第28話 当主継承戦

 花凛と二人暮らしを始めてからまだ少ししか経っていないが、久しぶりに実家へ帰ってきた気分だ。

「ただいまー」

 まだ本当に少ししか経ってないというのに、不思議な懐かしさに取りつかれた俺は無理やりいつも通りな調子で実家へと入る。

 花凛も緊張しているのか、いつもより表情が硬い。

 俺が扉を開けると、予想外の人物が待っていた。


「え、母さん?」

 うちの両親は二人ともそこそこ魔法界における地位のある人物だ。

 家に帰ってこないということは滅多にないが、それでも機関から帰るくらいの時間から家にいることは相当に珍しい。

「さて二人とも、ついてきなさい」

 そう言ってスタスタと歩き出す母さんに花凛は驚くこともなくついていく。

「え?母さんは何するか知ってるの?」

 花凛が何も言わずについていったことから察するに知っているのだろうが、あまりの急展開に切り替えが追い付かず反射的にそう聞いてしまう。

「龍仁がそこまで驚くところを見るのは久しぶりね」

 そう言って母さんは笑みを浮かべる。


「実は花凛から事前に連絡をもらっていたのよ」

「近いうちにあなたを連れて帰るからその時にやってほしいことがあるってね」

 なるほど、花凛は前々からこうすることを考えて居たのか。

 すると今まで黙っていた花凛が俺に向かってこう言う。

「兄さん、今日は本気で胸を借りるつもりでいかせていただきます。ですから兄さんもいい勝負をしようなどとは考えず、本気でお願いします」

 花凛が俺に向けたことのない眼差しで俺を見ていた。

 これは、俺も腹を括るしかないようだ。


「わかったよ花凛。兄と妹ではなく、今は黒命当主をかけて争うライバルだ」

 俺がそう言うと花凛も満足そうに頷く。

「よろしくお願いします」

「さて、話はまとまったようね。じゃあ早速始めましょうか」

 黒命家本邸で最も広く、主に魔法の演習・訓練に使われる通称黒龍の間。

 初代龍義が自分の魔法で作り上げた、世界でもそう類を見ないほどの強度を誇る建造物で、俺の本気の崩壊を当てても崩れないという、とてつもない建物である。

 仕組みとしては物理的な障壁はもちろんのこと、魔法を相殺する魔法が全体にかけられているということらしく、相殺の魔法がどのようなものかはわかっていないそうだ。

 俺が視ればわかるだろうが、それが明るみに出れば厄介なことになりかねないためあまり視たいとは思わない。


「二人とも準備はいいかしら?」

 俺と花凛は距離をとって向かい合い、お互いに頷く。

「それじゃあ、黒命当主継承戦。会場はここ、黒龍の間全体のみ、魔法の制限は無し、しかし相手に致命傷を与えるものであってはならない。どちらかが敗北を認めるか、戦闘継続が不可能と私が判断した時点で決着とする」

 母さんが当主継承戦のルールを読み上げる。

 そして開始の合図はあれだ。


「黒命の掟・当主について」

「「世代で最も強いものが次代の当主となる!」」


 全く同じタイミングで体が反応する。

 こうして俺と花凛の継承戦が始まった。

 開始直後花凛は持ち前の制御力で数え切れないほどの空気弾を放つ。

 それを俺は自分の周りに崩壊を発動させることで防いだ。


「さすがの制御力だな花凛」

「まだまだ行きます」

 今度は俺が花凛より先に魔法を展開し、放つ。

 魔法は同じく空気弾だが、俺の空気弾は形状が違う。

 細い双円錐状の空気弾、一般に空気槍と言われる空気弾の類型魔法だ。

 これが通ってくれるのならば話は簡単なのだが……。


 俺の放った空気槍は花凛へ届く前に霧散する。

「まあ、そうなんだよな」

 俺が崩壊を使えるならば家族である花凛が使えないはずはない。

 俺と花凛の勝負は単なる魔法の力比べではない。

 裏の取り合い、つまり高度な心理戦だ。

 入学式の日に勝利がやって来た背面からの奇襲攻撃のような工夫は必須だということである。


 さて、どんな手で攻めたものか。

 そう考えている間にも花凛からは絶え間なく魔法が放たれてくる。

 このままでは埒が明かない。

 そう考えた俺は身体強化の魔法をかけ花凛に向かって飛び込む。

 俺達には見慣れている親父の得意とする戦い方だ。

 その瞬間花凛が少し笑った。

 花凛は大きく後ろへ飛びのき、俺の飛び込んだ先に向かって前後左右上空から多種類の魔法が飛んできた。

 崩壊はありとあらゆる魔法に効果があるが、それはそれぞれの魔法に対して少しずつ崩壊の構成を変えているからである。


「さすがにこの種類は骨が折れるな」

 この数の別種類の魔法を同時展開し、発動できるのは花凛の魔法制御力あってこそである。平均的な魔法使いがこれと同じことをやろうとするとアストラル体がオーバーフローし、最悪の場合今後一切魔法を使えなくなる可能性がある。

 さて、どう対処したものか……。

 俺の脳裏には二種類の対処方法が浮かぶ。

 普段なら龍眼で状況把握、身体強化と崩壊でそれぞれ対処するが今回は状況が状況だ。

 しかし、これは当主戦ただ勝つだけでは意味がない。

 世代で最も強いものが当主になる……これは黒命の当主の話だ。

 だが俺は文字通りの最強であることを期待され、次代の魔法界トップとなることへの責任がある。


 近くまで来ていた魔法に対処しながら、フゥと息をつく。

「家族にくらい隠し事はやめにしようか」

 俺の中で完全に決意が固まった。

「兄さん?隠し事ってどういう……」

 俺がそう言った瞬間花凛はあからさまに動揺し、母さんはどういう訳か少し笑っていた。

 そして俺は1つの魔法を発動する。


 その魔法は親友の魔法。

 俺と共に将来の魔法界を背負うことを期待される一人の魔法。

 そして本来、家外の者には扱えてはならない魔法。

「赤の魔法、征伐」


 俺への魔法干渉を不可とするルールを強制する。

 崩壊では対処しづらい数の魔法が俺の体に到達する寸前で一度に霧散する。

 

 赤の魔法征伐、初代赤司家当主 赤司裁あかし さばきによって生み出された概念強制の魔法。

 効果時間こそ長くないがその能力は圧倒的で、魔法によって概念すらも制御してしまう赤司家の秘伝、固有魔法だ。

 生死の境を超えることはできないが、それ以外ならば基本的にできないことはない。

 もちろん難易度の高い設定や特別な概念を設定すると効果時間は短くなっていき、連続での使用は難しいなど様々な制限もあるが、最強の魔法の1つに数えられる。


「そんな、どうして……!?」

 あの魔法で次の攻撃の機会を図ろうとしていた花凛は俺の使った常識的にはあり得ない、いやあり得てはならない魔法に驚愕の表情を浮かべている。

 試合どころではなくなってしまった花凛を見て母さんが間に入ってくる。

「今日はここまでね。さて龍仁、私と花凛にきちんと説明しなさい」

「はい、では落ち着いて話しましょうか」

 あえて花凛の状態には触れず、俺はいつもと態度を変え、真剣に事に向き合う。

 戦闘開始前以上に緊張感を高め、表情を引き締めた。

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