第17話 幸せな夜に忍び寄る気配

 俺と夏葉は髪を乾かした後も同じ距離感で他愛もない話を続けていた。

 夜も更けベッドに入るにはちょうどいい頃合いだ。

「夏葉、そろそろ寝るけどどうする?」

 この部屋はすべてが完璧だった。ベッドの数を除いたすべては。

 確かに風呂には一緒に入ったが、ベッドを共にするという行為は伴う意味が全く違う。


「どうするも何も、1つしかないんだし一緒に寝るでしょ?」

 どうやら杞憂だったようだ。

 そう言うと夏葉はお先にと言ってベッドに入った。

 ここでヘタレるほど俺はダメな男じゃない。

 据え膳食わぬはなんとやらだ。

 俺は意を決して夏葉のいるベッドに入った。


 俺がベッドに入ると夏葉が話始める。

「ここまで来るの、長かったなぁ」

 俺は黙って話を聞く。

「ほんとはね、絶対両思いだって自信はあったんだよ。でも星もいるし雪乃も、花凛ちゃんもいる」

 夏葉はすこしずつ今までの想いを溶かすように言葉を紡ぐ。

「結婚は絶対、家の力を失ってでもするつもりだったけど、気持ちを伝えあって本当に心がつながった状態になれるのかなってずっと不安だった」

 俺はその言葉に嬉しさと申し訳なさを両方感じるような気分にさせられていた。


「だから今日はすごくうれしいのと同時に寂しくもあったんだ。私は龍仁のただ一人の一番で居続けることはできないんだって」

「でもね、それでも大好きだよ。私は龍仁が一番今日までも、今日からも」

 そこまで言い切ると夏葉は俺の方を向いて起き上がり両手を広げた。

「だから、今日まで、今夜まで……あなたの唯一の一番でもいいですか?」

 両手を広げたまま少し潤んだ上目遣いでそう言う夏葉。

「もちろんだよ、夏葉。俺のことを好きでいてくれてありがとう。俺も大好きだ、愛してる」

 両手を広げる夏葉を抱きしめ抱擁に応じる。


 抱きしめた瞬間今までの漠然とした不安感が消えていくような気がした。

 正直、生まれてから何かが足りないことはなかった。

 両親からは十分以上の愛を与えられ、妹からは親愛以上の愛を向けられ、周りの友人もいい人ばかり。

 俺はすべてにおいて恵まれていた。

 それなのに今までのいつと比べても今が幸せだった。


「ねぇ、龍仁」

 抱き合ったまま夏葉が耳元で話しかける。

 雰囲気を崩さないように必要以上に小声になっている夏葉の声はすこしくすぐったい。

「ん?なんだ」

 夏葉につられて俺も小声になる。

「これから……どうするの?」

 何かを期待するような表情でこちらを見つめる。

「……いいのか?」

 俺はここまで来て葛藤に苛まれた。

 情けない、ここまで来たら期待されていることはわかってる。

 俺が葛藤する中、夏葉は俺の方を見てコクンと頷く。

 俺は覚悟を決めた。

「夏葉」

 意を決して呼びかける。

「龍仁」

 とろんとした目で俺に応じる夏葉。

 そしてゆっくりと顔を近づける。


 ここまで夏葉とは結構親密にしてきた。

 先日のカフェのようなことは割とよくあったのだ。

 でもせいぜいハグ程度のスキンシップが限度だった。

 だから多分、お互いファーストキス。


「……んっ」

 ゆっくりとお互いに、相手を確認するような照れ交じりのキスだった。

「キスってこんな感じなんだね」

「あ、ああそうだな」

「なに?龍仁照れてるの?」

「うるさいな、そういう夏葉こそ顔が真っ赤だぞ」

 多分俺の顔も同じだろう。

 でも、恥ずかしさより幸せが勝っている。

「私はこうなることをずっと期待してたんだから」

「そうか、それは嬉しいな」

「ね、ねぇこの後は……」

 期待するようなまなざしを向ける夏葉。

 シチュエーションは完璧だ。だがなぜだろう……どうにも嫌な予感がする。

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