第35話 花園梨々香
「花園先輩お久しぶりですね。今は紫乃と魔法の精度確認をしていたところです」
花園先輩は今日も派手な金色の髪を巻いてツインテールだ。
そう思ってから不意に雪乃を見ると少し不満げな顔をしていた。
俺が突然名字で読んだせいだろうか。
「黒命さん、私の前だからと言って、そこまでかしこまっていただかなくてもかまわないですわ」
花園先輩は雪乃の方へチラチラと目配せをしながらそう言ってくれた。
どうやら先輩も雪乃の不満そうな雰囲気を感じ取ったみたいだ。
「わかりました。それで、先輩も訓練ですか?」
「ええ。もう来週ですから調整をしようかと思いまして」
「そうでしたか。それでは俺達と一緒にどうですか?」
「いいのでしょうか?私としては十色のお二人と訓練させていただけるなんて光栄ですが……」
またも微妙な表情をしている雪乃に耳打ちをする。
「花園先輩に纏霊を受けてもらうのはどうだ?」
「!そういうことですか。確かにいい考えかもしれません」
俺の言葉を聞くと、雪乃は先輩の方を向いた。
「あの、先輩!私の魔法を受けてみてもらえませんか?」
「紫乃さんの魔法というと紫の魔法ですの?」
その誘い方でいいのか……。
内心で苦笑いしつつも事の成り行きを見守る。
雪乃はその通りと言わんばかりに大きく頷いた。
「いったいどういう魔法なんですの?」
恐怖心2好奇心8と言ったところだろうか、花園先輩は興味ありげな表情をしている。
十色の固有魔法は効果、作用があまり公にされていないものが多い。
俺の崩壊や勝利の穿空などは見た目が派手で分かりやすい能力であるため、詳細情報が公開されていなくとも魔法を見たことがある人ならある程度のことは分かるだろう。
だが、十色の魔法の中でも公になると危険な魔法、魔法というものの悪い面が一番に押し出されてしまっているものなどは機密情報として秘匿されている。
紫の魔法はその中で3、4番目に機密性の高い魔法である。
「私の魔法は魔法使いの魔法発動器官、アストラル体に直接干渉することのできる魔法です」
雪乃は躊躇うことなく、花園先輩に魔法の概要を伝えた。
使用者が自分の判断で情報を公開することはこの紫の魔法には制限がかかっていない。
「アストラル体に直接干渉ですか?そもそもアストラル体というものは概念的な存在ではないのですか?」
「確かに実際に確認されているものではないですが、アストラル体は存在していると思いますよ」
花園先輩の質問に今度は俺が答えた。
「特殊な眼を持つ黒命さんがそういうならそうなのでしょう……ですがやはりイメージが難しいですね」
そう言うと花園先輩はどこからともなく取り出した扇子で口元を隠し、少しうつむいて思考するような表情になった。
しかし、すぐに顔を上げるとパチッと小気味いい音をたてて扇子を閉じこう言った。
「いいですわ!私、紫の魔法を受けてみたいです」
さすがは先輩見た目通りの思い切りのいい人だ。
「花園先輩ありがとうございます!」
「雪乃は紫乃家の中でも纏霊の扱いに長けているので問題はないと思いますが、何かあっても俺が対処しますので」
念のため、安全策が取れることも伝えておく。
「それは心強いですわ。では紫乃さん!いつでも来てください!」
「では、行きます!」
その言葉を合図に雪乃は纏霊を発動する。
「あら?紫乃さん?」
雪乃が魔法を発動した直後先輩は戸惑ったような声を出す。
雪乃が突然姿を消したことに驚いているようだ。
「なんだか、背筋がそわそわするような違和感を感じます」
「それがアストラル体に直接干渉されている感覚ですね」
「もしかしてこの前の模擬戦の時、3年生の先輩方が音もなく倒れられたのはこの干渉で強い衝撃を受けたことが原因ですか!?」
驚きつつも合点がいったという表情をする花園先輩。
「その通りです。あの時は本当に一瞬だったので防御する隙も無かったでしょうね」
俺と先輩が話していると雪乃が魔法を解除して戻って来た。
「先輩どうでしたか?」
改めて俺が感想を聞く。
「恐ろしい魔法ですね……アストラル体を守る術を身に着けていないとどうすることもできない、さすがの十色の魔法、そしてさすがの腕前でした紫乃さん」
「ありがとうございます」
「紫乃さんのこの魔法があれば、ウォーゲームも簡単に勝てるのではないですか?」
