにいると、雪乃は畳みかけるように続ける。

「夏葉さんは長女ですし、青砥家の今の当主も女性ですからきっと当主となられるでしょう。星さんは銀世家の一人娘です。立場的に色々厄介なことが起こると思います。花凛ちゃんは龍仁さんの実の妹です。私はもちろん花凛ちゃんのことも応援していますが、それでも面倒ごとは避けられないと思います」

 

 どんどん早口になっていく。


「ですが、龍仁さん。私は違います!長女ですが上には兄がいますし、十色の中ではあまり強い家ではありません。そして私はそもそも家があまり好きではありません!その上で私は4歳のからずっと龍仁さんを想っています!……私は……どうでしょうか?」

 

 雪乃は相当の勇気を出して、言ってくれたと思う。

 だから俺も、俺の考えを全部正直に話すことに決めた。


「……雪乃の言う通りだと思う。そして雪乃がすごく魅力的なことも間違いない。今日だって何度もその場で抱きしめたいくらいの衝動に駆られたよ」

 俺の言葉に、衝撃を受けて一瞬驚いた表情をするもすぐに頬が紅潮していく。

 

「でも俺は、自分が思う最高の道を行こうと思う。この選択は周りから見ればクズの選択だと思われても仕方がない。俺だって、そんなやつを見たらそう思うかもしれない。でももう、心はそう決まってしまっている。誰かを選んだら、誰かに悪いとかそんな感情じゃない。みんな好きで大切だから……誰に何と言われようと俺はみんなを選ぶよ。みんなを幸せにしたい。その責任ならいくらでも背負ってやる!……もちろん、選択権はみんなにあるけど」

 

 雪乃は一瞬目を伏せて、顔を上げた。

「龍仁さんならその選択をされると思っていました」

「そうか……」

 宣言しておいて……という話だが、俺は今更自分が本当にクズに思えて仕方がなかった。

 だが雪乃は違ったようだ。


「言質取りましたからね?」

「え?」

「龍仁さんの言うみんなの中にもちろん、私も花凛ちゃんも入っているのでしょう?」

「……ああ、そうだな」

 俺がそう答えると、おもむろに通話中という画面の端末を見せてくる雪乃。

 相手はもちろん花凛だ。

 画面越しから声が聞こえる。


「お母さん!聞いてた!?お兄ちゃんみんなと結婚したいって!私とも!!」

「はいはい、そうね。良かったわね花凛」


 ……やられた。

 いつの間にか、相手側の音声をミュートにして通話をしていたようだ。


「いったいいつから通話の状態になってたんだ?雪乃?」

「龍仁さんが夏葉さんとのことで言い淀んでいるときからです!」


「やられたよ。……!もしかして花凛は今日ずっと家にいたのか?」

「そうですよ。千穂さんと一緒にずっと家に居たそうです」

 タイミングのいい連絡だったり、視線を感じたのは間違いではなかったようだ。

「母さんも一緒だったのか……」

「そうよ、龍仁。さすがは私の息子、プレゼントのセンスも良かったわ!」

 

 ……母さんなんで視えてるんだ?

 母さんの魔眼とは俺と花凛のような特殊なつながりはないはずだが。

「龍仁、どうして私がプレゼントを知っているか気になるでしょう?」

「それは気になる」

 花凛が見て、その詳細を聞いたとしてもあんな風に主観的に言えるだろうか?

 何か別の要素がある気がしてならない。

「まあ、でもここでネタバラシしても面白くないからそのまままっすぐ帰ってらっしゃい」

「……?わかったけどそれで分かるの?」

「ええ、いくら最強でも、一日中あなたが最強でいられるわけでもないからね。そういう所に抜け目があるのよ」


「お母さん!私も話したいから早く代わって!」

 母さんの言い方でなんとなく察しが付く。

 バックミラー越しに龍眼を使って視てみると、完全に気配を断った黒子がバイクで追いかけてきていた。


 黒子の魔法は気配を消すことに特化した魔法である。

 その能力は正直十色の魔法にも引けを取らない。

 だからこそ6歳の頃から俺の専属の使用人としてやってこれたのだが。

 でもこれは完全にやられた。

 今日は雪乃と花凛に色々と完敗だった。


 そこからは家にたどり着くまで、2人だけの車内がいつのまにかたくさんの声が響くとても賑やかなものになっていた。

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