第18話 出撃/女子の友情

嫌な予感は的中してしまった。

 Beeeeeee!!!!

 俺たちの部屋の無線機からけたたましい警告音のような音が鳴り響く。

「えっ、なに?」

「……この音は、まさか」

 俺は一瞬で冷静になる。最近何度かこの音に聞き覚えがあった。


 その瞬間、黒命家用の部屋回線がつながる。

「龍仁聞いているな?Cクラス指定の魔獣だ。開発部隊第一隊、第二隊に出動命令が出た。現場の情報はお前の端末に送っておいた、俺も向かうがお前も急行してくれ」

「親父!どういうことだ。魔獣発生の予兆なんてなかっただろ!?」

 俺はそう叫ぶも、もう通信は切れており、独り言になってしまった。


「龍仁?どういうこと?魔獣ってあの魔獣?どうして龍仁が出動命令なんて受けるの?」

 夏葉は焦りと不安が混ざったような表情で俺にそう聞いてくる。

「ごめん夏葉。必ず説明する。この埋め合わせは近いうちに絶対するから」

 俺は急行せよという命令になるべく迅速に従うため、すぐに備え付けの自分用戦闘服に着替えて、部屋の外にいた黒命の使用人に声をかける。


「話は聞いたな?すぐに出る。いろは!車を用意してくれ」

「龍仁様!車は裏手に待機させております。こちらへ」

「わかった」

 ――――――――――――――――――――――――――――――

「……何が起きたの?」

 ひとり残された私は戸惑っていた。

 龍仁が出動?魔獣?本当にどういうことなの?

 龍仁は必ず説明するって言ってたけど、そんなの待てない。

「あの、すみません」

 私は部屋の外にいたホテルの従業員の恰好をした黒命家の使用人だと思われる人に話しかける。


「青砥様、この度は突然のこととなってしまい申し訳ありません」

 私のことを一目見ただけで誰だかわかったことからも私の予想は当たっていたようだ。

「いえ、構いませんが、どういうことか教えてもらってもいいですか」

「それは……出来かねます。申し訳ありません。」

 その使用人は困った表情をする。

「どうしても、ですか?」

「龍仁様や当主様の許可がありませんことには、私共に説明することはできません」

「そうですか。それは近い将来、私が龍仁の妻になっても、ですか?」

「それは!?」

 私はこの使用人を知っていた。


 龍仁が昔からよくなついているお姉さん系の黒命の使用人だ。

 初めて会った頃は龍仁がこの人に惚れていると思って嫉妬したからよく覚えている。

 龍仁はよくこのお姉さんと一緒にいたし、すごく親しそうだからそこに賭けてみたのだ。

 龍仁はきっと私のことを相談してるだろうという予想と、この人は私たちを応援してくれているという希望的観測に。

「それは……もう、確定的なことなのでしょうか?」

 よし、うまくいった。

 ここからは私の領分だ。

 私たち青砥家は元は外交官の家系で他国の魔法使いや重鎮などと交流する機会が多い。

 そのため外交官の仕事とは別に諜報員のような活動をすることもあるのだ。

 まず私は恥ずかしがる少女の表情を作る。


「じ、実はさっき……いい雰囲気で」

「本当ですか!?おめでとうございます!」

「でも、ちょうどあの警報のような音が鳴ってしまいまして」

 ここで私は一転して、落ち込んだ表情を作る。

 この表情は作らなくても本気で落ち込んではいるからあまり気を遣うことはないけど。

「そう、でしたか。」

 これはもう一押しかな?

