第14話 たった一人の……
俺以外の魔装車がなくなったのを確認すると最後まで校舎に残っていた夏葉がこちらに向かってくる。
遠目だが生徒会室にいたときよりきれいに見える。
もしかして……確かに、さっきの発言は思わせぶりすぎたか。
完全に化粧を整え、今できる最も美しい状態の夏葉になっていた。
こんな場面でただ用事だけを話して解散なんて鈍感な真似はしない。
すまない花凛、兄さん今日も遅くなる。
今日はとりあえず花凛にメッセージを入れておくことにした。
龍仁 「花凛今日は外で食べて帰るから先に食べててくれ。なかなか迎えに行けなくてごめんな」
送った瞬間に既読が付く。
花凛 「許さない」
え?
しかしもう夏葉は着いてしまう。結局これ以上の言い訳はできず、帰ってからが恐ろしくなった。
「……急に呼ぶなんて珍しいね。できれば前日くらいには言ってほしかったな」
「あ、ああそうだよな悪い。」
「で、今日はどうしたの?」
ふぅ、落ち着け、とりあえず夕食に誘おう。この間花凛と行ったホテルのレストランならすべて目的が達成できる。
「この間は夕食も一緒にできなかったからな、そのお詫びもかねて誘わせてもらったんだ」
夏葉は少し頬を紅潮させる。
「突然だったのにすごくきれいだよ、夏葉」
「ほんと?良かった。」
「どこに連れて行ってくれるの?」
「なかなか雰囲気のいいところだぞ。料理もうまい」
「龍仁は行ったことあるんだ」
?何か含みがあるような……。
「女の子と行ったんでしょ?」
「え?」
「ほかの女と行ったところに私もつれていくんだ」
「いや、ちょっと待て夏葉。確かに女の子と行ったが妹とだ」
「花凛ちゃんなんてもっとダメじゃん」
「はぁ、デートより大事なことがあるんでしょ?」
そう言ってお見通しだよと続ける。
「私は龍仁のこと結構わかってるからね。まず突然誘ったりしない、もし他の子と行ったことがあっても絶対悟らせない」
「今回はどれも龍仁らしくなかった。まぁそれだけ大事なことってことなんでしょ?」
「ごめん夏葉。まずメッセが悪かったよな」
「ほんとだよ、あんなこと書いて。しかも昨日は星と結婚の話してきたんでしょ?」
「ああ、そうだよな。その話もちゃんとしようか」
「え?」
「改めて、今夜は時間の許す限り一緒にいよう夏葉」
俺は贖罪を込めて改めて夏葉をディナーに誘った。
「ふふ、不機嫌になってよかった。そういえば家には今日は帰らないって言ってあるから」
夏葉は天使のように微笑みながら、特大爆弾を投下した。
「え?」
「だって、こんなに遅くなった日に誘ってくるんだもん。そういうことだと思ってみんなが帰るのを待っている間に連絡しちゃった」
ふぅ、落ち着け。
「よし分かった。泊まる場所とかは夕食の後に考えよう。とりあえず行くか。花凛と行ったところでごめん。また別のとこ探しておくよ」
「いいよ、今度も誘ってくれるってことで良いの?」
「ああ、もちろんその前に夏葉が誘ってくれてもいいけどな、これから忙しくなりそうだから」
「わかった。じゃあ気を取り直して出発!」
俺はつい先日来たばかりのレストランへまたやって来た。
「へーほんとにいいとこだね。」
「だろ?黒命の所有らしくて俺も最近知ったんだ」
俺たちはそんな話をしながら中に入っていく。
今回も顔パスで個室に通してもらえる。
俺は夏葉を先に通しスタッフの一人に耳打ちした。
複雑な話をする前に俺は夏葉と普通のディナーを楽しんだ。
そして食後スタッフに頼んでいたものを持ってきてもらう。
「それは何?」
「シャンパンだよ。せっかく二人きりのディナーだしアルコールは適度に抜いてもらってある」
このくらいのサプライズで償いになるだろうか。
「どうかな?」
「龍仁、女の子と二人でお酒飲むのは初めて?」
「ああ、花凛はまだ中等部生だしほかの人とは二人きりでディナーはしたことないからな」
「そっか、じゃあお互い初めてだね」
「そうだな」
そう言って乾杯をした。
「それで本題はなんなの?」
「ああ、どっちから話そうか」
「何と何?」
「会長の件と結婚についてだな」
「会長の方で」
即答だった。
「即答だな」
「だって……その、け、結婚の話は話し合いが必要でしょ?会長の話なら聞くだけだし」
いざ結婚の話というと照れる夏葉も可愛い。
「じゃあ、会長の話からいこうか」
「うん」
