第30話 家族団欒

「――それでね、お母さん。お兄ちゃんってば、夏葉さんと二人で同じ部屋に泊まってたんだよ」

 久しぶりの団欒の時間はいつの間にか昨日の夏葉との一件のことになっていた。

「あらあら、昨日はそんなことになっていたのね。それで花凛、ちゃんと阻止したのかしら?」

 2人の様子を見てすごく安心感が湧いた。

 話題は到底安心できるものではないのだが。


「もちろん!私がお兄ちゃんへの接触をあれ以上許すわけないもん!」

 そう言いながら冷ややかな視線を俺に向ける花凛、背筋に冷汗がつたう。 

「龍仁、私と夏美の関係をあなたが気にすることはないけれど、責任の伴う行為にはちゃんと覚悟を持ちなさい」

 冷やかしではない心からの言葉に軽率な行動を反省する。

 夏美とは夏葉や夏帆の母で青砥家の当主である青砥夏美のことだ。

 うちの母さんとはどうも犬猿の仲らしい。

「場の空気に流されてそのまま……なんてことはあまりにも軽率よ?確かにあの時の青砥の長女は頑張っていたけれどもね」

 まるで実際に見ていたかのように感じられる言い方に背筋のこわばりが一気に増した。


 同時に思考がフル回転する。

 そう言えばあの時、俺は黒子に軽く話しながら飲めるような準備をしてほしいと頼んだだけだったはずだ。

 しかしふたを開けてみれば、いや扉を開けてみれば、まるで知らない場所に出てしまったかのように部屋は変わっていた。

 確かに黒子は優秀だ。頼み事はいつも完璧にこなしてくれる。

 しかしあの日は完璧というか度が過ぎていた。確かに雰囲気良く話しながら少し飲めるようなそんな空間であったことに間違いはないだろう。しかしあそこまでの部屋を作っておく必要はあったのだろうか。黒子が独断でそんなことをするだろうか。何の確証もないが今までの黒子との経験から考えるにそんなことはあり得ない。つまりあれは……。

 ………………。


「母さんは俺と花凛が将来一緒になることを望んでいるの?」

 はっきりさせることにした。

 いつもなら、普段の俺なら花凛のいる前でこんなことを言うなんて考えられない。

 母の横で花凛の体にグッと力が入るのが分かった。

 ………………。

 一瞬の沈黙、さすがの俺も全身に力が入った。

「望んでいるとか、そういうのはないわよ」

 母さんははっきりとそう言った。

「子供の結婚相手が誰かなんて、私がいちいち口を出すような人間だと思っているの?」

「それは……思わない」

 母さんは俺たちにああしろ、こうしろなんて今まで一度も言ったことがない。

 いい意味で放任主義。

 自分の行動の責任は自分でとれるように、親が必要になったらその時初めて介入してくる。


「そう、ならあなたの発言は……」

「そうだよね……」

 俺は母さんに最後まで言わせなかった。

 俺は自分のことを、俺の責任を母さんの発言で軽くしようとしていた。

 一度深呼吸をして花凛の方を向く。

「花凛」

「は、はい」

「最近色々なことがあって考えたんだが、結婚は急いでするものじゃないと思う」

 花凛は黙って頷き、俺の話を聞いている。

「そして兄妹という関係ならなおさらだ」

 そう言うと花凛はギュッと目を閉じた。

「なあ、花凛。俺たちの関係はお互いが死ぬまで切れることはないんだ」

 母さんは静かに成り行きを見つめるのみで表情に全く変化が見られない。

「俺は花凛には誰より幸せになってほしいと思っている。最愛の妹だからな」

 きつく結ばれた花凛の目から雫があふれる。

「だから、そんな花凛が一番幸せになれるところが俺の下だと、改めてしっかり考えたのならばその時、結婚しよう」

 言い切ってしっかり花凛を見る。


 花凛の表情からは驚きと戸惑いが見て取れた。

「俺のせいだということは分かっているけど、最近の花凛は少し急ぎ気味だったと思う。俺たちは兄弟だ。今時兄妹の結婚というのも珍しいことに変わりはないが、全く聞かないわけではない。だから今は落ち着いて考えて見てくれ。これが俺の正直な考えだ」

 ……。

「わかりました。確かに最近、兄さんが離れて行ってしまう気がして自分でも焦っていたと思います。ですが私の気持ちは、私の幸せは兄さんの傍にいること。片時も離れたくない」

「そうか」

「少し、重たいでしょうか?でもそうですね。私と兄さんは結婚なんてものよりもっと深いつながりがある。私はこの縁を当たり前のものと考えすぎていたのかもしれません」

 母さんが柔和な笑みを浮かべている。

「兄さんの話を聞いても妹より妻がいいという考えは変わりません。ですが……」

 そう言って立ち上がり、向かい側に座っていた俺の横に座りなおす。

「今は妹という時間を大切にして、妹としてできること、妹だからこそというものすべてをやり切ったと思ったその時、改めて結婚してもらおうと思います」

 言い切って、俺の肩に頭をのせる。

「これは妹だからこそなのか?」

「はい、これは兄妹のじゃれ合いです」

「二人はそれでいいのね?」

 俺たちは顔を見合わせて大きく頷いた。

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