第34話 雪乃の眼
それから俺は動きやすい格好に着替え、機関の演習場へ向かった。
「あ、龍仁さん!」
雪乃は俺より先についていたようだ。
俺を見かけると駆け寄ってくる。
「おはよう雪乃。はやいね」
「龍仁さんをお待たせするわけにはいかなかったので」
「そうか、ありがとう。でも俺が待たせちゃったんじゃないか?」
「いえ、花凛ちゃんが龍仁さんが家を出た時間を連絡してくれていたので、それに合わせて家を出てきました」
今日の花凛はとことんアシスト役に徹しているのか?
「なるほどな。いつも花凛と仲良くしてくれてありがとう」
「こちらこそです!いつも仲良くしてもらってます」
この間の一件で吹っ切れたのか、中等部時代の引っ込み思案な雪乃はどこへ行ったんだと思わせるような顔を見せるようになっている。
もともと才能も実力も確かなものがあったのだから、理由はどうあれこの変化は良い物に感じられた。
「さて、何の訓練からやろうか?」
魔法の訓練と言っても、ただただ発動させているだけでは効率的とは言えない。
もちろん、同じ魔法を何度も何度も発動させる反復訓練も重要だがそれはわざわざ二人でやるようなものではない。
「固有魔法の精度が上がったので見てほしくて……いいですか?」
雪乃は俺に魔法の上達具合を見てほしいようだ。
俺の眼の特性からこう言った頼みは、同級生を中心に何度か受けている。
「もちろん。この前の模擬戦の時に少し見ただけでも相当腕を上げていたようだし、楽しみだ!」
「いざ見てもらうとなると少し緊張しますね……では、いきます!」
そう言って雪乃は紫の固有魔法「纏霊」を発動する。
確かに発動速度が上がってい――!
俺の眼には魔法速度の上昇以上に衝撃的なものが映っていた。
……あの右眼、まさか魔眼か!?
雪乃が纏霊を発動する瞬間、確かに右眼から感じたことのない魔力を感じたのだ。
その衝撃に気が緩んでいたのか、雪乃の魔法を直に受けてしまう。
雪乃が俺のアストラル体を覗いているような感覚を覚える。
「これは!?そんな、どうして……?」
纏霊で霊体化し、姿が見えなくなっていた雪乃が驚いた様子と共に急に魔法を解除した。
「龍仁さん……今のは……」
俺はその問いに答える前に自分の疑問を重ねた。
「雪乃……今のは、俺のアストラル体に記録されている魔法の一部を読み取ったのか?」
紫の固有魔法「纏霊」はアストラル体に直接干渉のできる魔法だが、干渉と言っても細かな干渉ができるわけではなく、せいぜい魔法発動の妨害や急なアストラル体への接触による衝撃で意識を奪うようなことしかできなかったはずだ。
しかし、今の雪乃の纏霊は確実に他人のアストラル体に記録されている魔法情報を読み取ろうとする力が働いていた。
「いえ、あの、龍仁さん……私、そんなつもりはなくて……」
驚きから言葉が少し強くなってしまい、雪乃は少し泣きだしそうな顔をしていた。
「いや、雪乃違うんだ。問い詰めているとかではなく、疑問としての言葉だよ。今のは意識してやったのか?」
正確に意図が伝わるように丁寧な言葉を心がけながら、疑問を伝える。
雪乃の答えははっきりとしていた。
「違います!昔に魔法を視てもらったときと同じように龍仁さんに視てもらうつもりで魔法を発動しただけです」
そうなると、さっきの固有魔法の変化は雪乃の目が関係しているのだろうか?
「雪乃、自分の右眼の変化には気がついているか?」
アストラル体を視られるという、衝撃的な体験からその前の衝撃をつい忘れていたが、もともと雪乃は魔眼を持っていなかったはず。
少し前にそんな雰囲気を感じてはいたがここまではっきりとしたものではなかった。
「右眼……ですか?どこかおかしかったでしょうか?」
どうやら雪乃は気が付いていないみたいだ。
「いや、おかしいところはないんだが。雪乃、目に意識を向けながらもう一度俺に纏霊を使ってみてくれるか?」
「?わかりました」
そう言って再度雪乃は纏霊を発動する。
俺も龍眼で霊体となった雪乃へ目を向ける。
やはり、アストラル体を覗かれているようだった。
魔法を解除した後、改めて雪乃に質問する。
「いつもと少し違った感覚を右眼から感じなかったか?」
「感覚は正直よくわかりませんが、アストラル体に記録された魔法の情報が見えたような気がします」
「そうか。……おそらく雪乃は魔眼が使えるようになっている」
「ええっ!?私が魔眼ですか?うちの家系に特殊な眼を持つ人はいなかったはずですが」
「多分後天的なものなんだろう。この前の模擬戦の時にはなかったはずだから」
「そうですか!これは龍仁さんと同じものですか?」
雪乃の目には自分の新しい力に対する喜びではなく、別の物が映っている気がする。
「一概に違うとは言えないが、多分別物だろう」
俺の龍眼は相手の思考を読み取る力、魔法の深層理解という能力が備わっている。
思考を読む力を応用して、相手の得意な魔法や使える魔法を視ることはできるが、雪乃の眼のようにアストラル体に干渉して直接読み取っているわけではない。
それに比べて雪乃の眼は、確かにアストラル体から直接情報を読み取ろうとしていた。
魔眼については所有者が圧倒的に少なく、研究も進んでいない分野のため完全に推測の範疇を出ないが、俺たちの眼は別物と考えた方がいいだろう。
「そうですか……残念ですが少しは龍仁さんに近づけたのでしょうか?」
「もちろん。というか多分、魔法の読み取りという点においては俺の眼よりも優れていると思うぞ」
「本当ですか!?」
雪乃は驚きながらも、嬉しそうな表情をしていた。
「ということは龍仁さん、私の魔眼はアストラル体に記録された魔法情報の読み取りができるというものなのでしょうか?」
「多分そうだね。でももう少し試行回数が欲しいな」
まだ俺でしか試していないならば、本当にそうだとは言い難い。
「試行回数……確かに、そうですね」
俺と雪乃がどうやって試行回数を稼ぐかについて考えていると、後ろから聞き覚えのある声がかけられた。
「あら、黒命さんに紫乃さんではないですか。お二人も訓練ですか?」
声の主は対抗戦で雪乃や星と同じチームの花園梨々香先輩だった。
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