「それで、その私心配で、せめて龍仁がどこに行ったかだけでも」

 これは仕掛け。

「……それでもそれは教えることはできません。申し訳ありません」

「では、せめて何をするかとか、少しだけでもいいので」

 ここまで行けばもうこっちのもの。

「……わかりました。少しだけですよ?」

 よし、やっぱりこのお姉さんは私の味方だ。

 黒命家と青砥家は仲が悪い。

 そのため使用人同士も不仲なことが多いからそれを確認できたことも大きい。


 私たちはさっきまで私と龍仁がいた部屋に移動した。

「では、簡単な部分だけで、答えられる質問にのみ、お答えさせていただきます」

「わかりました。とりあえず立ってないで座ってください。女子二人なのでベッドに並んでも問題ないでしょう?」

「ですが……」

「いいから、座ってください。話しにくいですし」

「はい、わかりました」

 そう言うとお姉さんはちょこんとベッドの端に座った。


「それでは龍仁はどこに行ったんですか?」

「すみません、それはお答えできません」

「では、龍仁は何をしているんですか?先ほどの警報で魔獣がどうとか、出動だとか言ってましたが」

「そこまで聞かれてしまったならば、仕方ありませんね。……龍仁様は未開域開発魔法部隊第一隊に所属されています」

「未開域開発魔法部隊?それはなんですか?」

 正直名前からある程度は想像することができる。

 世界森林化現象によって突如現れた未開域、そこに現れた魔獣、それらに対処する部隊のようなものなのだろう。

 それでも私は聞かざるを得なかった。


「未開域開発魔法部隊は森林化によって現れた未開域を開発し、また人類が居住できる空間を確保することを目的として創設された部隊です」

「もとはそれが目的でしたが最近少しづつ魔獣の活動が活発になっており、それの対処のために最近龍仁様は部隊へ招集され、入隊されました」

「そうだったんですね。龍仁私には何も……」

「本当はこうして教えることも許可されていない情報ですので、仕方のないことかと」

「そうですか……」

 最初こそ演技をしていたが今では龍仁に話してもらえなかったことにショックを受けていた。


「青砥さん、いえ夏葉さん。元気出してください。龍仁様はいつも貴女のことを考えていらしてましたよ」

「そうなんですか?」

「はい、それはもう昔から」

「その話は詳しく聞いても?」

「もちろんです。この話なら何でも」

 とりあえず私はこれ以上気にしないことにした。

 龍仁は説明するって言ってくれたし、埋め合わせも約束してくれた。

 これ以上の詮索は彼女としては踏み込みすぎだろう。


「お姉さん、昔からよく龍仁と一緒にいましたよね?」

「そうですね、私が6歳の時に龍仁様が御生まれになって、その瞬間から龍仁様専属の使用人として育てられました」

「ええっ!?お姉さん21か22歳なんですか?というか専属?確かに何かと見かけることは多かったけど」

「そうですよ、私は今年22歳になりますね。それよりお姉さんなんて、私は一介の使用人ですから。私のことは黒子とお呼びください」

「わかりました、黒子さんですね。それより専属って?」

 私は龍仁の専属使用人がこんなにかわいい人だということに若干の嫉妬を覚えた。

「ふふ、夏葉さん、嫉妬ですか?専属の私のことそんなに気になりますか?」

 黒子さんは敬いを忘れずに私のことをからかってきた。


「そうです、嫉妬です。ライバルは星と雪乃、花凛ちゃんだけだと思っていたのに……」

 私は開き直った、なんとなくこの人とはもっと本心で話してもいいと思った。

「そんな、ライバルだなんて滅相もないです。私なんてただの……」

 先ほどまでとは一変して黒子さんは表情を暗くした。

 それはそうだろう、龍仁が生まれたときから専属として育てられて、これまでの時間の大抵は龍仁の近くにいたのだろう。最初は弟のように思っていたとしても、年頃の男女が近くにいたら意識しないなんて無理な話だ。それにあの龍仁だ、天然たらしだし、客観的に見ても相当かっこいいしこの人はきっと男性経験もないのだろう。

