第13話 生徒会長と魔導器

「龍仁ー、おーそーいー」


 案の定、夏葉の機嫌はあまりよくなかった。


「ごめんって夏葉、でもここ生徒会室だからあんまりくっつくのは……」


「いやなの?」


「そんなことはないが……」


「じゃあいいじゃん」


「龍仁さん?」


「龍仁様?」


 得体のしれない圧力が生徒会室を覆う。


「はいはい、龍仁君争奪戦はそこまで」


 麗がパンっと手を叩くと二人は我に返り、夏葉もくっつくのをやめた。


「会長ありがとうございます」


 昨日に引き続き今日も助け舟を出してくれた麗先輩に今回はさすがにお礼を言った。


「気にしなくていいのよ。それより龍仁君ちょっと見てほしい資料があるんだけど隣に来てくれるかしら」


「なんですか?」


 そう言いながら俺は会長の机の方へ行き、机をはさんで対面するような形で立つ。


「そこだと見づらいだろうから隣に来て」


「……? はい」


 俺が隣に立った途端会長は俺の手をつかんで「ここなんだけど」とわざわざ俺の手で場所を示す。


「会長?一体どうしてわざわざこんなことをするんですか?」


「龍仁!?」


「龍仁さん!?」


「龍仁様!?」


 三人の声が重なる。


「いいじゃない?さんざん見せつけられたこっちの身にもなってよ」

 会長はそう言って離れようとしない。さっきのお礼を撤回させてほしい。


 しかしこれはチャンスだ。

 俺は会長の思考へ眼を向ける。


「……え?」


 思わず声が出てしまう。


「どうしたの龍仁君?」


「あ、いえ何でもありません」


「……ふーん」


 先輩は意味深げな顔をするも、それだけ言うとそれ以上は何も追及してこなかった。そのあともなかなか先輩は離してくれなかったが、夏葉たちの抵抗に折れ、ようやく手を引いた。


「そういえば、会長は個人戦とか出たりするんですか?」


 ようやく、諸々が一段落して落ち着きを取り戻すと俺は会長に質問をした。


「でるわよ~私は個人戦ね」


「やっぱりそうなんですね」


「やっぱり?」


「いえ、先ほど星たちの顔合わせに同行していたんですが、そこで岩戸先輩が会長の

ことを話されていたので」


「あ~岩戸君ね、彼ウォーゲームの方に出るんだ。ああ、彩奈がいたわねあのクラスは」


「強いんですか?」


「うーん、なんというか曲者ね」


「なるほど」


 何とも煮え切らない反応だ。


「というか七組強すぎじゃない?龍仁君たちの一年生に彩奈率いる三年」


「今年の総合優勝はうちか七組ね」


「会長も結構自信があるんですね」


「まあね、私たち二組には夏葉さんもいるし」


 すると聞いていた夏葉が「初戦で龍仁と当たるようなことになれば、なにもできませんが」といって謙遜する。


「あら、戦う前から諦めちゃだめよ?龍仁君はあなたには強く出られないようですし」


「え、龍仁そうなの?」


「何の話だ?」


 そりゃ、終治や勝利にやった風に夏葉たちと戦闘できるかと言われれば難しいに決まっている。


 だがとりあえず誤魔化しておくことにした。


「ああ、話ね」


 俺の誤魔化しに何かを察した夏葉はそう言って納得した。


 するとそこへ巡回をしていた終治たちが戻って来た。


「巡回終了です。問題はありませんでした」


「こちらも終了。問題なし」


 どうやら巡回員は終治と海、勝利と協也の二組に分かれて巡回任務を行っているようだ。


「何の話をしていたんだい?龍仁」


 盛り上がっていた空気に横から入ってしまったことを察して終治が会話を促すように話しかける。


「対抗戦の話さ」


「あーそういえば顔合わせしてたね」


「お前らも全員個人戦か?」


 そういうと協也が「俺は違うぜ」と言った。


「ん?ああ、そうか」


 俺が納得した表情で頷いていると会長が不思議そうな顔でこちらを見てくる。


「どうして南雲君は個人戦じゃないんですか?」


「俺のクラスにはアイツがいるんですよ」


「アイツ?」


 協也の言葉足らずな説明に俺が付け足す。


「十色の白、白葉エレンですよ」


「白葉さんはどうして生徒会にいないのですか?」


 会長の発言に些細な違和感を覚えた。


「いやーエレンはなかなか変わったやつでして。実力は間違いないのですが、高等部登校初日も来てなかったようですし、というかまだ進級してから一度も見ていないような……」


