第26話 複雑な恋路
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私、黒名花凛は朝から複雑な気分だった。
今朝はお兄ちゃんと夏葉さんが1秒でも長く二人きりでいるのに耐えられなくて、朝の準備も早々に中等部とは正反対の方向の家所有のホテルへ向かっていた。
ちょうど私が到着した時、夏葉さんはメインルームにはおらず、いつも通りお兄ちゃんを起こすことができた。
お兄ちゃんを起こすことはもうずっと前から私の日課だ。
いつも通りそれができたことには安心するも、やっぱりほかの女がお兄ちゃんと一緒に寝たという現実を受け止めるのは厳しかった。
お兄ちゃんの前ではいい妹でいたい。
でも、私だって一人の女の子だ。
好きな人には自分のことを見てほしい。
技術の進歩や魔法の登場によって、血縁の近い者同士の結婚への偏見は昔に比べたらだいぶ減ったそうだけど、一般常識にまで浸透したかと言われたらそれは違う。
幸い、私の両親はそれなりに理解してくれていると思う。
お父さんは知らないけどお母さんは。
私の気持ちを受け入れたらきっとお兄ちゃんも世間からいい評判は受けないだろう。
私のせいでお兄ちゃんが世間の悪意にさらされる。
普段なら絶対に耐えられない。
でも、この気持ちだけは、この想いだけは何としても叶えたい。
昨日のことでこの気持ちがいつもより強くなっていた。
「はぁ……」
そんなことを朝から考えていた私は中等部へ到着すると同時にため息をついた。
「朝からどうしたの花凛?」
不満爆発と言った表情で登校してきた私に中等部生徒会で書記を務める青砥夏帆が声をかけてくる。
「夏帆のお姉さんが私のお兄様と同衾などと許せない真似を……」
「あーやっぱりお姉ちゃん、龍兄のところに居たんだ」
夏帆はお兄ちゃんのことを龍兄と呼ぶ。
多分私が夏帆相手にお兄ちゃんの話ばかりしていた結果こうなったのだろうと思っている。
決して自分の姉が結婚することを確信しているからではないはず。
「え、夏帆聞いてなかったの?」
「いや私は聞いてたんだけど……お母さんを説得するの大変だったよ」
「さすがは性悪女……私がお兄ちゃんのことで上手を取られるなんて」
「まあまあ、同じ人を好きになった者同士そろそろ仲良くしたら?」
「相手が夏帆だったら、仲良くできたかもね」
私は夏帆のその言葉に軽い冗談で返した。
「……うん、そうだね」
だからどうして夏帆の声が少し暗くなったのかを理解することはできなかった。
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今日の朝は騒動まだまだ終わらないようだ。
夏葉とは教室で別れ、雪乃と共にいつもよりも早い時間の教室に入る。
夏葉もついてきたがっていたがクラスの方で友達に呼ばれてしまっていた。
「あれ龍仁君?今日は早いね。朝からデートかな?」
いつも早くから機関に来て俺が来るまで星の近くにいるまつりがからかい気味に声をかけてくる。
「ははは、まあ、うん。」
俺はいつも通り軽く流そうと思ったが、雪乃に握られている手が強くなったことから下手にごまかさず、三人に質問責めされることにした。
「おはようございます。龍仁様。それで、いったいどういうことでしょう?」
「あ、ええっとな、話すと長くなるというか……」
「構いません。はじめから、す・べ・て お話してください」
有無を言わさぬ星からの圧に俺は屈するほかなかった。
「なるほど……。私とは数日前に当主・親同伴で結婚の話をしていて、その時には結婚の話はまだ、などとお茶を濁していたにも関わらず、夏葉さんとは堂々とその先の関係となってから行われるべき行為の方へ進もうとしていたと。そういう訳ですね?」
うーん、ぐうの音も出ないほどその通りである。
「はぁ、昨日の解散後夏葉さんが妙にソワソワしていましたから、また抜け駆けをしようとしているとは思っていましたがよもやそこまでとは」
星もよく見ているんだな……。
「今回はなんとか未遂で済んだようですし、花凛さんが何もしないとは思いませんので私の方からこれと言って文句を言うことはありません」
「そ、そうか。でもまあその、なんというか悪かったな」
いつもの星の態度から考えれば、当然何か言ってくるものだと考えて居たため逆にいたたまれなくなって何となく謝ってしまう。
「悪かったというならば今度は私と銀世所有の別荘へ行きましょう。最近お母さまが旧北海道の方でいいところを買ったと言っていましたので」
北海道か……あの辺は森林化の影響が相当大きかったはずだが。
「星さん!次は私が龍仁さんと一緒にいる番なんです。別荘はまた今度にしてください」
やはり雪乃は昨日から変わっている。
だが無理をしているようには見えない。
これが一皮むけるということなのだろう。
今の雪乃は以前よりももっと魅力的だ。
俺がそんなことを考えて居るとここまで黙って話を聞いていたまつりが口を開いた。
「羨ましいよ二人とも。まっすぐ好きな人のことを見れて」
いつも元気で活発なまつりにしては珍しい、控えめな口調だ。
「急にどうしたんだまつり?」
俺は素直に疑問を口にする。
「私も星や雪乃みたいに恋愛をしたい女の子ってことだよ」
