第22話 酒は飲んでも……

「え、なにこれ?」

「ちょっと話すと言ってももう遅いからな、眠くならないってのもあれだし、さっきより少し酒精が強いお酒を用意してもらった」

 あえて、一番の衝撃には触れず答えた。


「いや、そっちもだけどなんか部屋変わってない?」

 しかし夏葉は触れずにはいられなかったみたいだ。

 まぁ、夏葉が驚くのも無理はない。正直俺も驚いている。

 黒子には酒精が少し強いお酒を部屋に用意するように頼んだだけなのだが、宿泊を主な目的としたこの部屋が、カフェの個室、いや雰囲気の良いバーの様な部屋になっていた。

 バーには行ったことがないから完全に想像上でのイメージだが。

 部屋に大きな存在感を放っていたベッドですら、その存在感をあまり感じることがないほどになっている。


 本当に、いったい何をすれば今の十数分ほどでここまで部屋を変えることができるのか……そこまで考えて考えるのを止めた。

「黒子ってほんとに優秀なんだよ」

「これは優秀とは違う気がするけど……」

 夏葉はすこし呆れつつ、シャンパンが用意された円形のテーブルの奥側に腰を掛ける。

 俺もそれに続いて夏葉の正面に腰を掛けると、まるで見ていたかのようなタイミングで黒子が入ってくる。

「お注ぎいたします」

「ああ、頼むよ」

 黒子は俺と夏葉のグラスに少し少なめに注ぐと俺の方を見た。


「ご無礼を承知で申し上げます。飲みすぎにはくれぐれもご注意ください。」

 酔った勢いで間違いが起こることを懸念してくれているのだろうが、何故か必死さが感じ取れる。

「ああ、一杯だけにしておくよ。ありがとう黒子、今日はもう休んで。おやすみ」

 俺はあえてその必死さには触れなかった。

「はい、お休みなさいませ龍仁様。それと」

「それと?」

「私と一緒ならば飲みすぎていただいても構いません」

「お、おう?」

 黒子は突然そんなことを言うと小走りに部屋を出て行ってしまった。

 おいおい、どうなってる。

「黒子さんも女だね。この雰囲気の、私の前で言ってのけるとは」

「夏葉、黒子に何か言ったのか?」

「うん、まあね。ちょっと塩送りすぎだったかも」

 何のことかよくわからないがきっと俺が魔獣討伐に行っている間に何かがあったのだろう。


「まぁ、黒子についてはまたいつかにしよう」

「そう?ありがと、でもちゃんと考えてあげてよ?きっと難しいだろうからね」

「ああ、ほんとに色々あるからな。まぁ今はいい。」

 いったい黒子は夏葉とどんな話をしたのか。そもそも二人がまともに話すのは今日が初めてじゃなかったか?

 考え始めれば止まらなくなりそうだったため今はいいと、思考を放棄する。

「そうだね」

「じゃあ、改めて」

 「乾杯」

 二人で静かにそう言うと一口飲み、視線を合わせた。


「確かにこれ若干強めだね」

「さっきのは相当弱めてもらってたからな」

 なんとなくさっきの会話でお互いに気まずくなってしまったため、当たり障りのない感想から会話が始まる。

「なんでそんなに弱めてたの?」

 夏葉はこの話を続けるようだ。

「そりゃあ、明日も授業はあるし……」

 今回は特に深い理由があるわけではなく、ただあまりに強くて眠くなってしまっては意味がないと思ったからなのだが。

 しかし今は馬鹿正直にこんなことを言うべきではないだろう。

「あるし?」

「俺もお前も、酔い過ぎたら何するかわからないからな」

「ふーん、じゃあ今はいいってこと?」

 ……。

「寝酒って意味もあるがまぁ、そうだな」

「でも一杯だけなんでしょ?」

 そんなことを言っておいて俺が一杯だけにしたことが気に食わないようだ。


「さっきも言ったように授業が……」

「授業なんて一日くらい休んだって問題ないじゃない」

 夏葉が存外気にしているようで、少し驚かされた。

「俺たちは生徒会役員だしな」

「でも……」

 ああ、夏葉もう酔ったのか。

 顔色はあまり変化が見られないが、雰囲気が確実にいつものものと違う。

 ちょっとめんどくさいけどこれはこれで可愛いな。

「夏葉、今までに酒飲んだことあったか?」

「いや、ないけど。どうして?」

 やっぱりか、いくら二人だけとはいえここまで砕けた雰囲気の夏葉は初めて見る。


「飲むときは必ず俺の近くにしておけよ」

 自分の口から出た言葉が耳を疑うほど甘い声で少し気恥しい。

「いきなりどうしたの龍仁?」

 酔っていても察しの良さは相変わらずなようで、俺の態度の変わり様を感じ取り少し照れたような口調で聞き返してきた。

「酔った夏葉をあまり他のやつに見せたくない」

 俺も隠さず本心を語る。

 いやだってこれはダメだろ。雰囲気が相まってのこともあるだろうがそれにしても、だ。

 さっきの濡れた髪の立ち姿とはまた別の美しさ、妖艶さがあり、その中にいくら大人びていても抜けきらない15歳の少女としてのかわいらしさ。

 こんな姿の初恋相手を見せられて落ち着いていられる男がどれだけいるだろうか。

 いや、いないね。断言できる。

「もう、本当にどうしたの?いつもより素直だね」

 夏葉の声もどんどん甘くなっている。

「これが酒の力か……」

 酒もあるが黒子の部屋のセッティングも影響しているのだろう。あまりにも雰囲気ができすぎている……。アルコールが無くても雰囲気に酔えそうなほどだ。


「龍仁、私酔ってるの?」

「そうだな、いつもの冷静で完璧な夏葉とは大違いだよ」

「そっか……えへへ」

「もう寝ようか、やっぱり一杯にしておいてよかったな」

 このままもう少し酔わせて、いつもとは正反対の夏葉を楽しみたいところだが、あいにく今日は平日だ。

 俺は逸る感情を押さえつけた。

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