「……そうなんですね。」


 どこか含みのある言い方に感じられたがそこは追及しないことにした。



「龍仁君が間違いないという実力はどのくらいなんですか?」


「エレンは特殊ですから一概にとは言えませんが、出力を最大にしたあいつは俺も本気で相手をしないと普通に負けることも考えられますね」


「それは……すごいですね」


 これには含み無く本当に感心していそうだ。


「まぁ、俺は負けるつもりはありませんが」


 もちろんこれは本音だ。俺は面倒ごとは嫌いだが、だからと言って下手に謙遜したりするようなことはしない。


 黒命家次期当主として、次代の魔法界を背負っていくことを期待されているものとしての責任は自分なりに持っているつもりだから。


「そうです、龍仁様が負けるはずありません」


「その通りです。龍仁さんが負けるところなんて今まで一度も見たことが無いのですから」


「星も雪乃もやめてくれ、負けフラグが立ちそうだ」


 俺がそういうと生徒会室は笑いに包まれた。


「そういえば、五組はまつりもいたよな?個人戦は海なのか?」


 海も相当な実力者ではあるがまつりは個人戦において圧倒的な強さを持っている。


「私もまつりさんが出るものだと思ってたんだけど、まつりさんがウォーゲームの方に出たいと言うから私になったのよ」


「ああ、なるほど星と戦いたいのか」


 それを聞いて俺は納得する。


「え?」


「まあこれは予想でしかないけど、まつりは好戦的な性格だからな俺達も星以外は全員まつりと戦ったことあるだろ?」


「今回、星はウォーゲームに出られるから、まつりもそうしたかったんじゃないかな」


「なるほど、確かに昔は勝利さんと同じくらい戦闘バカでしたものね」


「おい海、戦闘バカとはなんだ」


 思わぬところから流れ弾を食らった勝利が非難の目を向けている。


「いいわねー今年の一年生は、本当に粒ぞろい。魔具の話が出ても仲違いしない仲の良さ、羨ましいわ」


 俺たちの初等部の頃から変わらない関係を羨ましそうに見つめながら会長がそう言う。


「魔具が何か関係あるんですか?」


 確かに現代の魔法使いにとって性能のいい魔具を持っているということは大きなメリットである。しかし何も魔法補助に使える道具は魔具だけではない。


「私たちの学年もね、最初は今のあなたたちみたいに仲が良くて生徒会のメンバーももっといたわ。でも私たちが二年になるときに対抗戦の報酬に魔具が追加されて、空気が殺伐とするようになってしまったのよ」


「生徒会メンバーの多くも魔法訓練のためと言ってやめていったわ」


「そんなことが」


「まぁでも僕らには日向がいるからね」


 落ち込んだ雰囲気を変えるように終治がそう言う。


「碧音君がどうかしたの?」


 会長は何の関係があるのかと不思議そうにしている。


「日向は魔法浸透率の高い魔導器を作ることができるんですよ」


「碧音君は魔導器師だったんですか?」


「そうなんですよ。日向は俺たち十色の中では実力的にはあまり強い方ではないですが、後方支援や機材支援に関していえばエキスパート級です」


 終治が自分のことのように話す。


「そうなんですね、私も何か作ってほしいな」


 会長は本当に欲しそうにそう呟いた。


 そのつぶやきに反応するように「僕がどうかしましたか?」と会計の二年生と共に彩華と日向も生徒会室に戻って来た。


 今日は前年度などの会計資料の確認のため資料保管庫へ行っていたようだった。


「おー日向、彩華お疲れさん」


 俺がそう声をかけると夏葉がフォローするように「先輩方もお疲れ様です」と言った。


 こういう配慮ができるところほんとにいい女なんだよな夏葉は……。


「日向、会長が日向に魔導器作ってほしいってさ」


 俺がざっくりと先ほどまでの話を説明する。


「なるほどね。ですが会長、僕の魔導器は魔具に比べたら大したことないものですよ?」


「魔具と比べるものではないですよ。まず素材が特殊すぎるじゃないですか魔具に関しては」


「それもそうですね。会長のお願いでしたら、この碧音日向請け負いましょう」


 日向が頼りなさげな胸を自信満々に叩いて見せる。


「ほんと!?じゃあペンダント型の補助魔導器お願いしていい?」


 補助か、わかってるんだな。


 魔導器には加速型、複写型、補助型の三種類が存在する。


 加速型は魔法の発動速度を高める魔導器で、最も人気が高い魔導器である。しかし魔法技能が熟練されると加速型は必要がなくなるため上位魔法使い以下までに人気が高い。(上位魔法使いと呼ばれるほどの魔法使いは各年30名ほどである)


 複写型はその名の通り発動魔法を複写し発動できる魔導器である。しかし威力はどうやっても十分の一程度にしか複写できないため、手数が増える程度のメリットしかない。実用的ではあるがあまり好む人は少ない。


 補助型は魔法発動を補助する魔導器で、高難度魔法を使用する際などに使われることが多い。高難度魔法は普段使うことがないためあまり持っている人はいないが、逆にこれを欲しがる人は高難度魔法を使うことができるという証明でもあるため通には人気が高い。


「わかりました。数日でできると思いますので完成したら持ってきますね」


「ありがと~材料費とかはその日に払えばいいかしら?」


「はい、それで大丈夫です。ほかならぬ会長の頼みですからお安くしておきましょう!」


「あら、うれしいわ」


 ふふっときれいに笑う会長に少し意識を持っていかれそうになったのは絶対に俺だけではないはずだ。


 その裏付けに俺は横目で、ニヤつく顔を鎮める勝利をみた。鍛錬しか興味のないようなあの男があんな表情をするくらいなのだからやはり相当なものだったのだろうと改めて思う。


 そして、背中に刺さる3本の氷の矢はきっと気のせいだったと思うことにした。


 俺たちは仕事を終えてもそのまま帰らず生徒会室で談笑をしていた。


「そろそろだいぶいい時間ね、さすがに帰りましょうか」


「そうですね、楽しくて話こんでしまいましたね」


「こういう日も悪くはないな」


 戦闘バカで鍛錬ばかりしている勝利でさえそういうくらい、いい時間を過ごせたようだ。


「さて、では皆さんお疲れさまでした。また明日もお願いしますね」


「お疲れ様です」


 と次々に皆が退席していく中俺は座ったまま何食わぬ顔で夏葉にメッセージを送る。


 龍仁 「このあと帰らず俺の車に来てくれ」

 夏葉 「いいけど、急にどうしたの?」


 少しソワソワしたような雰囲気で何とか顔に出さないようにこらえながら夏葉が返信してくる。


 龍仁 「大事な話だ」


 「龍仁?なにしてるのさ。帰ろうよ」


 それだけ入れると俺は扉の前で俺を待っていた終治の方へ歩いて行った。

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