第23話 それ以上は進ませない

「たつひとー」

 夏葉を寝かせるために先に、ベッドに入っていた俺へ夏葉が覆いかぶさってくる。

「ほら、夏葉。上じゃなくて隣でゆっくり休もう?」

 俺は吹き飛びかけた理性を何とか保ち、夏葉を横に寝かせようとする。

「んっ」

 だが、そんなことで諦める夏葉ではない。俺に覆いかぶさったまま軽くキスをしてくる。

 これは、もう仕方ないよな。


 俺は覆いかぶさっている夏葉を抱き寄せる。

 そして――――――

 バシュっと俺の横で何かが突き破られたような音がする。

 俺も夏葉も驚いて音の方を見るとそこにはハート形に穴の開いたクッションがあった。

「まさか……」

 俺がそう呟くと同時に俺の端末が鳴った。


 一瞬夏葉と顔を見合わせ、確認をとる。

 夏葉は小さくコクンと頷いたので、俺は端末を手に取った。

「もしもし」

「そこまでは許さない」

 俺が電話に出るとすぐにそう聞こえてきた。

「待ってくれ花凛、まだ何もしてない……ぞ?」

 そう、この完璧なタイミングで電話をしてきたのは妹の花凛である。

「でもお兄ちゃん、もう仕方ないって覚悟を決めた顔してた」

 そこまで見られていたとは……。

「いや、まぁ確かにそうかもしれないけど」

「ダメと言ったらだめなの!もう私黙って泣き寝入りとかしないから」

 そう言われてハッとする。

 確かに花凛の声がいつもと少し違うように聞こえる。


「泣いてたのか花凛」

「だって、だって……」

 そこまで言うと花凛は泣き出してしまった。

 大人びて優秀な花凛だがまだ中学生なのだ。

 全ての感情を仕方ないと割り切れるはずがない。

 アルコールの影響もあるだろうが、確かに俺の行動は軽率だったと妹を泣かせてようやく気が付く。


「ごめんな花凛、こういうことはせめて全部に話がついてからだよな」

「うぅ……」

「花凛……」

 俺がそう呟き少しすると、花凛がまた少し落ち着きを取り戻した声で話し始めた。

「……お兄ちゃん、スピーカーモードでいいから夏葉さんに代わって」

「あ、ああ」

 俺は言われるがまま携帯型端末を夏葉に渡す。


 夏葉の顔からはもう酔いの気配が消えていた。

「代わったよ、花凛ちゃん」

「お久しぶりです。夏葉さん」

「久しぶりだね」

 まだ一言二言しか交わしておらず、直接顔を合わせているわけではないというのに火花が散っているようだ。

「それで、何かな?」

 夏葉が少し挑発的な態度をとる。


 嵐の予感を覚えたが、俺の予想道理にはならなかった。

「まずは、兄との時間を邪魔してしまいすみません」

 !?花凛が夏葉に素直に謝ってる。

「まぁ、私も花凛ちゃんの立場だったら同じことしたかもしれないから、あまり気にしないでいいよ」

「そうですか、実は今雪乃ちゃんと一緒にいるんです」

 ん?