「結論から言うと、会長は十色の一員である可能性がある」
「え!?どういうこと?」
「会長の使える魔法の中に降臨があった」
俺の発言に驚愕といった表情を見せる夏葉。
「それってまさか……」
夏葉の想像を否定するように首を振る。
「だが、エレンとの血縁関係は見られなかった」
降臨とは十色の白、白葉家の固有魔法である。白葉家は謎が多く家族構成もエレンともう一人しかわかっていない。どうやって家が存続してきているのか、他の十色関係者でも知る者は俺でも中々会えないような人たちだけらしい。少なくとも親父や母さんが知っている様子はなかった。
しかし白の固有魔法はとても強力で謎が多いまま、十色の一家として存在し続けている。
「白の魔法が流出してるってこと?」
「いや、それもないだろう。完全に俺の予想だけど多分、白葉家は1つの家族じゃないんじゃないかな」
「複数の家で構成されてるってこと?」
「そういうことだと思う。だから全容が掴めないんじゃないか?」
「あとは、魔法の適応者の家が相続する形になっているとかな」
「なるほど、でもそれなら警戒は必要ないかな?」
「そうだな、最低限でいいと思う。いい人そうだしな会長」
「あー、デート中にほかの女のこと考えた」
「今のは不可抗力だろ」
「まぁ会長の話はもういいや。これ以上考えても仕方ないだろうしね」
いつもならもう少し詳しい話をしようとする夏葉だが今日はやけにさっぱりしている。
まぁ理由はわからなくもないが。
「それより結婚か?」
「う、うん。星も話したなら私も遅れたくない」
ふぅ。まぁ確かにもうすぐ俺たちは結婚できる年齢になる。
情報社会が発達し、社会が大きな成長を迎えたことにより結婚年齢の条件は男女ともに16歳になっている。
特に魔法使いは世間に浸透しているとはいえ、数は少ない。
そのため国はもろ手を挙げて魔法使いの早婚を推奨しているのだ。
「なぁ夏葉……」
「な、なに?」
「俺でいいのか?」
少しの誤解も残さないように俺は端的にそう聞いた。
ここまで来て恥はない、もちろん俺としては大歓迎である。だからこれはただの確認だ。だが普段では言わないようなことがスッと口から出たのは、慣れないアルコールのせいかもしれない。
「当たり前よ」
夏葉は何も迷いはないと言うようにそう言い切って見せた。
「でも、夏葉と結婚するとすれば確実に星や雪乃とも結婚することになるだろう、もしかしたらまだ増えるかもしれない」
「俺としては大変名誉なことだ。みんなとんでもなく魅力的な女性だからな。」
「だが俺は一人しかいない。もちろんみんなを大切にするように努力はするし、俺の全力をもって幸せにする。でもそれは本当に幸せなのか?俺の自己満足じゃないのか。そう思ってしまうんだ。」
夏葉は言い切って見せたというのに、俺は俺が抱えるべき問題を、抱えている悩みを夏葉に聞かせただけ。
本当に情けない話だ。
将来黒命の当主となる予定の俺は、当代最強なんて言われている俺は、所詮この程度だ。
最近、親父が昔言っていたことをよく思い出す。
「強者ってのはな、つけた実力と同じだけの責任を背負うことになるんだ。難儀な話だよな。自由を求めて力を得た者はその責任に押しつぶされる。だからな龍仁、お前はちゃんと理解しておけよ」
あの頃俺は力があるなら守ってやればいいと簡単な話だと思っていた。
でも、そういう問題じゃない。
物理的に守ることと責任をもって大切にすること、この2つは全く別物だ。
「龍仁は昔からそう、強くて、優しくて、普段は器用なのに不器用。」
でも、と言い視線に俺をまっすぐ捉えて続ける。
「ほんと、そういう所が大好き」
……
「そして、私には悩みを聞かせてくれるところが一番好き」
「――――っ」
「ねぇ、覚えてる?」
「何を?」
急な展開で少しぶっきらぼうな反応になってしまう。
しかし夏葉はそんなことは気にしないというように続ける。
いつも魅力的な彼女が一段ときれいに見える。
「いつもあいつじゃつまらないだろ?」
夏葉はいつかの俺の口調をまねする。
「おい、それは……」
「あの時の龍仁かっこよかったなぁ」
それは初等部最後の魔法運動会。
まず魔法運動会とは、身体強化系の魔法を使って運動会を行う初等部の行事である。
徒競走や玉入れなどおなじみの競技もあるがこの運動会のメインは代表に選ばれた数人の男女二人一組で行われるダンスである。
