第21話 魔法の使いどころ
俺が帰ると本当に夏葉と黒子が盛り上がっていた。
「あれは、私が14歳の時……」
「おい黒子、何を話そうとしてるんだ?」
「た、龍仁様。おかえりなさいませ」
「龍仁!おかえり」
「ああ、ただいま。で、何の話をしてたんだ?」
「んー、さっきはいい雰囲気だったのにって話とか?」
「おい、それをいきなり話すのか。しかも黒子に……」
黒子は俺の専属の使用人だ。小さいころは花凛の次に一緒にいた時間が長い。
少し弱気な性格でおとなしめのかわいいタイプなので、容姿端麗、美人といった風貌で強気な夏葉とはあまり合わないのではと思っていたが意外なところで馬が合ったのだろうか。
「しかも黒子にってどういうこと?」
俺の最後のつぶやきに夏葉は過剰に反応する。
俺は黒子に助けを求めようと黒子の方を見やるも、彼女は彼女で俺が何を言うのかと興味深げにこちらを見つめているだけだった。
あれこの子、年齢が近いからとはいえ俺の専属になれるくらい優秀なはずなのに……。
俺の周りの使用人は何かと年の近い女性が多い。もちろん俺が選んでそうなったわけではない。親父の趣味だ。
ただの悪趣味ともとれるが、これは将来俺がハニートラップにかからなくなるように免疫をつけるため(らしい)。
親父の言う所には一種の英才教育だそうだ。
とそんなことを考え現実逃避をしてみるも、美女二人の異なる意味での追求の視線はやまない。
「はぁ……まぁ黒子は特別なんだよ」
「龍仁?それはどういう意味?」
「なんて言ったらいいのか……」
黒子は俺が生まれたときから、ずっと近くにいる。確かに黒命家は貴族ではないが、それなりに重要な地位にある家である。そんな家の長男にいきなり部外者の子供が傍付きになるだろうか。
答えは否である。
黒子の正体は親父の弟で、今は黒命家の一派の黒子家の当主をしている黒子龍二、旧姓黒命龍二の娘である。
要するに従妹なのだ。
控えめな性格でもしっかりしていて頼りになる黒子には昔から助けられっぱなしなのだ。だから何となく自分で自分の話をするのは良くても、他の人から黒子に話が行くのはおかしな気分なのである。
そして今の俺を悩ませている問題は黒子の家の正体をばらしてはならないことと、本来ならば俺も知りえない情報であるということだ。
「まぁ色々あるんだよ。な?黒子?」
俺はとりあえず力で押し通すことにした。
黒子は少し残念そうな顔で俺を見るも「はい。……色々あります」と色々な解釈ができそうな事を匂わせてきた。
「龍仁、今日までは私が……」
怒り7割残りの3割には複数の感情を込めた表情で、俺のかっこつけたセリフを披露しようとする夏葉。
「あー、疲れたなー。もう1回風呂入らなきゃ。黒子着替えの用意頼むわ」
俺は夏葉にそれ以上言わせまいと話をずらし、もしもに備えて黒子を部屋の外に出す。
「かしこまりました。本日はそのままお休みされますか?」
俺の無理矢理な話の転換にも文句ひとつ言わずに対応して見せる黒子に俺はあることを耳打ちして風呂に向かうことにした。
俺が風呂に入り始めるとすぐに脱衣所に人影が現れ、またすぐに消える。
さすがは黒子仕事が早いな。
「さて、黒子に頼んだもので夏葉の機嫌が取れればいいけど」
俺は黒子が着替えの準備を終えてくれたことで、もう聞かれる心配はないと独り言をこぼす。
「何を用意してくれたの?」
「は?」
思わず間抜けな声が出てしまう。
後ろを振りむくと、タオルだけを巻いた夏葉が後ろに立っていた。
風呂の扉が開く音はしなかった、ということは……。
「夏葉、自分の固有魔法をこんなところで使うんじゃない」
俺は呆れ声で咎める。
青砥家、青の固有魔法は操影という魔法だ。
