第29話 最強たる所以

 場所をリビングに変えて、母さんと花凛に俺が向かい合う形で座る。

 花凛は心なしか少し暗い顔をしているように見えた。

 まあ、さしずめ一番近くにいた自分でも知らないことがあったということにショックを受けているのだろう。

 悪いことをしたと思う反面、花凛ですら気が付いていないのならほかの人たちにバレている心配はないと安心した。


 俺は龍眼で自分たち以外の耳がないことを確認し頷く。

 そんな俺を見たあとすぐに母さんの詰問が始まる。

「あなたが何か隠しているんじゃないかとは思っていたわ。でも赤司家の魔法は一体いつから使えたの?あなたの能力ならもしかしたらとは考えていたけど……」

 母さんは基本的に親父以外には甘い。

 これまでの人生で怒られたことがあるだろうかと考えてしまうくらいには、何かを問い詰められることはなかった。


「そうです兄さん。兄さんのことはほぼずっと見ていたのに……いつの間に」

 おいおい、ほぼずっとって……。

 そんなことだろうとは思っていたけれども、実際耳にすると苦笑せずにはいられない。

 眼の使用は極力控えるという約束はどうなっているのだろう。

「そうだな、使えると気が付いたのは相当昔かな。花凛は覚えてないかもしれないけど4歳の時に雪乃が纏霊に失敗して霊体のままうちに迷い込んできたことがあったよね」

「そういえばそんなこともあったわね」

 とりあえず花凛のことは置いておいて、俺は他の十色の魔法を使えるのではないかと考えたときのことを話し始めた。


「あの時、俺の眼は魔法の根本が見えるんじゃないかって思ったんだ」

「どういうこと?私や花凛の魔眼で見えている魔法の深層よりもさらに深い部分ってこと?」

 さすがは母さん、呑み込みが早い。

 自分自身でも完全に理解しているわけではないから、俺の言葉足らずな説明で言いたいことを把握してくれるのは非常に助かる。

 これは母親であり、母さん自身魔眼の所有者であることが大きいだろう。

 俺や花凛の眼は突然変異ではない。

 母さんからの遺伝である。

 しかし母さんの魔眼は左目だけであり、花凛は両目、俺に関しては両目でさらに性質も違う。

 二人の眼はごく簡単に言えば、魔法をより深く理解するというもの、論理的にではなく感覚的な理解だ。

 それに比べて俺の眼はさらに感覚的に魔法の根底を理解することができる……のだと思う。


 今よりもっと魔法学が発達すればより正確な表現が現れるのだろうが、今現在の俺を言葉にするには母さんや花凛よりもさらに深層の理解というほかないのである。

「多分、そうだと思う。俺は母さんや花凛と同じ目ってわけでもないから正確には言えないけど、他には使えない十色の魔法が見ただけで使えるっていうのはそういうことなんじゃないかな」

 人に話しながら改めて4歳当時の光景を思い出すとひとつ気になることを思い出した。

 今では当たり前になってしまい、改めて思い出してみるまで気にしていなかったことだ。

「いま改めて思い出してみると、魔法とアストラルのつながりが見えたっていう表現が一番適当かもしれない」

「そう……」

 俺の話を聞いた母さんは黙り考え込んでいた。


 俺もアストラル体と発動魔法とのつながりについて様々な考察を立てようと思考する。

「兄さん、赤の魔法以外の十色の魔法も使えるのでしょうか?」

 しかし、その思考が始まることはなかった。

 母さんが黙ったことによって、自分のターンが回ってきたと言わんばかりに花凛が俺に質問してくる。


「うーん、そうだな。試したことはないけど青と金は多分使えると思うよ」

「他は使えないのですか?」

「いや、できないことはないと思うけど……銀と紫の魔法は失敗した時が怖いし、黄と緑は相性が良くない、使えても本物より劣る性能しか発揮できないだろうし、白と橙については、もしこのことが明るみに出たときに、世界中で要警戒人物になりかねないからね」

「前2つはともかくとしても最後についてはもう手遅れだと思いますけどね……」

「そんなことはないだろう?」

「少なくとも現代日本の魔法関係者で兄さんの名前を知らない人はいないと思います」

「まあ、黒命って名字だけでも相当目立つからな」

「その名字が兄さんの影響で全世界レベルになる日も遠くなさそうですね」

「おいおい……」

 本当にそうなると信じて疑わない様子の花凛に思わず苦笑いをしてしまう。

 花凛の妄信ぶりは星や雪乃以上な気がする……。

 ――――――。


 だんだん話の路線がずれていっている俺たちを母さんが止める。

「二人とも雑談はそこまで」

 真剣な態度とは別にいつもの母親の顔をしている。

「さて、龍仁。このことは他の十色にも話していないのね?」

「言ってないよ。正直今日も言うつもりではなかったし」

 そう言うと横で花凛がむくれているが、仕方ない。

 今日をきっかけにこれまで以上に花凛が俺を視ることが増えるかもしれないが、それはまあ甘んじて受け入れるとしよう。

「ならいいわ。今後も誰にも言わないこと、隠し通せるならそれに越したことはないわ」

「もちろん、分かってる。隠し通せないにしても自分から言わないことに意味がある」

「そうね」

 俺の返答にその通りというように母さんが頷く。


「花凛、友達に自慢してうっかり口を滑らせたりしないようにね?」

「いくらお兄様を妄信する私でもそのくらいの分別はあります!」

 母さんと花凛のやり取りで空気が和らぐ。

「それで、当主戦はどうするの?私としてはそのうちあの人が龍仁を指名すると思っていたのだけど」

 母さんが今回の当主戦の行方についてを話し始める。

 確かにそうだ、俺は高校入学前親父に「お前を指名する」と言われていたのだ。

 今回の当主戦は花凛からの申し出があったからとはいえ、黒命当主の妻が審判をする試合が行われている。

 母さんのことだから、なんとなくの事情を察して親父に伝えたりはしていないと思うが……。

「私が兄さんの上に立つことなんてありえないので……そもそも私の負け以外の結果を予定していませんでした」

 なるほど、花凛らしいと言えば花凛らしいが……。

「じゃあ、とりあえず今日の当主戦は無効試合でいいかしら」

「そうだね。それが妥当かな」

「私は私の負けで良いのですが……」

 花凛は最後まで食い下がったが、渋々納得してくれたようだった。

 

「そう言えば帰ってきてから母さん以外の人を見てないんだけど」

 俺がふと思い浮かんだ疑問を口にする。

 今日のことを親父に伝えていないということは母さんのところで黙殺されていたということ。

 だとするとここまで気配がないというのはおかしな話だ。

「みんな出払っているわ」

 そんなことを考えていた俺だが母さんからさも当たり前のように回答が告げられる。

「え、親父には子の当主戦のこと言ってないんだよね?」

「ええ、もちろんよ。けどあの人以外の皆さんにはあらかじめ伝えてあるわ」

「ええ……。」

 うちの現当主って親父だよな?なんで家の事情で当主だけが知らないなんてことが起こってるんだこの家は……。

 いくら尻に敷かれているとはいえよもやここまでとは。

 俺が当主になってもそうなるのだろうか。

 俺は未来に一抹の不安を覚えながら、久しぶりの実家を堪能することにした。

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