第25話 優秀な妹

 朝のひと悶着の後、俺と夏葉は二人で登校していた。

 夏葉の登校時間に合わせたため普段からは考えられないような時間に登校している。


「そういえば夏葉、昨日のことは家にはどう言ってあるんだ?」

 昨夜夏葉も言っていたように黒命家と青砥家の関係はよくない。

 だから夏葉が家には嘘をついて一泊していることは間違いない。

何も言ってないよ?」

 ……ん?

「ん?」

「だから何も言ってないって」

「じゃあ、今夏葉の家は……」

「まぁ、もしかしたら大騒ぎかもね」

「……事情説明で家に来いなんてことにはならないよな?」

 最悪の状況が頭に浮かびあがる。


「あはは、大丈夫だと思うよ。あの子には言ってあるから」

「いや、何を根拠に……って、ああ夏帆か」

 俺はこの前銀世家へ事情説明に行って、花凛を迎えに行けなかったため今日も同じことになってしまうのではないかと一瞬焦ったがその心配はないと気が付く。

「花凛ちゃんと同じくらい良くできた妹だからね。むしろ龍仁をめぐって争いにならない分、花凛ちゃん以上かもね」

 青砥夏帆、夏葉の1つ下の妹だ。実戦魔法より魔法理論の方が得意な才女。


 青砥三姉妹の中では唯一本当におしとやかで控えめな性格をしている。花凛とは全く逆の性格をしているが、意外と馬が合うらしく中等部では書記として生徒会役員を一緒に務めている。花凛と仲がいい手前、龍仁にはよくなついてくれているが夏葉によれば恋愛感情はないらしい。


「確かに机上試験だけなら普通に俺達よりできるだろうし、空気の読めるいい子だからな」

「そうだね、夏帆が上手い風にごまかしてくれてるから大丈夫」

「ああ、夏帆なら心配いらないな。」

 まぁでも迷惑かけちゃっただろうし今度何か持って行ってあげよう。

 そんな話をしていると機関へついてしまった。

 

「龍仁さんおはようございます」

「雪乃……おはよう」

 昨日のことを知られていて、なんとなく気まずい挨拶になってしまう。

「ちょっと、私もいるんだけど?雪乃おはよう」

「はい、夏葉さん。おはようございます」

 夏葉に牽制の意を込めた(ように見えた)挨拶をしたかと思うと雪乃は俺の右腕に抱きついてくる。


「ちょっと雪乃!?」

 雪乃は夏葉の制止を気にも留めず、意を決したように俺を見る。

「最近は夏葉さんや星さんばかり構われていてさみしかったです」

 正直今年一番の驚きになるかもしれない。

 雪乃は昔から自己表現が苦手な子だった。

「昨日もショックでした」

 本当に悲しそうな表情で切実に訴えかけてくる。

「龍仁さんの気持ちが私より、星さんより、夏葉さんに向いていることは分かっていました」

「……。」

 これには俺も返す言葉がない。


「星さんがどうかは知りませんが、誰より龍仁さんを見ていた私にはわかりました」

「……」

 こういう時、どういう顔をすればいいのかわからない。

 いつもなら突っ込んでいきそうな夏葉も黙って聞いている。

「花凛ちゃんから星さんの家に行ってあったことも、昨日のことも聞いています」

 雪乃の眼から雫がこぼれる。

「!?」

 俺は雪乃の涙にも驚かされたが、それ以上に雪乃の眼に普通ではない魔力を感じて衝撃を受ける。


「私だって、龍仁さんに聞いてほしいこと、話さなきゃいけないこといっぱいあるんです」

「私は3番目だって構いません。でも」

「でも、少しでもいいから私のことも見てほしいです」

「私はあの時から……ずっと」

 これ以上は、ここで言わせるべきではない。

「雪乃」

「……はい」

「今まですまなかった」

「雪乃が謝罪を欲しているわけではないことはわかっている」

 雪乃はうつむいたままだ。

「近いうちに雪乃ともしっかり話す時間を作ろう。償いはその時にさせてくれ」

「ありがとうございます」

 少し顔を上げた雪乃は俺だけを見てはにかんだ。


 少し重たい空気が流れたが、雪乃が俺の腕を引いて教室に向かい始めたことで緩和された。

「ねぇ、雪乃」

「なんでしょう夏葉さん」

 いつもの調子に戻った雪乃に夏葉が話しかける。

「あなたが龍仁を好きになったきっかけって何なの?」

 その質問に答える前に雪乃はちらりと俺へ視線を向けた。

「……龍仁さんが私の世界を、私にとっての紫乃家の存在を変えてくれたんです」

「どういうこと?」

「詳しいことはまだ内緒です。今度星さんや花凛ちゃんと一緒に、龍仁さん会をしましょう」

 なんだその会は……。

「その時に皆でそういう話をしませんか?」

「いいね、それ。楽しそう。龍仁の使用人の黒子さんも混ぜよう!」

「む、また新しい相手ですか?」

 いつもより感情をよく表に出すようになった。

 雪乃は変わろうとしている。

 今までなら自分からそんなことをやろうなんて提案を雪乃がすることは考えられなかった。

「龍仁も来る?」

 集まりの名前からさすがに俺は行きたくない。

「いや、さすがに俺がいたら話しづらいこともあるだろうし遠慮しておくよ」

「龍仁さんも来たら楽しそうなのに」

「雪乃までそんなことを言うのか……」

 夏葉の突然のパスに雪乃までが乗ったことで真剣になりかけた俺の思考はここで止まったのだった。

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