先ほどの控えめさを覆い隠すようにカラッと笑って見せる。
そう言えばまつりの恋愛話はあまり聞いたことがないな。
俺はそう思って星と雪乃の方を見る。
二人は微笑ましげに笑っていた。
しかし笑っているだけで何かを言い出すそぶりは見せない。
「まつりは好きな人のことをまっすぐ見れないのか?」
俺は自分で聞かないと何もわからないと思い、まつりの言っていたまま聞いてみることにした。
まつりは複雑そうな顔をしながら苦笑いを浮かべる。
「あまり関わる機会もないからね」
関わる機会が少ない?魔法使いじゃないのだろうか。
「珍しく気が付いていないんですね龍仁さん」
雪乃が本当に珍しそうにそう言う。
「ああ、そうだな。今までにまつりのそういう態度って見た覚えがないし」
夏葉や星、雪乃などは見るだけでもわかるように好意を飛ばしてくる。
しかしまつりがそれを他人にやっているところを見たことがない。
「まあ、たしかにあまり会えない方ですものね?まつり」
「や、やめてよ星。どうせ私の片思いだし……」
ふむ。ますますわからなくなっていく。
別に無理やり暴いてやろうとかそういうことはないが、こんな話をし始めた以上気になってしまうのは人の性だろう。
俺は一人真剣に考える。
「ちょっと、龍仁君。そんなに真剣に考えることじゃないって!」
まつりにそう言われたときふとある予想が思いつく。
「もしかして、年上の人?」
俺がそう言うとまつりは少し頬を赤くする。
「さすがは龍仁様その通りです」
「ちょ、星!?やめてよ」
どうやら俺の推測は当たっているらしい。
「いいえ、まつり。あなたは少し積極性が足りないと思います。自分で公表してしまうくらいがいいと思いますよ」
「いやまあ、積極性が足りないっていうのは認めるけど、星とか雪乃みたいにするのも私は正直どうかと思うけどね」
いつの間にかなぜか火花が散っている。
「まあまあ、好意の表現の仕方は人それぞれでいいと思うぞ」
俺はヒートアップする前に仲裁に入る。
「確かに龍仁君はずっとはっきりさせないもんね」
仲裁に入ったはいい物の次の標的は俺になってしまった。
「いや、それはだな……。それより誰なんだよまつり。ここまで来たら教えてくれよ」
わざとらしく咳ばらいをして、俺は逸れた話をもとの軌道に乗せる。
「それは、その……。終治には言わないでね?」
「お、おう」
終治には……?まさか、あいつなのか。
「私は赤司始さんが好きなの」
まつりが照れながら細く途切れそうな声でそう言う。
俺は最近で一番複雑な感情を胸に抱くことになった。
「そう……なのか」
赤司始。今やこの日本で知らない人はいないだろうという程、有名な魔法使いだ。
一匹狼な終治とは違いコミュニケーション能力が高く人あたりが良い、それでいて魔法界でもトップクラスの容姿、実力を兼ね備えるスーパースター。
そんな彼には全くと言っていいほど黒い噂がなく、誰に聞いてもプラスの人物像しかうかがい知れない。
しかし、俺は何となく彼、赤司始のことを警戒していた。
俺の眼の能力は十色の皆ならばある程度は知っている。
そう、相手の考えが読めるというものだ。
それを俺が周りに話したのが8歳くらいの時。それまでは何度か始と顔を合わせる機会はあったが、俺がその話を周りにした以降、彼は俺の前に一切顔を出さなくなった。
もちろんそれでも遠目に見たり、すれ違ったりすることはあったが眼を使う隙を与えてくれることはなかった。
昔は嫌われただけだと思っており、それ以来眼の力について他人に話すことはしなくなったのだが、今になって考えるとただ嫌われただけとは思えなかった。
「どうしたんですか?龍仁さん。少し元気がないように見えますが……」
俺が赤司始についていろいろと考えて居ると少し心配そうな顔で雪乃が話しかけてくる。
星とまつりは二人で盛り上がっていた。
「ちょっとな、杞憂だといいんだが……。まあ雪乃は気にしなくていい。心配してくれてありがとうな」
「いえいえ、私でよければいつでもお話聞きますからね?」
そういう雪乃からは先日までのおどおどとした雰囲気が完全に消えていた。
「まあ、まつり頑張れよ。自分で言えることじゃないがあの人は俺以上に高倍率だからな」
いくら魔法使いに重婚が許可されているからとはいえ、現実的に10人も100人もという訳にはいかない。
とある歴史上の国では、全員を同じだけ幸せにできるのならば重婚を可とするという国があったそうだ。魔法界でも考え方は同じ、さらに魔法界では政略結婚というものは推奨されていない。
ある有名な魔法研究者によれば、政略結婚によって誕生した子どもより恋愛結婚によって誕生した子どもの方がより秀でた魔法の才があるという研究結果があるというのだ。
いったい何がどうしてそうなっているのかは全くわからないが統計的にも実際にそのようなデータが存在しているらしい。
そのため魔法界での重婚は全員を同じだけ愛するということが重要になるということだ。
魔法使いと言っても所詮は人間、器量にも限度があるというわけで好かれた人全員と結婚するという訳にはいかないのだ。
俺は複雑な感情を隠して友人の恋路を応援することにした。
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