第36話 ヒートアップ
花園先輩が日向のことを聞いて驚くなど適宜、雑談をはさみつつ真剣に訓練に取り組み時間はお昼を過ぎていた。
「さて、そろそろいい時間ですね。これ以上続けるにしても一旦休憩を取るべきでしょう」
俺自身はあまり魔法を使っていなかったため、体力的に問題はなかったが言われてみれば確かに雪乃と先輩はだいぶ長い時間、実戦的な訓練を続けていた。
「そうですね。時間もちょうどよさそうですし、この辺りで訓練は切り上げますか」
雪乃も賛成のようだ。
「それにしても黒命さんの魔法への造詣は流石というほかありませんね。あまり見たことがないであろう私の魔法を見てすぐに的確なアドバイスがいただけるとは思いませんでした。また、視て頂けますか?」
自分としてはそんなに大したアドバイスができた気はしていないが、先輩にとってもこの訓令が無駄にならなかったのなら良かったと思う。
「都合のつく日なら、お付き合いしますよ」
「そうですか、ありがとうございます」
そう言って俺たちは連絡先を交換した。
これくらいは社交辞令の範囲だと思ってもらいたいものだが、背中に冷たい視線を二つほど感じた。一つは雪乃のもの、もう一つは何となくだが花凛の物だ。
「では、私はこれ以上お邪魔しては悪いのでお先に失礼いたしますわ。黒命さん、紫乃さんお付き合いいただきありがとうございました。」
礼儀正しく腰を折ると足早に一人でシャワールームの方へ去っていった。
「……龍仁さん、また新しい女性をひっかけましたね」
ジト目を向けてくる雪乃にそう言われる。
「いやいや、そうじゃないだろう。今のはよくある社交辞令じゃないか?」
どちらかと言えばなるべく最低限の関わりで済ませてくれようとしていたように感じたが。
「今日はそうだったかもしれませんが、わかりませんよ。ほら、花凛ちゃんも言ってます」
そう言って俺に自分の端末を見せてくる雪乃。
花凛 「また、私たちのライバルになりそうな人だね……お兄ちゃんってほんとどうなってるの?」
文面を見ただけで、雪乃と同じようなジト目で呆れたような表情をしている花凛が目に浮かび上がるようだった。
「そんな感じじゃないと思うけどなあ」
俺の心からのぼやきは空虚に消えた。
「この後はどうしましょう?もしよろしければ、今日はお弁当を作って来たので一緒にどうでしょうか?」
こんなことを言われて、嬉しくないはずがない。
「それは嬉しいな、是非いただこう」
とは言ったものの、全身汚れたままだったため、先にお互い、シャワーを浴びてくることにした。
男性用のシャワールームは俺より先に入っていた人がいたようで、二部屋が使用中だった。
俺はちょうど真ん中あたりの部屋を使おうと、そこへ向かって歩いていると奥の部屋の扉が開き、中から人が出てきた。
「おお!これは、これは龍仁じゃないか!」
出てきたのは予想外も予想外の人物。
十色の白、白葉エレンだった。
「……エレン?機関に来ているなんて珍しいな」
「ああ!そうだね。今年この本館に来たのは今日が初めてだよ」
「……お前、変わらないな」
「僕は必要だと思ったときに必要だと思ったことをしているだけさ」
やはりこいつはどうも掴みどころがない。
でも、まあ根は悪い奴ではない……と思う。
「そういえばエレン、お前は対抗戦、出るのか?」
俺の言葉を聞いた瞬間、エレンの表情が鬼気迫るものに変わる。
「何を言っているんだい?龍仁。当たり前だろう?僕は今度こそ……君を超える」
ありえないほどの魔力がエレンから溢れる。
とっさに眼を向ける。
……しかし、俺の眼には普段のエレンとの違いが映らなかった。
視えない……何が……起きてる?
唯一、肉眼でも見える違いは彼の首にかけられた、見たことのない鉱物らしきもので作られたペンダントのみだった。
「……ああ、僕と君の差はそれの有無だからね。これで対等……君とやりあう日が楽しみだよ」
エレンはそれだけ言い残すと、自信ありげな表情でにやりと笑い俺の横を通り過ぎていった。
「なんだ、今のは……」
俺の眼で魔法の情報が読み取れなかったことは一度もない。
魔法や魔法力自体に目を向ければ発生源やその要因も視ることができた。
だが、今のエレンの強大な魔法力については要因も、その発生源がエレンからなのか、ほかの物からなのかすら視ることができなかった。
しかし、それ以上に……俺は自分自身に腹が立っていた。
黒命の掟、煽られたら煽り返す。
血肉と同じくらい体に染みついているはずの習慣さえ、忘れてしまうほどの衝撃を受けた自分自身が情けない。
俺とエレンの差が眼の有無だけだと?
笑わせるな。
確かに魔法の出力は同レベルかもしれないが、俺の肩に乗る当代最強という肩書の重さを支えているのはそんな簡単な要素だけじゃないということを思い知らせてやる。
だがやはり、俺は普段から目の力をあてにしすぎていたようだ。
確かにこれは、俺の良くない癖かもしれない。
ヒートアップした思考を冷水のシャワーで冷ましながら、ふつふつと湧く闘志を蓄えていった。
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