実際に体感した花園先輩は強く確信したと言いたげな顔で雪乃に質問した。
「いえ、私も一度に使えるのはせいぜい二人までですし、連続で使うと霊体から実体へ戻れなくなる可能性もありますので……」
花園先輩の質問に雪乃は嫌な記憶を振り払うように首を振って答える。
……まだ、引きずっているのか。
俺はつられてネガティブになりそうな思考を振り払う。
「まあ、そうですよね。これほど強力な魔法が代償もなしに何度も発動できるはずがありませんか」
「すみません、失望させてしまって……」
「いえいえ、失望なんてするはずがありませんわ!今のは強い者にただ乗りしようとする自分の醜い考えへの自戒を込めて言ったのです。紫乃さんに向けての言葉ではありません」
「そうだぞ、雪乃。雪乃はすごいんだ。日本で唯一のアストラル体に直接干渉できる魔法を最も使いこなしているんだから。もっと自信を持っていいんだ!」
これは少しのお世辞もない心からの言葉だ。
雪乃のトラウマを克服させるには、考えて居ても仕方ない。少しでもポジティブに考えられるようにしてやるべきだろう。
「ふふ、龍仁さんも先輩もありがとうございます。また少し自信がついたかもしれません」
「その意気ですわ!過剰な自信も身を滅ぼしますが、自信がないというのもそれはそれで良いことではないですから!」
この後は雪乃と先輩がそれぞれ攻撃用の魔法を撃ち合う模擬戦のようなトレーニングをし、俺はそこに適宜アドバイスをするという形で訓練を続けた。
「花園先輩は植物を成長させる魔法が得意なんですね」
花園先輩の魔法の使い方は特殊だ。
先ほどのトレーニングで花園先輩は地面に植物の種のようなものを撒き、それらを自在に成長させて攻撃や防御などに応用していた。
「そうですわ。私は植物、特に花を成長させる魔法が得意でして、なかなかの強度と柔軟性で使い勝手の良い魔法だと自負しております」
確かに、小さな種を地面に撒いておくだけで、攻撃にも防御にも応用できる強力な魔法だった。
「ですが、植物が根を張る土壌がないと途端に使い勝手が悪くなってしまうことがネックでして……」
その通りだ。特にウォーゲームの会場は屋内に魔法や魔具の力で戦闘空間を作り出すため、例え土があったとしても、巨大な根を張るサイズの植物に成長させることは難しいだろう。
「そういうことなら、種からではなくエアプランツのような空気中から水分を吸収して成長する植物を魔道具にして持ち歩くのはどうですか?」
エアプランツその名の通り、土を必要とせず空気中の水分などを利用して成長する植物のことだ。
これならエアプランツを持ち歩くだけで、得意魔法を存分に生かせる。
そう思って提案した。
「なるほど、エアプランツですか。確かに良いアイデアだと思うのですが、そのような魔道具があるでしょうか……」
花園先輩のその言葉を聞き、俺と雪乃は不思議そうに顔を見合わせ二人であっと気が付く。
俺たちは日向がなんでも魔道具を作ってくれるからあまり気にしてこなかったが、普通は工房などに行って探すものだ。
「私たちって恵まれた環境にいるんですね」
雪乃も同じ考えに至ったようで、俺だけに聞こえるように小さくつぶやく。
「本当にそうだな。日向様様だよ」
「お二人とも、どうかしたのですか?もしかしてこのような魔道具を扱う工房に心当たりが?」
きょとんとした表情を浮かべながら、期待のこもった目を向けてくる花園先輩。
この前も会長に勝手に日向のことを紹介しちゃったけど、今回も紹介していいのか……。
雪乃の方を見るも、まるでお任せしますと言わんばかりの表情だ。
………………。
日向すまん。苦労を掛ける!
「先輩、工房ではないのですが俺たちの知り合いに魔道具を作るプロ顔負けの男がいまして……」
俺は日向を紹介することに決めた。
「まあ!それは本当ですの!?一体どんな方かしら?」
「十色の碧。碧音日向です」
「ええ!?」
笑うときなどは口元を扇子で覆っていた先輩も今回はそれを忘れて、呆気に取られていた。
纏霊で雪乃が霊体になった時以上の驚き方だった。
ひとしきり驚いた後、先輩はため息をつきながらこう言った。
「本当に……あなたたち十色は……桁違いの粒ぞろいですわね」
さすがの雪乃も苦笑いをしていた。
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