今では呼ぶものはいなくなったが初等部の頃、夏葉はそのたぐいまれなる容姿と年に見合わない魔法の精巧さから「blue swan」と呼ばれ、似た理由で「赤の王子」と呼ばれていた終治とカップルのように扱われていた。
二人一組で行われる行事については、本人たちの意思に関係なく二人は固定のように扱われていたのだ。
俺はそれが気に食わず、初等部最後の年の本番で夏葉と踊って見せたのだ。
それ以来二人を表立ってカップルのように扱う者はいなくなった。
ちなみにこの時、終治はちゃっかり彩華と踊っていた。
「今まで聞いてこなかったけど、なんで終治から私を寝取ろうと思ったの?」
「寝取るってお前……。別に、あんまり楽しくなさそうだなって思っただけだよ」
「ほんとに?ほんとにそれだけ?」
ほんとは違う、あの頃俺は間違いなく夏葉が好きだった。要するに初恋だった。
今では星や雪乃も同じくらい大切に思っているが俺の初恋は間違いなく夏葉なのだ。
「はぁ……、初恋だったんだよ。あんなに美人と一緒なのに終治はいまいち本心じゃなさそうな顔してるし、夏葉も夏葉で何とも言えない表情してたからな」
「……俺ならあんな顔させないって思ったら、ああなったんだよ」
俺の思わぬ告白に夏葉は少し恥ずかしそうな顔をしている。
「そっか、初恋か……えへへ。龍仁の初恋は私」
恥ずかしそうな顔をしていると思ったら、今度は俺が恥ずかしくなるような顔をし始めた。
少しして夏葉は調子を取り戻すと俺にこう聞いた。
「で、今は?」
「ん?」
「私のことどう思ってるの?」
「もちろん好きだよ」
「一番?」
「それは……」
「じゃあ、私より上がいるの?」
「いや、それは違う」
「そういうこと、龍仁は一番を作れないことに悩んでる」
「一番は一人だけって誰が決めたの?」
ほんとに敵わない。今の数分で俺の悩みをほぼ完全に言い当てて見せたのだ。
「…………」
「確かに、私が一番ならすごくうれしい。でももしそれで星や雪乃が悲しむのは嫌」
「だからと言って、星か雪乃を一番にして私が一番じゃなくなるのも嫌」
「だから」
俺の言葉を遮るように夏葉はこう言った。
「だからみんな一番でいいじゃん」
「別に龍仁は王様じゃないんだから正妃だとか、第一正妃、第二正妃とか気にしなくていいんだよ」
「私たちの家的にはそうはいかないかもだけど」
最後に少し暗い表情になりながらも笑って夏葉はそう締めくくる。
「そうか……」
「俺は一番を作れなくなったことに悩んでたのか」
「やっぱり自己満足だったわけだ」
自嘲気味にそう笑う。
「いや、それは……」
「いいんだ夏葉、最初からわかってたことだから。だから今から言うことは絶対秘密だ。そしてもう二度と表に出せない感情でありださない感情だ。無理かもしれないけど忘れてくれよ。」
「え?」
夏葉は何のことという顔をしている。
「夏葉の指摘はほぼ完璧に俺の悩みを言い当てた。でも1つだけ間違っていることがある。」
「夏葉、俺の中の一番はあの頃からお前だよ。」
俺はようやく自分の悩みの原因を理解することができた。
「え、龍仁それは……」
「俺はお前だけを一番にできないことに悩んでたみたいだ。確かに雪乃とは一番幼いころからの知り合いだし、星は守らなきゃって思ってる。でも結局初恋は夏葉だったし、俺の中での一番はずっと夏葉だった。それを隠していたからこそこんなに悩む羽目になった」
今までの星や雪乃の態度を考えれば二人はわかっていたのかもしれない。
俺と視覚を共有できて、一番長い時間一緒にいる花凛は確実にわかっているのだろう。
「でもはっきりさせてすっきりできたよ」
ただ俺だけが、理解できていなかった。
責任の大きさに自分を見失っていた。全く情けない話だ。
「これで俺の自己満足は終わりだ。絶対言わない方がよかったことはわかってる。でも、誰かと結婚する前に夏葉には伝えておきたかった」
「そっか……」
夏葉は何か言いたそうにしていたがそれを噛み殺して、笑った。
「ねぇ、龍仁。」
「なんだ?」
「今日だけは私だけが一番でいい?」
「え?」
「私がたった一人の龍仁の彼女である瞬間ってこと」
「今日だけのわがまま、私だけが龍仁の彼女である時間をもらってもいい?」
「……ああ。」
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