その名の通り影を操って固定し拘束することができる。いわば最強の拘束魔法と言えるだろう。
しかしこの魔法の真価はそこではない。
操影の使用者は影の中に入り、影を伝って移動することができるのだ。
夏葉はこの操影で俺の影に忍び、出てくるタイミングを計っていたのだろう。
「ふふ、私の隠密術もなかなか上がったでしょ」
「ああ、気を抜いていたとはいえ全く気が付かなかった。こりゃ個人戦も本気で相手をしないとな」
まんまとしてやられた俺はすこしの意趣返しをする。
「何?もともと手を抜いてくれる予定だったの?」
「まぁ、正直な話お前たちには本気を出すことはできないけどな……」
「いきなり真面目な話にしなくても……」
「いや、そんなことより何してるんだ?俺今完全に見えてるんだけど」
「それが?」
「いや、それが?じゃないが」
「さっきはそのつもりだったんじゃないの?」
それは……。
俺は答えに詰まってしまう。
「まぁ、それは今日じゃなくてもいいか。龍仁は疲れてるだろうし、背中流してあげるよ」
何とか今日は見逃してくれたみたいだ。
「そうか、じゃあお言葉に甘えて」
そう言って俺は夏葉に背中を預けた。
ん?なんだか魔法発動の気配が……
「って熱っ!?おい夏葉さっきから魔法の無駄遣いがひどいぞ」
夏葉を信用して背中を預けた俺は熱湯をかけられていた。
「だって龍仁、私のこと一番って言ったのに1時間もいなくなるし、黒子さんにはなんか意味ありげなこと言ってたし」
「嫉妬したのか?」
開発部隊のことは言わない方がいいだろうと黒子の方を話の中心にしようとする。
しかし俺の気回しは無意味に終わった。
「ごまかさないくてもいいよ。黒子さんに少し聞いちゃったから、未開域開発部隊のこと」
黒子が何の意図もなく俺のことを話すとは思えないが、これはきっと彼女なりに気を使ってくれたのだろう。
「そうか、どこまで聞いたんだ?」
「全部」
むくれた表情で平然と嘘をつく夏葉。
いやこれは嘘だとバレることが分かったうえで全部を知りたいってことか。
「そうか、じゃあ夏葉にはもう教えることはないか」
俺はむくれた夏葉の表情が可愛かったので少しからかってみる。
「うぅ。ちょっとしか聞いてないよ。でも龍仁のことは全部知りたいの」
可愛らしい雰囲気からは一変、大人な雰囲気に変わった夏葉はそう言ってきた。
「じゃあ、風呂を出てゆっくり話そうか」
俺は体を拭くのも手間だとものを乾燥させる魔法を人体にちょうどいいレベルに調整して発動する。この魔法はたいていの魔法使いは毎日使っているため、魔法使いからは見れば慣れた光景だろう。
「乾かして」
唐突に夏葉がそう言って手を広げる。
さっきはいい雰囲気だったため、わざわざドライヤーで乾かしあったがどうやら夏葉は今も同じようにやりたかったらしい。
少し不機嫌になっていた。
「仰せのままにと言いたいところだが、魔法でいいか?もう夜も遅いしこれからまだ話すことがあるからさ」
「うん、魔法でいいよ。龍仁の魔法で乾かしてもらうことに意味があるの」
彼女なりのこだわりなのだろう、これくらいで少しでも穴埋めになるなら俺に全くの異存はなかった。
「わかった」
俺はそう言うと、自分よりも念入りに調整した魔法を夏葉にかけた。
「さすがは龍仁、私も最巧って言われることがあるくらいなのに敵わないや」
「いや、魔法の精度は夏葉の方が上だよ。今回のは気持ちを込めたんだよ」
「ふふっ、じゃあそう言うことにしておいてあげる」
本当なんだけどなぁ。
そんなやり取りをしつつ着替えを終えると一緒に化粧室を出たのだった。
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