 何の脈絡もなく突然放たれた一言に夏葉以上に俺が驚く。

「花凛?なんで雪乃が一緒なんだ?一体いつから?」

 落ち着け冷静になれ、もし仮に一緒にいてもこっちを見る手段は花凛にしかない。

「お兄ちゃん焦りすぎ、雪乃ちゃんには私が連絡してきてもらったの。お兄ちゃんが戻ってきたころから一緒にいるよ」

「そうか……」

 そう言って俺は悟ってしまった。

 俺の一番はもう夏葉だけでないことを。

 花凛を泣かせてしまったときの感情、雪乃に見られていたかもしれないという感情。

 とんだ浮気者だ、俺は……。


「もういいかな?龍仁」

 焦って会話に入ってしまった俺に夏葉がやさしく問いかけてくれる。

「ああ、ごめん。邪魔したよな」

「それで花凛ちゃん、雪乃ちゃんがいることと私に何か関係あるのかな?」

 夏葉はあくまで強気の姿勢を貫くようだ。

「いえ、今のは兄を動揺させるために言わせてもらったまでです」

「なるほど、それで?」

「これで分かったでしょう?お兄ちゃんの一番はもう夏葉さんだけじゃないということです」

 夏葉の表情が少し曇る。

「そうかもしれないね」

 そして確実に元気をなくした声でそう反応した。

「それが言いたかっただ――」

「でも!」

 花凛が勝利宣言をしようとしたところに夏葉が待ったをかける。


「よく見ててね花凛ちゃん。今は私が一番だから」

 ベッドに座って少し呆然としながら話を聞いていた俺を夏葉が押し倒す。

「龍仁、何を言われようと私の一番はあなたよ」

 そう言って、今までで一番深いキスをした。

「――――っ」

 電話越しに花凛の声にならない悲鳴が聞こえる。

「お兄ちゃん!」

 それから聞こえた声はどこか敗北感をにじませるものだった。

 その声を聴いてやっと唇を離す夏葉。


「花凛ちゃん、見ていたならわかるでしょう?今日までは私が一番なの」

 夏葉がここまで大胆に見せつけるとは……しかし今度は先ほど感じたような動揺はない。

 夏葉だけが一番でなくなっただけで夏葉が一番じゃなくなった訳ではない。

 そう考えられるようになると不思議と落ち着いてくる。

 ようやく冷静さを取り戻した俺は花凛に目を向けた。


「なるほど」

「どうしたの龍仁?」

 俺の突然のつぶやきに夏葉が反応する。

「雪乃がこんな時間に本当にいるのかと思ったけど納得したよ」

「やっぱり嘘だったの?」

「いや、本当さ。纏霊だよ」

「え?雪乃の魔法の?」

「そう。纏霊の応用性については俺も考えて居たが、まさか自分に使うことで仮想アストラルを人体型に作り出して動かすとは、すごいな」

「ええっ!?」

「そういうこと、さすがはお兄ちゃん一目で理解するなんて」

 なぜか花凛は誇らしそうだ。

 さっきの敗北を滲ませていた声やらは一体どこへ行ったのか。

「まぁ、アストラル体の人型だから幽体とでも言おうか。その幽体だから話したり触ったりできないし、普通の人には見えないんだけど俺と花凛の目なら視えるのさ」

「なるほど、だからさっきから雪乃の声とかは何も聞こえないわけね」

「それにしても雪乃、そんな距離まで幽体を飛ばせるのか」

 俺がそう言うと幽体の雪乃は少し嬉しそうな顔をして、またすぐに少し怒ったような顔へ戻ってしまった。


「お兄ちゃん!これ以上はもう邪魔しないけどダメだからね」

 さすがにもう遅い時間だし頃合いだと思っていた時、花凛の方からそう言ってきた。

「ああ、わかったよ。おやすみ花凛、雪乃」

 俺がそう言って電話を切ろうとすると「待って」と花凛から止められた。

「夏葉さん、さっきのは言い過ぎだった。ごめんなさい。正面から聞いてくれてありがとうございます」

「いいよ、花凛ちゃんも龍仁のこと大好きだもんね。雪乃もごめんね。抜け駆けみたいなことして私は雪乃のこと見えないけどあなたの気持ちを考えると複雑だと思うから」

 雪乃は首を横に振っていた。


「じゃあ、今度こそおやすみ花凛、雪乃」

「うん、お休みお兄ちゃん。大好きだよ」

 そう言うと電話は切れた。

 ふぅ。深く息をつく。

「夏葉」

「何?」

 予想通り少し不機嫌で悲しそうだ。


「おいで」

 俺はそう言って両手を広げ、夏葉を抱きしめる。

 すると夏葉は少し驚いたような顔をした。

「あんなことがあった直後だよ?」

「別に変なことをするわけじゃないよ。ただ今は夏葉との時間を大切にしようと思ってさ」

「ふーん、でも私はあんなことがあった後すぐそんなことできるほど図太くないよ」

 少しの照れと不機嫌が混ざったような感じだな。

「俺がしたいんだよ、きっと抱きしめて寝るくらいなら花凛も許してくれるさ」

「……龍仁がしたいならしょうがないか」

 どうやら折れてくれたみたいだ。

 そう言ってまだ少し不機嫌をアピールするような様子で控えめに抱きしめ返してきた。


「なぁ、夏葉」

「なに?」

「きっとこれからもっとややこしくなると思う」

「うん」

「俺もそれが当代最強なんて言う仰々しくて、重たい称号の責任だと思ってる」

「そんなに仰々しくないよ、事実だし」

「そうかな」

 重たいの方は否定しない辺り、本当に夏葉はよく理解してくれている。


「でさ、正直な話あまり夏葉や雪乃を巻き込みたくなかったんだ」

「花凛は妹だからもう仕方ないし星は銀世だから特殊だろ?」

 これは俺の偽らざる本音だ。

「そうだね。でももう龍仁は私たちも巻き込んでくれたんでしょ?」

 巻き込んでくれた……か。

「ありがとう、俺を選んでくれて」

 俺がそう言うと夏葉はカラッとした表情をして見せる。

「そもそも私の中では選ぶ必要なんてなかったよ」

「はは、そっか」

「そうだよ、だから私たちも龍仁の大きすぎる責任一緒に背負うよ」

「それは……」

 俺が一人でと言おうとした瞬間、控えめだった夏葉の抱擁が強くなる。


「ここまで巻き込んでおいて一人で背負うなんて言わせないよ?」

 これはやられたな。

「参ったよ。夏葉は世界で最高の女性だ」

 茶化し気味にそういうも、

「龍仁に対してだけなら、ね?」

 もう茶化す言葉も出て来なかった。

 

 それからは花凛に怒られるようなことは何事もなく、いつのまにか二人とも眠りについていた。

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