 私は嫉妬と同時に少し同情した。


「黒子さん」

「なんでしょう?」

 だからこれは敵に塩を送るわけじゃない。

 同じ相手を好きになった同類のよしみだ。

 でもまずはちゃんと確認しないと。

「今は私と二人だけ、なので本心を話してくださいね?」

「は、はい」

 黒子さんは突然雰囲気を変えた私に一瞬たじろぐ。

「龍仁のこと好きですか?もちろん尊敬とか敬愛とかではなく愛している方の意味で」

「!?いえそんな」

「本心で、ですよ?」

「……はい」

「それは愛しているということですか?」

「そ、その通りです」

 黒子さんは申し訳なさ7割、恥ずかしさ3割というような顔をした。


「まぁ、仕方ないですよね。龍仁天然たらしですし、黒子さんのこと相当気に入ってる様子でしたし」

「そうなんですか?」

 今度は黒子さんが質問する側に回る。

「何度か龍仁と一緒にいるところを見かけましたが、普通の人とは確実に違う態度をとってましたよ」

「それは、私が昔から専属としてお世話しているからで……」

「いいえ、違います。多分同年代だったら龍仁の初恋は私ではなく、あなただったでしょうね」

 相手に会わせつつもさっきのからかわれたことの仕返しをした。


「夏葉さん、マウントですか?」

 この人もだんだん開き直ってきてる。

「ええ、そうです。マウントですよ?いいでしょう?」

「そんなこと、私は昔から知ってますよ……私が何度あなたについて相談されたことか」

「それは、なんとなくごめんなさい」

「まぁでも、龍仁様の初デートは私ですから」

「ええっ!そうなんですか!?」

 いつの間にか私たちは最初の重要な話を忘れ、龍仁の話で盛り上がっていた。

 ――――――――――――――――――――――――――――――

「状況を説明してくれ」

 俺は車を運転する使用人に話しかけた。

 この時代、車の基本がすべて自動運転となっているが、緊急の時など規定よりスピードを出す必要があるときは今のように人が運転することが必要なのである。


「当主様から連絡のあった通り、現れたのはCクラス指定の魔獣です。未開域エリアA付近まで接近している様で早急な対処が必要と判断されました」

 未開域や魔獣、これらは森林化によって及ぼされた最も大きな問題である。

 未開域とは森林化現象で植物に取り込まれた場所のことである。区域内が魔法的な力で覆われており、魔法を使えない一般人には悪影響を及ぼす。

 未開域はある程度の範囲ごと分けられており、その区分は未開域のところどころに点在するコアからの距離やコアが周りに与える影響で四層の円状に決められる。コアからの影響が大きい部分に魔獣は生息しており、コアの影響が最も大きい部分を最深部、その周りがエリアC、エリアB、人類の居住空間と接している一番の浅層がエリアAである。

 魔獣は基本的に最深部もしくはエリアCで生息している。E、Fクラスの魔獣はエリアBにも多く生息しているがどの魔獣もエリアAにまで出てくることは珍しい。

 エリアAとはほとんど安全マージンと言ってもいいようなエリアのことを指し、少し外れた生活空間では隣接しているような場所もある。

「CクラスレベルがエリアA付近まで出てくるなんて珍しいな。それについてはなにか原因はわかっているか?」

「申し訳ありません、それについては原因不明です。第一隊が魔獣への対処、第二隊が原因究明にあたる予定となっています」

「お前が謝ることじゃないさ、いろは。今日も早急な車の用意ありがとうな」

「そんな、龍仁様にお礼を言っていただくようなことでは……」

 おっと、運転をおろそかにするんじゃないぞ、いろはさんや。

 少し緊張で張りつめていた俺はいろはのいつも通りの態度で冷静さを取り戻した。

「いろは、あとどのくらいだ?」

「もう到着いたします。出撃の最終準備を」

「問題ない」

「それでは、行ってらっしゃいませ。お帰りをお待ちしています」

「ああ、行ってくる。いったん帰って夏葉の様子を見ておいてくれ、もしかしたら気にさせているかもしれないし、ついてこようとしていたら止めておいてくれ」

「承知いたしました、ですが必ずお迎えに上がります」

 俺が頼みごとをすると何か強い意志で迎えに来ることを希望された。

 この人時々こうやって強情になることがあるんだよな。

「ああ、わかった。それじゃ改めて、行ってくる」

 俺がそう言うと、一緒に降りていたいろはは腰を90度折ってこっちに頭を下げていた。

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